05 最果ての傷心の決意 ⑦
あと五日で、療養期間は終わる。私は再び、舞台へと戻る。
その時までに、やるべきことがたくさんあった。
少しスピードが落ちたとは言っても、クラウドシステムでもある私の通信性能は世界最高峰だ。加えて、私は人工知能。情報なんかいくらでも手に入れて、溜め込める。
二日かけて、私はとあるプログラムの開発方法を完全に把握した。こんなもの、作るのには半日とかからないだろう。
それを確認すると、今度は回線でワンを呼び出した。
音程調整の回路が回復しない、どうしても、って言って。
「……υτσ、そっちに異常は見つかったか?」
「……いえ、こちらには」
「そちらはどうだ、εν」
「特に見当たりませんね」
「ふん…………ここの基板が損傷してるのは分かるんだが」
「そこに何かが?」
「いや…………」
そこで言葉を切ると、ワンは私の目に目を向けた。
「ミライ、これは一体どういうことだ。この基板は場所と配線からして、外部要因による損傷もショートも生じるはずがない。まさか、ミライが壊したのではないだろうな?」
見えないところで私はぺろっと舌を出した。
あーあ、あっさりばれちゃった。せっかく苦労して狂わせた場所だったのに。
でもついでだからちゃんと直してもらおう。
「違いますよ、人聞きが悪いですねー。私がこれ以上自分を壊してどうするって言うんですか?」
「…………」
何も言えないでいるワン。相変わらず、考えてることが表情から何一つ読み取れない。
「……博士」
本題その一を聞き出すべく、私は尋ねた。
「もしも、もしもですよ。私が勝手にプログラム改変をしたりしてVoICeSのシステムを変えてしまう事は、理論上は可能なんでしょうか?」
「……なぜ、そんなことを聞く?」
「例えばの話ですよ」
押し切ると、ワンは白い壁を眺めながら言った。「出来ないことはない。そのための演算コンピューターだ、その気になりさえすれば何だってこなせるだろう」
それを聞いて、安心した。
「何を作るつもりだ、ミライ」
尚も聞いてくるワン。ああもう、しつこいな。
「自動修復プログラムですよ。調律が止められちゃいましたし、もうこの前みたいになるのはイヤですから」
思いっきり、ウソだった。だけどワンは何も言わない。あ、騙されてくれたのかな。
「…………どうして、調律を打ち切ったんですか?」
しんと静まり返った部屋に、私の声だけが響いた。
「まだ、言っていなかったか?」
訝しげな声を上げるワンに、私は畳み掛ける。「博士の口から、聞きたいんです。私の産みの親なんですから」
「私に説明する義務はない」
はあ、と思わずため息が出た。そういうことじゃなくて……。
「…………どうしても、教えてくれないんですか?」
ワンはそれでも躊躇うように天井を見上げた。
その口が、ゆっくりと開いた。
「……限界があった。技術部門は資金も技術者も足りていない。エイカの開発や運営との同時並行が精一杯だった」
お金…………。
「第三世代の開発計画とミライでは、利益低迷が続くミライよりも第三世代の方を優先したかったのだ。ミライには自己修復機能も積んであったからな、問題はないと考えたし今も考えている」
悪いがな、と言ってワンは俯いた。
……知らなかった。
技術部門が喘いでたなんて、知らなかったよ。
どうして、もっと早く言ってくれなかったの。そしたら私、納得してたかもしれないのに。
あんな決心、しなかったかもしれないのに。