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お会計させていただきます2

ご無沙汰しております。

一か月も更新が滞ってしまいました。

待っていてくださっていた方、申し訳ありません。



 今日から始まるくじコーナーの設置を終えたところで、後輩ちゃんとくじ箱を用意していた時のことだ。

 セーターを着た、髪の長い若い女性が入店してきた。

 見たことのない顔なので、たまたま通りかかったお客さんなのだろうと考え、「いらっしゃいませ」と営業スマイルを浮かべて出迎える。


 私の営業スマイルは店長からお墨付きをもらっており、「他の店の店長やマネージャーが感心していたわぁ」と言われたことがある。お店の研修ビデオのモデルになってほしいと言われたことがあったけど、何故その際に東京に出向かなければいけなかったのか。おかげで大都会の人ごみ地獄を見ることができたけど、あれやこれやに巻き込まれて散々だった。


「いらっしゃいませぇ」


 作業を一時中断して挨拶する後輩ちゃんだが、その顔には仏頂面しか浮かんでおらず、接客業にあるまじき表情だと言わざるを得ない。

 本当は後輩ちゃんもすごく可愛い笑顔を浮かべることができるけど、営業スマイルはあまり好きではないらしい。曰く、「疲れます」「どうして楽しくもないのに笑顔を浮かべないといけないのか」とのこと。それならどうして接客業に入ったのかと聞いてみたら、家から近いバイト先がここしかなかったらしい。近くにホームセンターもあるのだが、覚えることが多そうだという理由で候補にもあがらなかったらしい。

 ぶっちゃけ、コンビニなめすぎだろ後輩ちゃん。覚えること、いっぱいあって大変だったでしょ?

 そんな後輩ちゃんだけど、仕事ぶりについては私も感心するほど熱心で、お客さんがいつ来ても大丈夫なように、商品の補充は欠かさない。おかげで商品棚には穴あきが一切なく、フロアもピカピカで、保温器の中のチキンの品質管理もしっかりしている。

 おかげで、私の仕事は実質レジ打ちやこまごまとしたものだけで、非常に暇……助かっている。


「先輩、手が止まってます」


 無駄なことを考えていると、後輩ちゃんからダメ出しをもらってしまった。


「まぁ、これ引く人、ほとんどいないけどね」

「そうですけど、さぼっていい理由にはなりませんよ」

「さぼってるわけじゃないわよ。ごめんってば」


 そうこうしているうちにくじ箱の用意も終わり、店番するだけの簡単なお仕事へと戻る……と思ったけどその前に、


「いらっしゃいませ」


 先ほどのお姉さんがカゴを持ってきたので、その会計を終わらせようか。


 お姉さんはお会計の間、緊張した面持ちだったけど、カルトンに乗せたお金の額を私が回収しながら告げると、ほっと胸をなで下ろしていた。


「あの」


 会計を終えて、持参のトートバッグに商品を詰め込み終えたお姉さんが声をかけてきた。


「はい」

「あの、一等でお人形さんが当たるのは、その広告のくじですか?」


 そう言って、私の後ろのポスターを指差す。今店には今日出したのも含めて三点くじがあるけれど、その中で一等にフィギュアが配当されているのは、このくじだけだ。


「はい、こちらになります」

「……そのくじ、引かせてもらえませんか?」


 おぉ、さっそく引いてくれるお客さんが出てきたか。


「はい、こちら一回三百円になります」

「それじゃあ……三回で」


 ふたたび会計を終えて、くじを三回引いてもらう。

 お客さんの顔を見て、子どもの頃、夏祭りでくじ引きの屋台に行って、くじを開く瞬間を思い出した。何が出るかわからないけど、でも狙っていた商品が……と思ったらはずれだったり、違うものだけどちょっといい景品が当たったり、とドキドキワクワクを楽しんだものだ。最近はもう夏祭りすら行っていないけど、まだあの屋台あるかなぁ。

 そんなことを考えていると、お客さんが開いたくじをおずおずと差し出してきた。受け取り、さぁ何が出たかなぁと他人事ながらちょっとばかり気になって目を落とし、


「おぉっ」


 つい感嘆の声が漏れてしまう。


「おめでとうございます!」

「え? あ、あの、はい! え、どうったんですか?」

「大当たりですよ」


 渡されたくじには、それぞれC賞、B賞、A賞と書かれていた。

 早速、設置された棚から景品を持ってくる途中で、目を丸くする後輩ちゃんと目があった。私は、何も言わなかった。ただ、笑顔で首を小さく傾げて見せてあげたら、ものすごく嫌そうな顔をされた。ぐすん。


「こちらの景品は大きいですし、レジ袋を用意しますね」

「お願いします。ところで……」

「はい」

「この、お人形……えぇと、ふぃぎゅぁって言うんでしたっけ」

「そうですね」

「タツ……じゃなくて、私の……お友達の家にも似たようなものがあったんですけど、これってそんなにいいものなんでしょうか?」


 それは人ぞれなんじゃないかなぁって思う。フィギュアが好きで好きでたまらない人はもちろん、モチーフとなった作品が好きな人にはすごくいいものなんだろう。私の妹は好きで好きでたまらない人種で、ついには自分で作り始めた猛者だけど、私はぼちぼちと言ったところだ。以前、一度だけ引いたモ○ハンくじでア○ルーフィギュアを当てたけど、それがあれば十分だ。


 それはさておき、お姉さんは何か納得いかない顔で景品を見つめている。もしかして、欲しい景品ではなかったのかな。


「もしかして、狙っていたのと違いますか?」

「あ、いえ……そうではないんですけど……」


 そういって、形のいい耳をピコピコと動かしている(・・・・・・・・・・・・・・・・・)姿が可愛くて、私は思わず吹き出しそうになった。その隣で後輩ちゃんは明後日の方向に顔を向けてぼーっとしているけど、おい、仕事はどうした。


 うーん、この可愛いお姉さんを見ていたら、ちょっと悪戯心が芽生えてしまった。それをド直球で伝えてもいいけど、流石にそれはかわいそうか。よし。


「お客様」

「あ、はい」

「お客様のお友達は、フィギュアが大好きなんですよね」

「ええ、そうなんですよ……」

「でも、貴女の事はもっと大切に思っているはずですよ」

「…………え?」


 ぽかんと私を見つめるお姉さんに、私は笑顔を浮かべて見せた。さっきまでの営業スマイルではないものを、ね。


「だって、こんなに可愛い人をお使いに出しておきながら、その実、自分は離れてそわそわと見守っているんでしょうから」

「え?」


 振り返ろうとしたお姉さんの手に景品の入った袋を渡すことでそれを阻止する。


「ふふ、彼氏さん、いい人そうですね」

「!!!! は、はははは、はははいい、ありが、とうございます……」


 途端に顔を真っ赤にしてあわあわするお姉さんに微笑ましさを覚えながら、きっちり頭を下げておいた。


「差し出がましいことを申し上げてしまいました。僭越をお許しください」

「い、いえいえ……こちらこそ。えと、そうだ、貴女にも、森の女g」

「それと……」


 私はにっこり笑顔で、釘だけは刺しておくことにした。


「かわいらしいお耳ですね。まるで妖精みたい」

「!?」


 さっきまでの高揚感から一転、顔を真っ青にして耳を隠すお姉さん。隣の後輩ちゃんはまだぼーっとしている。うん、全く問題ないけど仕事してくれ。

 震えながら涙を浮かべて私を見上げるお姉さんを見て、罪悪感なんかこれっぽっちも浮かばないけど流石に勘弁してあげようか。責任は全部あのバカたれにあるわけだし。


「コスプレパーティーでもしているんですか?」

「え?」

「え? 違いましたか?」

「あ、えと、はい! はい! そうなんですよ! タツマさんの部屋でこれから、えぇと、こすぷれ? のパーティーをするんですよ! ものすごく楽しみなんです!」

「それは楽しそうですね。もしお飲み物などが足りなくなりましたら、是非彼氏さんと一緒に当店へお越しください。それと、こちらは私からの差し入れです」


 私の言葉をまるで「救世主が舞い降りた!!」と言わんばかりに肯定するお姉さんにセールストークを行い、さらに近所のホームセンターの割引券を渡しておく。


「あの、これ……」

「差し入れです。場所は彼氏さんが知っていると思いますので、よろしければお使いください」

「……えぇと、ありがとうございます……?」

「はい、またのお越しをお待ちしております」


 お姉さんが自動ドアを潜ると、近くの電柱の陰から私と同じ年頃の男の子が姿を現し、お姉さんと何やら会話をした後、フィギュアを受け取ってはしゃいでいるのが見えた。お姉さんがぷぅとむくれると少し慌てて、それから二言、三言交わして仲良く手を繋ぎ始めたので、なんか微笑ましい気分になる。


「ふぅん、そっか。あいつにも、いい彼女ができたんだ」

「みたいですねぇ」


 それまでぼーっと外を見ていた後輩ちゃんは、やれやれと首を振って補充の用意をし始める。


「あ、先輩」

「何?」

「今日ので百突破しました」


 後輩ちゃんの言葉に、体の動きが一瞬だけ止まった。


「え…………マジで?」

「マジです」

「…は、……は、はは、ははは……チートちゃんは、面白い冗談、言う…ね……?」

「チートじゃないです千歳川です。冗談じゃないとか言うセリフはこっちですよ。先輩の方がよっぽどチートって奴ですよ」

「チートじゃないよ! ただの接客スマイル百点のコンビニ店員だよ! 本当だよ! チートちゃんの方が絶対チートだよ! あのお姉さんよりも絶対チートだよ!!」

「だからチートじゃないです千歳川です。それよりも、お二人が行ってしまいますよ?」


 言われて外を見れば、お姉さんが窓越しに私を見て、小さく頭を下げていた。対して、隣にいる男の子は「あ」と口を開けて私を凝視してた。ようやく気が付いたか。

 それを見て、ふと悪戯心がわいた私は、接客スマイルを浮かべてバカに向けてジェスチャー付きのメッセージを送った。


『おいリア充、後でお姉さんの耳あて買っておけ間抜けが』


 それを受けたバカもとい間抜けは、大慌てで羽織っていたフード付きのパーカーをお姉さんに着せて、さっさと歩いて行った。


「先輩、リア充に当たるのもいいですけど、A賞に品切れシールを貼っておいてくださいね」

「へいへい、担当した者の責務は果たしますよ~」



 次の日、るんるん笑顔がとびきりキュートなお姉さんと、ちょっと疲れた様子の間抜けが仲良く来店してきた。

 彼女の耳には可愛い耳あてがしてあって、その手はしっかりと彼の手と絡められていた。


「ふ、リア充が……呪って(いわって)やろう」

「先輩、僻んでないで仕事してください」


お読みいただきありがとうございます。

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