05 最果ての傷心の決意 ③
「え」
ホントに、その一言しか出なかった。
そんな私に、エイカはゆっくりと諭すように説明する。
「前回の調律の時、スタッフが何だかたくさんいた。普段の倍くらい。しかもその半分は作業はしないで、私のメンテナンスの様子を見学してた。これからは周期も短くする、とか誰かが言ってたのも聞こえたんだ。
急に技術部門があんなにたくさん雇用するなんて考えられない。って事は、もしかしたらあれはミライの調律に従事してたメンバーだとしか思えなくて……。
ミライ、最近ちゃんと調律受けられてる?」
ううん、久しく受けてない。縦に振った首が、嫌な音を立てたような気がした。
「やっぱりかぁ……」
エイカはそう言うと深呼吸して、
私を睨むように見つめた。
「……ミライの調律、打ち切られたかもしれないよ。前からワンが思わせ振りなこと言ってたんだよね、アイドルは一人で十分だとか何とか。だから──ほんと、言い方が悪いんだけど──、もうミライに手を回すのはやめて私に全シフトする気なのかもしれない」
不思議。
そう聞かされても、別に何の感慨も沸いてこなかった。
悲しいとか悔しいとか羨ましいとか、なんにも。
「……あ、あのさ」
立ち尽くす私に、エイカは泡を食ったみたいに言葉を投げ掛ける。「い……今のマジで私の考えでしかないからね!? テキトーに言ったとかそんなんじゃないけど、ホント真に受ける必要なんかないからね!?」
うん、分かるよ。エイカの気持ち。
私が悲しんでたらどうしよう、って思ってくれてるんだよね。本当、エイカって優しいよ。優しすぎるよ。
だから私は、こう返す。
「……ありがと」
エイカの方が、よっぽど悲しそうな顔をしてた。
「エイカに言ってもらえて、受け止める決心がついたよ。私、何となくそんなような気はしてたんだ。だけどこれでもう、不安な気持ちに駆られる事なんてなくなるよ」
「ミライ……」
「分かってるの。もうエイカに売上でもユーザー数でも負けてて、私が時代遅れになってるのは。だから見放された。それだけの事だから」
聞きたくない。エイカの目が、耳が、そう言ってる。髪を手で梳くと、私は笑って言った。
「……ゆっくり、考えてみたいの。私を向こうに戻して。各務さん戻ってきたら、私は自分のサーバーに戻ったって伝えておいてよ」
「…………」
エイカは口をぱくぱくさせて、何か言おうとしてた。
けど、素直に指示を飛ばしてくれた。
一瞬のうちに、私は私のサーバーへと戻ってきた。
力が抜けてしまって、そのままぺたんと座り込む。
空気が冷たい。
「……ダメなんだよね、もう…………」
歌いたいように歌える時間は、もう来ないんだよね…………。
自嘲気味に、私は呟いた。
なんだか可笑しくって、ふっと儚い笑みが口元に溢れた。
結果から言うと、エイカの予想は見事に的中してた。
わざわざ会議が終わった後の技術部門に問い合わせて聞いてくれた各務さんが、ライブの後に報告してくれたんだ。
「……ミライ、すごく言いづらいんだけどな……調律の中止が決まったらしい。これから先、ミライは自己修復機能だけでバグやトラブルに対処しなきゃいけなくなったそうだ……」
はい、とだけ私は言った。それをどう捉えたのか、
「……ミライ、悪く思わないでくれ」
それだけやっと言うと、各務さんは背中を向ける。
つらかったんだろうな、各務さんも。
正式な“放棄”宣言の後に残ったのは、漠然と胸の中を漂う靄みたいなキモチだけだった。
勝負は数ヵ月前──私が「自己」に悩まされていたあの頃には、すでに決まっていた。
一年で約五百のオリジナル曲を産み出した“薦音エイカ”に対し、“姫音ミライ”は三年経つにもかかわらずたったの百二十。
年平均の売上もライブの動員数も、果てはP数さえも大差をつけられたミライの落伍は目に見えており、第三のVoICeSの開発のためにも、限られた人数を遣り繰りするには値しない。
それが、株式会社キセノンアミューズの最終決定だった。姫音ミライへの調律、及びテクニカルサポートは全面的に打ち切られ、新世代への移行が始まった。
それが、ネットで得られた情報の全て。
確かに間違ったことは一つも書かれてない。私やエイカを所有する人たちの中でも、意見はばらばらだった。「可哀想だ」と言ってくれる人もあれば、「仕方ないだろ」と言う人もある。
そりゃ、そうだよね。歌が下手な歌手なんて、何の魅力もないもの。人間だったら他にも売り込む道はあるだろうけど、バーチャルアイドルの私にはそういうことは出来ないから。そう考えると余計にニンゲンの存在が遠く感じて、なんだか悲しさよりも寂しさの方が強かった。
それでも、
その時はまだ、何とかなると私は思ってた。
自己修復機能はまだちゃんと生きている。一年後がどうかは分からないけど、今は乗り切れると信じてた。
だけど、そんな悠長に構えてる時間はすぐに終わってしまう。