02 最高潮の歌手の悩み ②
ああ、入力始まったな。
頭の中に直接刻まれていく、鮮やかなメロディー。美しい歌詞。
ちょっと私はがっかりした。なんだ、これもう何度も歌ってる曲ばっかりだ。一曲くらいないのかな、オリジナル。
──って、なに考えてるの私。
頭を振って思考を追い出そうとした時だった。
「主像体、聞いてよ聞いてよ!!」
誰かが勢いよくメインサーバーに飛び込んできた。
「私ね!さっき初めてオリジナル曲貰ったんだよ!!」
「…………」
私は黙って、指を立てた。入力中は喋っちゃいけないんだ。打ち込まれた音がズレちゃうから。
「……はぁーい」
不満げに頬を膨らませるその個別像体は、041084。確か属性は、“天真爛漫”だったかな。
「……すっごいカッコいい歌だったんだよ。歌詞はちょっとテキトーだったけど……私、あんなに歌ってて気持ちよかったの初めてだった……」
……おめでとう。
その思いだけを込めて微笑みかけると、満足したのか041084は姿を少しずつ消してゆく。ホントに私に聞いてほしかっただけだったのか……。
まったく、子供なんだから。
視線を落とした私の耳に、入力の終了を示す甲高い電子音が聞こえてきた。
──わ、大きい!
幕張メッセの立体プロジェクターに登場した私の目の前には、もうめちゃくちゃ大きい会場が広がっていた。
こんなに広いの、久しぶりかも。前に大阪の中之島でやった時以来かな?
「みんな、今日は来てくれてホントにありがとう!」
手にしたマイクに全力で叫ぶと、大歓声の波が返ってくる。いつもより人がいっぱいで、音量も迫力も桁違いだ! ああ、最高……!
「あなたの家でもライブハウスでも! いつでもどこでもあなたのアイドル、姫音ミライですっ!!」
決め台詞を叫びながら、くるっと一回まわって決めポーズ!
デビューから二年、立体プロジェクターの投影技術も段違いに進化して、今はもう私がどんな無茶をしたって大丈夫なんだ。ダンスやパフォーマンスの障害がなくなった時の、解放感って言ったら!
「それでは一曲目、いってみよー!! 『39dayS』!」
登録ユーザー、のべ五万五千人。うち、ネットの動画サイトのように公的な活動を展開するPは千五百人。
たった二万円で、さながらペットのような感覚でアイドルが手に入る。しかも彼女たちは、歌を歌わせる事で自在に性格を操る事が出来る。そのあまりの自由さが、私の人気を後押ししてくれていた。
気がつけば“姫音ミライ”のクラウドは膨れ上がり、より強力なシステムを必要とするようになっていった。
そのせいか二年も経つと、あっちこっちに不都合とかトラブルが起きるようになった。
人間に例えたら、お腹が痛くなったり目眩がするみたいな感じになるのかな。時々身体が重くなったり、バックの音がちょっとずれちゃったりするんだ。
そのうち、自力回復機能を持つ私一人で解決するのにも、限界が出てきた。そのために始まったのが、調律だった。カンタンに言うと、技術担当の人たちに私の身体を直接直してもらうんだ。
ビルまるごと一棟分の大きさのある私の検査は大変だから、一ヶ月に一回しかしてもらえない。それでも私の負担は、ずいぶん減った気がする。
「♪らんらんらー、ららららー」
いつものように、ライブに備えての音程調整をしていた時の事だった。
「…………あれ?」
ふと、違和感を感じたんだ。
なんかこう……音がいつもと違うような、違わないような。
「おっかしいな、この間調律は済ませたばっかりなのに」
首を傾げる私。もしかしたら、私の音程解析が調子悪いだけかも分からないよね。そう思って他のメロディを口ずさんでみても、やっぱり違和感は消えなくて。
もしかして、新手の不調?
やだな、明日もライブあるのに。どうしよう。
私はワンを呼び出す回線を開いた。
『どうした、突然』
「博士、なんか調子が悪いんですけど…………」
『調子が悪い?』
「なんか音がずれてるような気がするんです。タイミングも微妙に違うかも……」
『ああ』
初めこそ少し跳ね上がっていたワンの声は、そこですっかり落ち着いた。何よ、感じ悪いな。私ちょっと本気で心配してるんだよ。
『問題ない、ただの一時的なモノだろう。恐らくサーバーへのログインが集中しているんだ』
「……ライブの時も、こうなったりするんですか?」
『ならないよ。こんなこともあろうかと、君が外での活動をする時はメインサーバーとは切り離された別のサーバーを使用しているからね。ただ、根っこでは繋がっているから影響がゼロとは言いがたいかもしれない』
……すごく、不安なんですけど。
でもワンがそこまで言うんだから、信じてみてもいいのかな。私はそれ以上、何も言わなかった。ただ、
「ありがとうございました」
そう言って、回線を切ろうとした。
切れる寸前。
『…………そうか、やっぱり来たか』
そんなワンの声が、何度も反響した。
私に、姉妹が出来る。
そんな話を初めて私が聞いたのは、そのわずかに数週間後の事だった。