お会計させていただきます1
全体的に短いお話ですが、楽しんでいただければ幸いです。
「――以上87点で、8万1,528円になります」
ポン、と9万円と28円がカルトンに置かれたのを見て、うむ、いい人だ、と内心で頷いた。数え間違いさえしなければ、財布の中の小銭が減るし、店としては小銭を割らなくていい、おつりを渡す手間がかからないと、お互い助かることばかりだ。
お客さんは見た目、私と変わらない年頃……十代後半から二十代前半くらいの若い男の人で、冴えなさそうだけど優しい感じがする顔立ちをしていた。今その表情が浮かべているのは焦りで、よくわからないが、表に止めてある軽自動車にこれらの荷物を詰め込んでどこかへ行くのだろう。
「あの、運ぶのお手伝いしましょうか」
「え? あ、いえ、自分でやりますよ」
「いえいえ。あ、千歳川さん、少しだけレジを任せてもいいですか?」
後輩の子にレジを任せ、私はお客さんと一緒に荷物を車へと押し込んでいく。
「すみません、わざわざ……」
「随分お急ぎのようでしたので……差し出がましい真似をして申し訳ありません」
荷物を入れながら社交辞令をかわし、私は最後にソレをお客さんへと手渡した。
「これって……」
「たくさん買い物していただいたお客様へのサービスです。あ、私のおごりですので、お気になさらず」
「……ありがとうございます」
渡した近所のホームセンターの割引券を手に、お客さんはぺこりと頭を下げ、車に乗り込もうとした。
後は見送るだけなのだが、その時、私はふと悪戯心がわいてしまい、
「もし門があるのでしたら、入口の上に油を落とす穴を用意しておくといいですよ? 知識が、最強の武器です」
「え?!」
お客さんがぎょっと私の方へ振り返ったのをしり目に、私はぺこりと頭を下げてお店へと戻った。後ろから「え、ちょ、あぁ、行かなくちゃ!」と慌てるお客さんの声と、車が走り去っていく音が聞こえてきた。
「ん~、今月でこれで三回目か。今日の人は初めての人だったけど……」
レジに入っていた千歳川さんに礼を言って、元の位置へ戻り、店の中を見渡す。がらんとした店内だけど、お客さんがたくさん買っていったおかげで、ところごころ商品が切れている部分が見受けられる。後で補充しておくか。
「先輩、さぼってないで補充手伝ってくださいよぅ」
「田舎のコンビニに人、中々来ないし。チートちゃん、先輩使いが荒いよ」
「普通です。後、チートじゃないです千歳川です」
「いいじゃん、実際チートなんだから」
「先輩、チートの本来の使い方と違っています、そもそもチートとは」
なんて講義が始まったけど、日本語に限らず言葉というのは日々進化しているのでうんぬんと、私は軽く聞き流す。
「……それにしても、さっきの人は一体どこに向かったんでしょうか」
「さぁ? でも、多分すぐにまた来ると思うけど」
「すぐって……でもすぐ戻れるって……どこかの遺跡でしょうか、巫女さんがいる貧乏神社でしょうか、それとも危機に瀕した農村でしょうか、それとも」
「私たちが心配しても仕方のないことよ。それよりも、そのおかげで田舎のコンビニが繁盛しているんだから、喜ぶべきよ」
みんなが笑顔になれる。そう、ハッピーハッピーな関係ができているのだ。
「さ、さっさと棚を回復させて、のんびりまったり仕事するわよ!」
「はぁ、まぁいいですけど……」
棚の補充をしながら、さっきのお客さんを思い出す。あの気弱そうな風貌からは想像もできないパワーを感じたのだ。
「う~ん、魔法を覚えるなら土魔法と水魔法が超便利だとか、アドバイスしといたほうがよかったかなぁ……」
「先輩、魔法ない世界だったらどうする気ですか」
「その時は知識を巡らせばいいのよ」
などと会話をしながら、私たちは商品を補充していくのだった。
三日後に再び青年が現れ、「アドバイス、ありがとうございました!」とお礼を言われたけど、まぁ深くは聞かないことにしておこう。
ただ、彼の服から少しだけ甘い匂いがして、「リア充が! 爆発しろ!!」と思ったけど表には一切出さず「よかったですねー」と接客スマイルを浮かべておいた。
お読みいただきありがとうございます。