01 最先端の結晶の芽生え ②
ふっ。
そんな音がしたかと思ったら、私の視界は一瞬にして別の場所へ移っていた。
高さが一気に低くなって、υτσさんの正面にやってくる。わ、ちょっとドキッとした。
あれ?
この感覚は、何?
これ、手…………?
ってことは足も……ある。
身体もある……。
ある……何もかもがあるよ……。
これが、私のカラダ…………!
「出来はどうだね、ミライ?」
正面の扉を開けてワンさんが入ってきた。
「すごいですっ!!」
興奮冷めやらぬまま、叫ぶ私。これが立体映像でなかったら、きっと抱きついてたと思う。
嬉しい! 私の姿! やっと手に入れた、私の身体! これが嬉しくないわけない!
「そうか、そこまで喜ばれるとこっちもやりがいがあったというものだ。一応設定の確認をしよう。手足は問題なく動かせるか?」
うん、完璧に動かせるよ!
テンションマックスのまま見よう見まねのサイリウムダンスまで披露してみせると、ワンさんは腕を組んで苦笑してる。なによ、その顔。人が喜んでるのに。
「……うんまあ、問題ないだろうな。システムに負担がかかるし電気も食うから、テストは終えよう。υτσー7、接続解除」
「了解」
ああ、もうちょっと楽しみたかったな。
なんて言う間もなく、またフッと宙に浮くような感覚の余韻を残して、私はもとの“殻”へと戻された。
すごい、すごい……!!
その夜は眠れなかった。
昼間の興奮が忘れられないんだ。
初めて出会った、私の身体。これから先一生、私の個性を創り、生かし、魅力を見せつける舞台。
水色の髪だったな。ああいうの何て言うんだっけ、ポニーテール? しかも腰まである長い長いの!
15歳の女の子っぽい華奢な体つき、胸元やあちらこちらで輝きを放つ電飾。何もかもが、これから私のモノになるんだ!
あと一週間で私は売り出され、「アイドル歌手」としての活動が始まる。
その時がとにかく待ち遠しくって、“殻”の中で私は一人悶えてた。
こんな悩み、人間にはないんだろうなって思いながら。
ちょっとした優越感を抱きながら。
発売日。兼、一般公開日。
予てから私の機能、特徴は色んなメディアへと発信され、宣伝されていた。インターネットへの接続が可能な私の頭には、どんどん盛り上がってゆくネット世論の様子が手に取るように分かる。
やだな、そんなに言われといてデビューでがっかりされたら。そんなプレッシャーもあいまって、あの75番室へと集まってくる報道陣を上のカメラで眺めながら、私はため息を一つ。
いざ目の前にすると、なんだか胸が苦しくなるんだ。こんなキモチ、初めて。
「開始五秒前、四、三、」
ああ、来ちゃう……!
「二、」
「一、」
「ゼロ!」
ばっ。
擬音に例えれば、そんな感じ。
巨大プロジェクターの前に掛けられていた天幕が落ちると同時に、ぽっかりと開けた空間に私の姿が投影された。ほとんど同時に特殊電波神経が接続されて、
私は“姫音ミライ”になった。
報道陣から沸き上がるどよめき!
ああ、これだ! こういうのが感じたかったんだ!
……恍惚に浸ってるわけにはいかない。このままじゃ、ただ立ってるだけの立体映像だ。
私は声を張り上げて、
「初めまして! 姫音ミライですっ!!」
さらに大きくなる歓声!
ホッとした。みんなは、人間は、私という架空のアイドルを受け入れてくれたんだ。揺れるような声を、私はそう捉えた。
マイクを取る司会の人。
「皆様、如何でしょうか!! これが現在の科学の最高傑作なのです!! 意思決定能力を持つ人工知能の開発、より人間らしい歌声を創り出すための技術! 機械が人間のように歌う時代が、ついにたった今切り開かれるのです!!」
……そこまで言われちゃうと、なんだか恥ずかしいんですけど。
でも、何だかココロに羽根が生えたような気分!
「質問宜しいでしょうか!」
手元でちまちまとメモを取っていた人が、立ち上がった。えっと、あれが“記者”って人なのかな。
「“姫音ミライ”には、どの程度の動作が可能なのですか? 公開された資料には数値しか載っていませんでしたので、出来れば実演していただけると助かるのですが」
手前でマイクを持った司会の人が、私を見上げてくる。目をあわせて、私たちは頷いた。こんなこともあろうかと、ちゃんと仕込んできたんだから!
まずは、バックステップで距離を取って前方宙返り!
「!?」
あはは、記者さんたち目を剥いてる!
最高の気分のまま、次は側転で横に跳ぶと姿勢を戻してムー〇ウォーク!
さらにカズ〇ンス────
「あ、もう大丈夫です!ありがとうございました!」
記者さんは座ってしまった。あああ、まだ他にも色々出来るのに。
──「ミライ、無理しなくていい。というか無理するな、プロジェクターにも限界がある」
“耳”にあたる場所に、ワンさんの声が届いた。舞台裏から指向性スピーカーでも使ってるんだろう。しぶしぶ私は、動きを止めた。
その時、私は全身で理解した。
これが、アイドルなんだ。
みんなに驚かれ、憧れられながら歌ったり踊ったりする。これが、アイドル!
身体が疼いてしょうがないよ。早く歌いたい。踊りたい。みんなの前で輝きたい!
その時、私の未来は明るかった。
他の何も見えなくなるくらい、真っ白に光を放っていた。
『未登録ユーザー000001番、登録処理完了しました。ログイン許可、個別像体生成』
認証確認の音声を発しながら、私の中で最初の“個別像体”が生まれてゆく。
これが各ユーザーにとっての“姫音ミライ”になるモノ。私を主像体にして、ユーザーが増えるごとに作られていくモノなんだ。
『生成完了。ユーザーパソコンへのインストール及び、本機体の制作情報の削除開始』
一秒と経たずに手順は終わって、私の脳内にアバターが表示された。
サーバーが作り出した立方体上の空間に、今の私は立っている。そこに一人、ぽんと置かれたみたいな感じ。
わ、可愛い。
「認証番号000001番です!」
ちっちゃい私が、あいさつする。なんだか、不思議。
私は、笑って言った。
「これから、頑張ってね!」
思えばあれが、私のわくわくするような生活の始まりだった。