04 最深部の迷いの発現 ④
「それだよ!」
エイカが叫んだ。え、それ?
「ミライが他のどんな人間よりも、私よりも優れたポイント。性格を自由にカスタマイズ出来ること!」
──え、それが?
「Pにしたって、自分の好みの子を大事にしたいに決まってる。そんなこと、元から性格の定まってる私には出来っこないよ。そういうミライだけの能力、きっとまだ他にもある。いい、それがミライの独自性になるんだよ」
独自性…………。
「ミライにはミライだけの個性がある。それをもっと前面に出しなさい。ミライのそんなトコロに付いてくるファンは、きっとどこかに必ずいるはずだよ」
エイカの声に、いつかの各務さんの声が重なった。
だけど、
「ほんとに、いるのかな……」
それでも、私には信じられないよ。
「誰が?」
真顔で尋ね返すエイカの顔が、霞む。
「私の方がいい……って、思って…………くれる人なんて…………。私、オリジナル曲だってあんまりないのに……何もかもが不安定なのに……!」
こらえられなかった
私は、泣いた。
コドモみたいに。
泣いたって何も解決にならないのは分かってるのに。
どうして、こうなんだろう…………。
どうして、私はオトナになれないんだろう…………!
「……そのキモチ、忘れちゃダメだよ」
エイカはそんな私に、優しく言ってくれた。
「ファンの存在が当たり前だって思わないこと。ファンがいてくれることに感謝するのを、いつも忘れないこと。ファンを大切にすること。それはきっと、新たなファンを呼び込む追い風になる。
だからもう、泣かないで」
どこまでもオトナなエイカのセリフが、今はよけいに胸にこたえた。
でも少し、嬉しかった。
エイカが本気だって、分かったから。私が泣き止むように、頑張って前を向いていけるように一生懸命言ってくれてるんだって、痛いほど感じられたから。
……私は私なりに、頑張ればいいんだ。
頑張るしかないんだ。
うじうじしてたって、未来は開かない。誰よりも私が動かなきゃ、私は先へは進めないんだ。
わざわざ私を呼んでまでエイカが伝えたかったのは、その心だったんだよね。
頬を拭った時、何だか少し素直になれたような気がした。
「いっけない、もう十分も経ってた!」
少しぼやけた姿のエイカが、叫ぶ。「博士怒ってるかも!ミライごめんね、もう帰らなきゃ!」
うん、大丈夫だよ。
頷いた。その拍子にまた、何かが光を放ちながら零れていった。
「さ、頑張ろう。明日もライブあるし、早速実践だよ!」
エイカの笑う顔が、電送音の端に流れてった。
私は、“姫音ミライ”。
Pの好みに合わせて性格の変わる、究極の家庭用アイドル。
例えエイカがどれだけ私を上回っていようと、そこだけは誰にも負けない私の独自性。
そう意識するようになってから、私の生活は一変した。
キモチが楽になったからかな、演技も歌ものびのびとこなせるようになったんだ。いちいちエイカの事を気にすることを止めたら、私はずっと自由になれたんだ。
各務さんの売り込み戦略も、自ずと変わってきた。実践を重ねるうち、ファンのみんなにも違いへの認識が生まれていくのが、インターネットの情報から見えてきた。
私の瞳に戻った光を見て、個別像体たちは心から喜んでくれた。051822の表情は相変わらず浮かないままだったけど、それでも微笑んでくれた。私にはそれで、十分だった。
まだまだ私とエイカを比べたがる風潮はあるし、私をエイカの劣化版のように思ってる人だってそれなりにいることは分かってる。それでも、私はもう迷わない自信が持てた。“自分”を大切に、偶像として生きていく覚悟も希望も、もうぜったいに見失わない。そんな確信を持てたのは間違いなくエイカのおかげで、あれから何度もお礼を言った。そのたびにエイカは照れ臭そうに手を振っていたけど。
かつてのようにまたライブを楽しめる日は、いつか必ず来る。
そう、私は信じてたんだ。
もう、遅かった。
その事実に、気がつかされるまで。