03 最深部の迷いの発現 ②
「…………はぁ」
その日もライブが何事もなく終わり、メインサーバーに戻ってきた私はぐったりと座り込んだ。
こんな日ばっかりだ。ライブから帰る度、全身にまとわりつくような嫌味な倦怠感を感じる。身体には感じない。もっぱら、ココロの周りに。
前はもっと楽しめたのにな、私ったらどうしちゃったんだろう。そう問いかける時さえ、もう過ぎてしまって。
「……元気、ないね」
その声にふっと顔を上げると、三人分の個別像体の顔が私を覗き込んでたんだ。
「……どうしたの、039392に041084。051822まで」
同じ顔を持つ三人の“私の分身”は、揃って眉をひそめてる。大きさが違うとは言っても、何だか昔の自分に見つめられてるみたい。
真っ先に口を開いたのは039392。「……その、もしかして元気……ないのかなーって思いまして……」
言い終わった途端、彼女は顔をボッと赤らめて俯いてしまった。あれ、私まだ何も言ってないのに。
「あー、気にしないでいいよ主像体。039392、Pに同じ言葉で口説かれたみたいなの」
「…………」
まあ、仕方ないか。039392のユーザー・『ナイトフィーバー』Pの暴走っぷりは、私も知ってた事ではあるんだよね。
「……で、励まそうって041084が誘って来たんです」
今度は脇から051822。この子はまだ経験値が少なくて、性格もまだはっきりしてない。
あ、そうだ私ちょっとこの子に聞きたい事があったんだった。
「051822、最近いっつもメインサーバーにいるけど……仕事はないの?」
「…………それは」
「051822のP、めちゃくちゃやる気ないもんね」
041084の横槍に、少し顔を歪める051822。しまった、聞いちゃいけなかった。
「あ……ごめん……」
慌てて謝る私に、彼女は呟いた。「主像体のせいではありません。私のP──『タコの死骸』さんと私だけの問題ですから……」
その言い方に、はっとした。そう言えば、私も似たような言葉でいつも各務さんを退けていたような気がしたんだ。
私は目を背けたかった。
もしも、もしも私の人気が落ち目だから出番減らされちゃったのだとしたら、私はこの子に顔向けする権利がないよ……。
「…………とにかくね。最近、主像体が元気ないみたいだから、私たち個別像体みんなして心配してたんだよ」
凹む私を眺めながら、041084は言う。
「仕事減らされたの?それともPにフラれたりしたの?」
039392がまだ顔を赤くしてる横で、また苦虫を噛み潰したような顔をする051822。でもその目は確かに、私のことを捉えて離さない。
……そっか、知らなかった。私ったらいつの間にか、個別像体たちにも心配かけちゃってたんだ。
「ごめんね、何でもないよ」
「何でもよくないよ!」
遠回しに「関わらないで」と言ったつもりだったのに。041084の表情は、どこまでも本気だ。
「主像体が調子悪くしちゃったら、演算システム自体の調子も悪くなって私たちも苦しくなっちゃうんだよ?」
殴られたみたいな気分だった。
うっかり忘れてた。私は、このココロは、私一人の身体じゃないんだった…………。
…………それでも、
「……心配、しないで。何とかするから」
私はそれでも、強がった。
さっきの051822とおんなじだな、って自嘲しながら。
諦めたように三人の姿がフェードアウトしてゆくのが、少しぼやけた視界の端に消えた。
このままじゃ、私はエイカという存在に飲み込まれてしまう。
私が私である何かを見つけなければ、私はただエイカより性能の低い機械になっちゃうんだ。
そんなことは分かっていた。
だけど、それって何?
私とエイカの間には、これ以上何の差があるの?
あったとして、それは私にプラスに働くの?
未だにオリジナル曲さえ、ほんの数十曲しか書いてもらえていないのに。
広い広いサーバーの中にあって、
私はひとりぼっちだった……。