1-9
蓮の黒く大きな瞳が驚きでより一層丸みを帯びた。
反射的にとは言え、一切の力加減などなしに掴み、髪を引っ張ってしまったと言うのに、
(ずるいなぁ……)
律は、それに対して何も言わないし、顔色のひとつも変えやしない。
律の腕に座るような形で、不安定な上半身は彼の首から頭に凭れるようにして、蓮はすがるように律の頭を横から抱き締める。
やはり自分はブラコンかもしれない。
だって先ほどまでの渦がすぅ……と荒れを引いて穏やかになっていくのを感じているのだから。
荒れ狂ってどうしようもなかった感情を、見失いかけた己を救い上げてくれたのは、他でもない、この兄の存在。
「…………」
「さくらんぼ。俺買ってたからなぁ」
「……」
「おっさんから貰ったの。全部食べてしまうか?」
「じゃあ私は律くんが買ってきたのを優さんと食べるもん」
「買ってきた手数料はよ?」
「……律くんの戦力外っ」
ふ、と意地悪く楽しそうに笑う、甘えさせてくれる兄の頭を、今度はふんわりと柔らかく抱き締めて、家に戻るまでの間、律の意地悪に全面と立ち向かった。
好きな音だけで良い。
蓮の世界は、この音だけが鳴っていれば、お伽噺のように意地悪に謡ってくれるこの声さえあれば、
蓮は、悪魔を『散らす』ことが出来る。