表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

01 幕間――とあるユーザーの日常――





「へえ、お前もあれ買ったのかぁ」

 ビールの缶を机に置くと、物珍しそうに友人はパソコンを覗き込んだ。「あれって面白いの?」

「まだ始めたばっかりだから、何とも分かんないな」

 パソコンの持ち主──氷山(ひやま)は、画面を前に苦笑いする。

「知ってるだろ?歌わせた歌で性格が決まるんだって。俺、まだ五回しか歌わせたことないんだ」

「へえ、何を歌わせたんだよ」

「GReeNpeaceって歌手グループ、知ってるだろ。あれの曲をいくつかさ」

「マジかよ! GReeNpeaceってバラードばっかりじゃん!」

やっぱり少し酔ってるのか大声でそう返した友人の横で、パソコンが起動した。デスクトップの画像までばっちり、姫音ミライだ。

「お前、キモオタみたい」

 黙れ、とばかりに氷山は友人を軽く蹴る。何も知らない輩にミライをバカにされるのは、何だか許せない。

──でも確かに俺、オタクの素質あるよなあ。

 ちょっと悲しくなって画面を見ると、ちょうどのタイミングでVoICeS(ヴォイス)が起動したところだった。

 ミライの姿がない。

 専用マイクを手に取って、氷山は語りかけた。「ミライ、どこ行ったんだ?」

「ごめんごめんっ!」

 スピーカーから元気な声が飛び出し、ほっとする。隣の友人が全力で驚いているが、見なかったことにしよう。

 手を合わせながらアバターが入ってきた。「ちょっとサーバーが混んでて、出てくるの遅くなっちゃった!」

 今にも風でめくり上がりそうに短いスカート。キラキラの装飾。そのインパクトは、

「……お前、こういう趣味だったの?」

 友人を誤解させるには十分だった。

「ちっ違う違う!」慌てて弁解に入る氷山。「キャラによって服装が指定されてんの!こいつは今──」

「“底抜けの明るさ”モードのミライです!」

 画面の中のミライが、敬礼した。

「……GReeNpeaceの中でも明るい曲ばっかり歌わせてたら、こうなったんだよ」

「むー!何その私が悪いみたいな言い方!『がくっとP』さん、ひどい!」

「がくっとP……?」

「……それ、俺のユーザー名」

「だせぇ」

「うるさい!」

 顔が真っ赤になる。無論、こっちがだ。ミライは交わされる応酬をただぽかんとして見ている。

 ……何だか、虚しくなってきた。

「……と、とにかくお前にも聞かせてやるよ。VoICeSのシステム、お前は見たことないだろ?」

 こくんと頷く友人。どれだっけ、とフォルダを漁ること一分、氷山はやっと[ミライ用楽譜]と名のついたファイルを展開した。ごちゃごちゃと細かい文字や線が並んでいる。

「これが、楽譜なのか……?」

 友人の疑問ももっともだろう。氷山だって最初は戸惑いながら書いたのだ。

「そ。これをコピーペーストして、プログラムに入力するんだ」

 忙しなく動くマウスのアイコン。VoICeSの画面上に新たなウィンドウが開き、そこにさっきの数列が貼り付けられた。

「これで、よしっと」

 [再生開始]というボタンをクリックすると、コピペしただけなのに彼は一仕事終えたような声を上げた。ミライの顔がぱっと輝いたかと思うと、すぐに引っ込んでしまう。

「あれ、ミライちゃ(・・)…………ミライはどこに?」

 ノリで「ちゃん」を付けかけてしまった。慌てて訂正する友人に、氷山はイスに凭れながらニヤニヤ笑って言った。「読み込んでるんだ、さっきの楽譜を。それが終わったら、きっとお前ちょっと驚くぜ」

 悪戯っ子のようなその言葉に、友人は首をかしげる。その首が次の瞬間、跳ねたように正面を向いた。

 いつの間にか画面は真っ暗になり、七色の光の渦が美しく舞っていた。そこに、ふわりとミライが降り立ったのだ。

 バックの演奏が、穏やかに流れ始める。確か、GReeNpeaceの「MOMENT」…………。

「バラードの方をご所望かと思ってさ。前に楽譜だけ作って歌わせてなかった奴なんだよな」

 そう彼が言い終わったのと、ミライの歌が始まるのは同時であった。時に激しく、時に哀しくもあるその旋律に合わせ、ミライは小鳥のように画面のステージを舞い踊る。

 その何とも言えない美しさ、

「人間みたいだ…………」

 思わず、友人は呟いた。

「だろ?」

 それ見たことか、と言わんばかりに彼は顔を綻ばせる。「これがミライのすごいところなんだよ。楽譜を入力するだけで、完璧な歌い方と振り付けと舞台まで考えて用意してくれる。これを逆手に取って、舞台の演出を考えさせてるグループもあるんだってさ」

「へえ……」

 半分くらい上の空だ。そのくらい友人はいま、ミライに夢中だった。

 本当に楽しそうに歌っているんだな。曲調のせいか少し悲しげではあるか、そう思わせるくらいミライの表情は生き生きとしていた。

 これが、機械だなんて。そう聞かされていたって、とても信じられない。

「……ミライのこと、見直したか?」

 その問いに友人がガクガクと頷くと、満足げに彼は目を閉じた。



 狭いアパートの一室には、まるでどこかのアイドルが出張して来ているかのように、綺麗な歌声が響き続けていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ