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餅
いつもの見慣れた風景を横目に最後尾に付いた。空には直火で焼かれて膨れ上がった餅のような雲がふたつ、居心地の悪さを隠せない様相で、頼りなげにぽっと浮かんでいた。雄大もお腹を空かせた頃だろう、家に着いたら餅を焼いたらどうかと咲子は考えをめぐらした。醤油かきな粉か。いや、醤油だろう。到着したバスに急ぎ足で乗り込み、後ろから2番目のいつもの席に腰を下ろす。徐々に赤みを帯びはじめている夏空の、ぽっかりと空いてしまった空間に、咲子の視線は吸い寄せられる。仕事のことや家庭のこと、それから両親のことなど、つい考え過ぎて頭を抱えてしまう咲子にとって、バスに特有の左右にゆっさりと揺れる動きは、自分を取り巻くすべてを忘れさせてくれた。バスは忙しい毎日に空白の時間をつくってくれる。