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じゃあね、とばんばん力強く律の肩を叩いていった果物屋の店主の遠ざかる足音に蓮はほぅ……と肩の力を抜いた。
よかった。店へと帰ったようだ。
「……蓮」
ぽっふりと大きくしなやかな手が、先程とは違い意地悪ではなく宥めるように蓮の頭をくしゃりと撫でる。
髪が乱れるには違いはないが、不快ではない。
これは「優しさ」だから。
蓮は、このレンガに覆われたちいさな町の中の誰とも会話をしないようにしている。
彼らがいつ『悪魔』になってしまうかわからないから。
この中の誰かが『蓮を捨てた』かも知れないから。
服を売る店。食べ物を売る店。走っていくちいさな診療所の医者。
この中の誰とも親しくなる気は毛頭ない。
憎んでいるのかと訊かれてしまうと……正直わからない。
そもそも憎むと言う感情自体がわからないから、どうしようもない。
ぐるぐると黒い渦が自分の中に渦巻いて、それに目を向けると平衡感覚を失い……己をも失いそうな気持ちになって、酷く落ち着かなくて体が痺れて冷えていく。
私は誰で、なぜここにいるのか。
なぜ生きているのか。
生きていても許されるのか。
そんな、渦に呑まれてしまいそうになる。
ただその渦の中で岸に上がれるのは悪魔を『散らす』時と、律や保護者といるとき。
それから、
「……わっ!」
ひょいっと担ぎ上げられて蓮は年相応に驚いた声を弾かせる。
乱暴に片腕で自分を抱き上げ、すたすた歩く流れ星色の頭にひっしとしがみついた。




