04 最深部の迷いの発現 ③
次の日も、ライブは無事に終わった。
「みんな、今日はありがとう!またねっ!」
そう叫ぶと、大歓声をBGMに私たちの姿は立体プロジェクターから消える。その直前の事だった。
「…………後で、ちょっと話さない?」
エイカがそう語りかけてきたんだ。
話す? 何を?
「いいよ。でも、どこで?」
尋ね返すと、エイカはちょっと考えて言った。「後で博士に頼んで私のサーバーの立体プロジェクタールームに呼ぶからさ。あそこなら、お互いの顔見ながら話せるでしょ?」
そこまでして私に話したい事があるの?
そんなトゲのある聞き方をするわけにもいかなくて、でも他の言い方を思い付く前にエイカは戻っていってしまった。底知れない不安を抱えながら、私もメインサーバーへと意識を戻す。
しばらくすると、あの独特の感触と共に私の感覚は立体映像へと移された。
「ごめんね、急でさ」
私よりも早く来てたみたいだ。目の前に少し居心地悪そうに佇みながら、エイカは申し訳なさそうに言った。言ってから、足元の機械類を見下ろす。
「博士、ちょっと出ていってくれない?」
いたの!?
絶句する私を前に、機械の山に隠れていたワンは姿を現して、エイカに尋ね返す。てか、別に隠れてたわけじゃないみたい。
「なぜだね。私がいると話せないことでもあるのか」
「他に何があるのよ。どーせ監視カメラが音なんか拾ってるでしょうけど、私たちそのくらいは許してもらえるでしょ?」
微かなため息を吐いて、ワンは頷いた。「……あんまり、長々とはやめてくれ。電気代もバカにならないんだ」
「心配するとこがビンボー臭いんだっての」
ワンの消えた扉にエイカは思い切り舌を出した。その仕草がちょっと可愛くて私がまた虚しい息を吐くと、忘れていたみたいにエイカは私を振り返る。
「…………最近、元気ないよね」
私は思わず顔を上げた。上げてから…………また下ろした。
「ううん、大丈夫」
「聞いたよ。メインサーバーでもしょんぼりしてるって」
聞いた?
「どこから」
エイカは真顔で言った。「ミライの個別像体から、私の個別像体に。同じPが私とミライを持ってるみたいでね」
まさか、と思ったよ。この前見た三人の顔が思い出されて。
「…………やっぱりさ、」
エイカの声は控え目だ。
「私のせい…………だったりする?」
「ううん」
首を振って即答した。否定した。
そりゃあ、私にだってよくは分かんないけど。これが「妬み」ってキモチの延長線上にあるモノなのか、それともぜんぜん関係ないのか。
だけど私は、関係ないって信じたかった。そんな程度の事でエイカに後ろめたい思いなんかさせたくない。私だけの問題なんだから。
あの日、個別像体たちに対して言ったのと同じように、私はエイカの存在を跳ね退けようとした。
「……もし、私に話して解決するんなら」
少し寂しげな、でも強いエイカの声。
私はまた、顔を上げた。
「それで何とかなるなら、話してみなよ。私には、ミライが独りでサーバーの隅を黒いキモチで埋めてく方が嫌だよ」
そんな、
「私、エイカの競争相手なのに」
「だからこそでしょ」
エイカの微笑みが、いちいち私のココロに突き刺さる。
「フェアプレーがいいに決まってるじゃない。私は私だけの魅力で売りたいし、ミライはミライのいいところを売ってくしかないんだから。
ミライ、一応聞くけど自分の“売り”って考えたことある?」
そういえば、ないかも。
首を横に振ると、エイカはちょっと表情を厳しくした。
「そこだよ。自分を売り込みたかったら、自分がどんな存在で何に属していて、他と比べてどんな魅力があるのかをまず自分で知ってなきゃだよ。ミライはこれまで一人ぼっちだったから、そういうこと考えたこと無かったのかもしれない。そもそも[VoICeS]である段階で既に、独自性の塊だったわけだしさ。だけど、これからはもっと自分が自分を理解しなきゃ」
「私の…………いいとこ?」
「そう」
エイカは目の前の空気をなぞるように指を動かした。タブレットくらいの大きさの画面が姿を表す。わ、何あれちょっとかっこいい……。
「例えば何があると思う?」
そんなの、分かんないよ。私は首を振った。
「そうね……聞き方を変えましょう。私とミライ、何が違うと思う?」
それならいっぱいある。
「私の方が音質悪いし、楽譜の読み込み能力低いし、可愛くないしかっこよくないし、」
……言いながら、泣きたくなってきた。
前から分かってた事だとは言え、まるで自分で自分の粗探ししてるみたい。他人に言われるより、自分で言った方がずっと辛いよ。
「性格とか変わっちゃうし……」