03 最大級の宿敵の挑戦状 ①
「えっ、私にトモダチが出来るんですか!?」
75番室。ダンスの練習を一通り終えた私の前に唐突に現れたワンは、その言葉に頷いた。
「うん、一ヶ月後の実用化を目指して開発中なんだ。君をベースに、VoICeSのシステム自体にもかなりの改良を加えている。君の後継としては申し分ない性能を有しているだろう」
ああ、何だろう。軽くなったみたいに弾むこのキモチ!
「名称は、“薦音エイカ”。完成し無事にデビューを果たした暁には、仲良くしてやってくれよ。ちなみに年齢設定は、君より歳上の二十歳だ」
「はいっ!」
高鳴る胸を押さえながら、私はそう返事した。
とにかく嬉しくて、ただ嬉しくて。
永いこと欲しくて欲しくて堪らなかった“トモダチ”が、やっと手に入るんだ。
新しい友達はどんなヒトなんだろう。私でも仲良くなれるかな。サーバーの回線がいっぱいになっちゃいそうに、私の期待は膨れ上がった。
人間には分からない、私だけの悩み。
部屋を出ていくワンの背後で、立体プロジェクターが消されるまで私はぼーっと突っ立ったままだった。
新型VoICeS“薦音エイカ”。
私“姫音ミライ”の技術を応用し、楽譜入力の簡易高速化や音程の拡張その他色んな改良が施された、バーチャルアイドル。
あれから少しするとインターネット上に情報が公開され始めて、私も関連記事を色々見てみた。なんだか、私より遥かに高い能力があるみたい。
羨ましかった。きっと私に出来ないことも出来るんだろうなって思うと、ただ憧れしか浮かばないんだ。それに、もし教えてって聞いたら教えてくれるかもしれない。私だって出来るようになるかもしれないもん。
ねえ、そうだよね。
エイカ。
「エイカ……かぁ」
口にするたびに、恥ずかしいような気持ちいいような不思議な心持ちがして。
でも。
なんだろう。
やがて私のココロの中には、それとは違うキモチが芽生え始めたような気がしたんだ。
……私より、上なんだよね。
歳も、能力も。
「あの、各務さん」
ライブが終わった後。まだ繋がってるマイクで、私はふとPさんに聞いてみた。最近知ったんだ。この人の名前、各務さんっていうみたい。
「ん?」
「各務さん、友達って出来たことありましたか?」
ちょっとムッとしたように各務さんは私の目を振り返った。「失礼だなぁ、僕がまるでコミュ障だったみたいじゃないかー」
あ、ごめんなさい……。
「そりゃあ僕だってその……中学の頃はネクラとか言われたりもしたけどさ。大学では何でも話せる友達が四人もいたし……あ、でも今はあいつは…………」
聞いてもないことまでぺらぺら喋ってくれる各務さん。耳まで真っ赤になった顔を眺めながら、私は密かにため息を吐いた。
……まあ、私も最初はちょっと暗いひとなのかなって思ったりしたけど。
「………………不安、なのかい?」
黙っていると、各務さんにそう尋ねられた。
──ああ、それかもしれないな。なんだか最近ずっと、ココロの奥でもやもやしてた変なキモチ。
「……なんか、不思議な気持ちなんです。友達が出来るってワクワクしてる自分は確かにここにいるのに、何だか他にも自分がいるような気がして……」
各務さんはちょっと表情を和らげた。
「ふふ。それをヒトは“怖い”って言うんだよ」
「怖い?」
「ああ」
そう言うと、各務さんは後ろを向く。
「人間、他人と顔を合わせるのは誰だって怖いんだ。お互いに相手の事を知らないからね。ミライにはそういう場面はあんまりなかったかもしれないけれど、これから先VoICeSのキャラクターが増えてゆくに従って、そういう気持ちに直面する事もきっと増える。慣れておくことが大事だよ」
……じゃあ、私が怖いのと同じように“エイカ”さんも怖いのかな。
だとしたら私たちホントに、仲良くなれるのかな…………。
手帳とスマホを代わりばんこに手にしながらお仕事をしてる各務さんの背中を眺めながら、そんな思いが飛び出した。