05 最果ての傷心の決意 ④
ある日の事だった。
私のもとに、一人の個別像体がやって来ていた。
005240。かなり初期からいた子で、属性は「底抜けの明るさ」。そんな彼女が珍しく悄気た表情で、昨日も七回間違えた、って私に向かって言っていた時だった。
足が、消え始めたんだ。
「……えっ、これ…………」
私も、こんな場面見たことない。二人して絶句している間に、005240の足はみるみる光の泡を吐きながら消滅してく。
まさか、と思った。
「削除……!?」
彼女の顔が、真っ青になった。ああ、私も青くなってく。
削除。
それは端的に言ってしまえば、Pのパソコンから“姫音ミライ”のプログラムを消去すること。私の性能の低下とサービスの打ち切りを切欠に、削除に踏み切ったんだろう。だけど、個別像体たちにとってのそれは、死を意味する。
これまでにも、千を超える個別像体たちが削除されていった。でもその大半は、自分のエリアに隠っている最中の出来事で、私がそれを目にしたことはこれまで一度も無かったんだ。
「わ……私、死んじゃうの……!?」
今や膝までが消えた005240は、私に歩み寄ることも出来ない。私も、何も言えないまま黙って口を開けて見てるしかない。
「……そっか、私……歌、たくさん間違えちゃったもんな…………消されなきゃいけないんだ……なぁ……」
たはは。
005240は、哀しそうに笑った。見開かれたその目から、光が溢れて宙に散った。
私に目があることを、こんなに呪った事はなかったと思う。
「005240……!!」
「……最近ね、私のPが……聞こえないくらいの声で言うんだ……。もういいや、って。思い通りに歌えないなんて、つまんないって……」
何か言うたび、彼女の身体は光を放ちながら消え、瞳からは大粒の涙が滑り落ちた。
「……主像体、今までありがとう……。私、楽しかった……。いっぱい歌えて、すっごく楽しかったから…………もう、これ……で…………」
光の渦に巻き込まれるように、その姿は消えてしまった……。
「005240……っ……!」
情けなくて、情けなくて、とにかく情けなくて。
私、何も言ってあげられなかった。自分の身体も記憶も消えてく恐怖に身を任せながら、それでも最期に私を労ってくれた彼女に、私は何も言ってあげることが出来なかった。
こんな悲劇が繰り返されていたことを、三年も生きていながら私は知りもしなかった。
最低だ。
私、最低だ…………!
「……絶対に、忘れないからね」
005240の事も、これまで消えていってしまった個別像体たちの事も。
銀河のように渦を巻きながらその輝きを弱めていく光を胸に抱き、私は誓った。
同時に、恐れが私を襲った。これから先、私の故障が長引けば長引くほど、005240のように削除されてしまう個別像体たちは増えていくに違いない。そして必然、私や他の個別像体たちがそれを目にする場面も右肩上がりに増加するんだろう。
あんなに辛い場面が、あと五万回も繰り返されるんだ……。
『削除処理、完了。005240の消去に成功しました』
同じサーバーのどこかで、そんな機械音声が虚しく響いていた。
事態は輪を掛けるように、どんどん悪くなっていく。
数日後、楽譜の読み取りに障害が発声。一部でマイナーコードの入力が不可能に。回復に要した二十分間に、クレームがコールセンターに殺到した。
その翌日、インターネットからの未知のプログラムの侵入を確認。セキュリティソフトが辛うじて撃退に成功したけれど、これでこちらの防護プログラムを読み取られてしまったのは間違いない。
さらにまた数日後、今度はサーバーの一部がショートして部屋の内部で小火が発生。スプリンクラーが間に合わなくて、駆けつけたスタッフが消火器で何とか鎮火に成功。おかげでインターネットへの接続が少し悪くなってしまった。
これだけトラブルが起きているのに、ワンを含め技術部門の人たちは一度も私に干渉して来ようとはしなかった。個別像体たちの削除も、止まらなかった。
もう、どうしたらいいのか分かんないよ。私一人じゃ、何も出来ない。でもワンのあの顔を思い出すたび、技術部門の人を呼ぶのはどうしても躊躇われてしまって。
そして、
ついに私は、
やってしまった。
ライブ中の事だった。
ズキンッ!
突然、ものすごい頭痛が私を貫いた。その弾みで、音が1オクターブ以上もずれちゃったんだ。
「ミライ!?」
曲の途中にも拘わらず、エイカは私を振り向いた。もっとも、ほぼ同時に曲も停止していたけれど。
そんなのに構ってる余裕なんて、とてもなかった。私はその場に踞る。頭が痛い……頭が、痛い……痛い……イタイ……!
「ああ……あ……くっ……!」
大騒ぎの会場に、雑音が甲高く響き渡るのが聞こえる。脇から各務さんが何か叫んでるのも聞こえる。そのうちに、今度は視界がぼやけ始めて、
白く、
白く、
しr──────