お会計させていただきます3
あけましておめでとうございます。
待っていてくださった方、申し訳ありません。
フロアの清掃をしていると、コートを羽織った男性が店に入ってきた。ぼさぼさの髪と眠そうな目のせいで全体的に野暮ったいが、顔立ちは整っている方なので、もう少しおしゃれすればなぁと、いつももったいなく思っている。
「いらっしゃいませ」
「あ、はいどうも」
頭に手を当ててぺこりとお辞儀する様は、以前までなら覇気なしヤル気なしの出不精オーラが出まくっていたのだが、今は少しだけ変わっている。
「えぇと、何か新しいスイーツとか入ったかな?」
「そうですね、新作の菓子パンとケーキにプリン、飲料ならラテがあります」
「お、じゃあそれ全部買うわ」
そそくさと買い物かごに品物を放り込み、レジに持ってきたお客様は、会計を済ませると、持参したリュックにそれらを詰め込んでいく。
ふと、その左薬指に指輪が嵌められているのが見えた。以前には見なかったものだ。
「結婚したんだよ」
私の視線に気が付いたようで、照れ笑いを浮かべながらそう言ってくれた。
「おめでとうございます。でも、お仕事、結構大変だったんじゃないですか?」
「大変ってもんじゃなかったな、死ぬかと思ったよ」
「死ぬようなお仕事って」
「あはは、冗談だよ冗談!」
お客様はリュックを背負い直すと、
「あ、そうだ。嬢ちゃん、今までありがとな。助かったよ、いろいろと」
「お客様のお役に立てたようでしたら何よりですが、私、何かしましたか?」
「とぼけなくていいぜ? あんたのアドバイスと、あっちの後輩嬢ちゃんのおかげで、俺ぁ新しい人生見つけて、生き抜いて、守り抜くことができたんだからよ」
ニカッと笑った顔は、とてもきれいで、素敵で、この上なく輝いていた。
「よくわかりませんが、お客様の幸せをお祈りしております」
「はは、最後までそのスタンス貫くのかよ。まぁいいさ」
ひらりと右手を揺らして、
「あばよ、嬢ちゃんたち。達者でな」
そんなふうに言われたので、
「困った時は、いつでも戻ってきてください。微力ながら、助力いたしますから」
「……はっ、そうならないよう、努力するさ」
少しだけ驚いた様子だったけど、すぐに笑顔に戻り、今度こそお客様は自動ドアを出て行った。
「あの人、一番最初に来たときとは全然顔つきが違いますね」
作業を終えた後輩ちゃんが、少しだけ目を細めてお客様が出て行った自動ドアを見つめる。
「そうだねぇ。あの時は、まさに『死地上等、行ってやらぁ』って感じの危うさがあったわね」
「二度目は楽しそうに、自分の生きがいを見つけたかのようなはしゃぎようで」
「三度目は落ち込みまくって」
「そこで先輩、初めて言葉かけたんですもんね」
「見てられなかったしね。そういうチートちゃんだって、あの人にドリンク剤渡してたじゃない。おごりだって」
「頑張れる人が立ち直らなくちゃ、ダメな時だってあるんですよ。まさにあの時がそうでした」
「そうね。それからは元気に来ることもあったけど、頻度はどんどん少なくなって」
「以前来たのは半年前、ですか……」
「そうそう……随分と変わった……本当、変わったわよね」
「先輩、さっきのあの人の笑顔に、ちょっとドキッてなりませんでしたか?」
「さぁ? それはチートちゃんの方じゃないのかしら?」
「ありえませんね。私のタイプじゃないですし、年、かなり離れてますから」
澄ました顔で言ってのける後輩ちゃんに、私はふと湧き出た悪戯心で、
「そう。まぁいいか。ところでチートちゃん」
「なんですか?」
「いつものやらないの?」
「いつもの?」
「私、さっきからチートちゃんってばっかり呼んでるんだけど、訂正いいの?」
私に指摘されて、ようやく彼女は失態を悟ったらしい。徐々に顔が羞恥心に染まっていき、頬がちょっと赤くなっているのがマジプリティー。
「せ、せ、先輩!!」
「あはは、チートちゃん顔真っ赤ぁ」
「チートじゃないです千歳川ですぅ!!!」
しんみりしかけた空気はすぐに霧散して、誰もこない田舎のコンビニに私たちのぎゃーぎゃー騒ぐ声だけが響き渡った。
それから一カ月して、ぼさぼさ頭にリボンを付けた、かわいらしい女の子が来店してきたりしたのだけど、それはまた別の機会にでも……。
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