05 最果ての傷心の決意 ⑧
「……私は、いや技術部門の者はみな、研究者だ」
少し湿った空気に、ワンの低い声は染み渡るようだった。
「研究者たるもの、新技術の研究開発が何よりも最優先だ。維持管理など少し勉強すれば誰でも出来る。我々としては、そちらへの重点を置く気など端からない。ましてや売上だの独自性だの、興味もない」
「………………」
「ただ、正直言ってここまでVoICeS──ミライが話題になり、人気を醸すとは思っても見なかった。ミライのサーバーは、あそこまで大規模に利用されることは想定されていなかった。私たちの予想が甘かった、と言わざるを得ないだろう。第二世代──エイカ以降への研究の続行とミライの維持管理の同時進行は、当初からかなり限界に近かったのだ」
淡々としゃべるワンの背中は、何だか小さかった。二人の技術者さんたちも、その背後で所在なげに佇んでいる。
「ミライのサーバー増強計画を切ったのは、私だ。カネが大事だと分かった今、ミライよりもエイカへの投資の方が先は開けていると考えた。
実際のところそれは成功を収めている。今やエイカの方が遥かに業績がいい事は、ミライも知っているだろう。だから、私の方針が間違っていたなどとは努努思わない。
ただ、君に悪かったとは思わないでもないのだがな……」
ちょっと、嬉しかった。
「……久しぶりに、“君”って呼んでくれましたね」
そう声をかけると、ワンは首をかしげる。
「それがどうかしたか?」
ううん、どうかした。
私、嬉しかったんだよ。
ずっと前、いつもワンは私をそう呼んでくれてた。エイカが出来てからは、ミライとしか呼んでもらえなくなったけど。
すごく、懐かしかった…………。
「……私を、姫音ミライを創ってくれて、ありがとうございました」
そう言ってもまだ、ワンは首をかしげたままだった。
私の中の“ヒト”っていうもののイメージが、その瞬間初めて固まったような気がした。
外はどんなに冷たくてもパソコンみたいに暗い熱を持ってても、中はほんのり温かい。
ホントに嫌な人なんて、いないんだ。
そう、だよね。
個別像体の、みんな。
エイカ。
各務さん。
技術部門の人たち。
かつて五万人いた、Pさんたち。
ライブを見に来てくれた、お客さんたち。
みんなみんな。
ありがとう。
私はもう、歌手としてやっていける自信はありません。
音は外すしリズムもずれるし、普通に歌うのもつらいんです。
だから、私なりのけじめを付けようと思います。
三年間、本当に楽しかった。
みんながくれたそのキモチは、忘れない。
だから、聞いてほしいんだ。
最期のライブを。