04 最深部の迷いの発現 ①
あれから、一ヶ月。
エイカのデビューが色んな番組や報道によって全国津々浦々に知られたことで、それまで私たち“VoICeS”を知らなかった人たちまでもが私たちに注目するようになった。エイカ程じゃないにしても必然的にユーザーの人は増えて、持ってこられるライブの企画もちょっとだけ多くなって。
いいこと……のはずなんだけど。
「……今日も、共演ですか」
そう訊ねると、各務さんは『うん』と返してきた。
『今日の会場は大阪城ホールだ。ミライ単独も含めれば、もう五度めくらいか?』
「そのくらいですね」
素っ気なく返すと、各務さんの声が少しくぐもる。『…………機嫌、悪いかい?』
…………違うの。機嫌が悪い訳じゃない。
なんて言っても分かってもらえないように思えて、私は各務さんの問いかけを聞き流した。その沈黙の意味は、辛うじて各務さんに伝わったみたいだった。
『……仕方ないんだ。最近、どうしても合同の企画の方が多くてね。しかもそのキャッチコピーは大半が、“エイカとミライ、天性の歌声の対決!”と来たもんだ。意図が透けて見えるよ』
各務さんにも聞こえるくらい大きく深く、私はため息をついた。
どうやら、ファンの人たちはどうしても私とエイカに対決をさせたいみたいなんだ。
大幅な改良によって従来以上の能力を持つこととなった、エイカのシステム[VoICeS:neo]。それが具体的にどれほどすごいのか、その目で確かめたい。ネット上でもそういう意見は多くって、あとは需要と供給の関係が示す通りだ。悪気はないんだろうし、それがみんなにとって楽しいならむしろ私は喜んで出演したい。ファンのみんなが笑ってくれる方が、私だって嬉しいんだもん。
……だけど現実には、そう素直には思えなくて。
「みんな、今日は来てくれてホントにありがとう!」
ライブステージがやって来た。私とエイカは同時に立体プロジェクターに登場して、二人声を合わせて決まり文句を叫ぶ。
沸く歓声。ああ、何だか懐かしい家に帰ってきたような気がするよ。
結局のところ、始まってさえしまえば私は楽しめるのかもしれない。そうであってほしいな。ライブの間くらい、暗いキモチを忘れていたいよ。
「ミライ、先に自己紹介しちゃっていいよ」
エイカが耳元で囁いた。「うん」と頷くと、私は手を挙げる。
「いつでもどこでもあなたのアイドル、姫音ミライ!」
「そして、薦音エイカですっ!」
ワアアアッ!
エイカの名前が叫ばれた途端、歓声が一際大きくなった。
笑顔が引き攣る。
──ダメだよ、落ち着かなきゃ!余計なことは考えるな、今はライブ中なんだからっ!
心の中でそう叫ぶ私。正面でギラリと輝いた照明が、痛かった。
さっき各務さんに言われた言葉が、ネオンサインのように脳裏で瞬いた。
『薦音エイカに対して劣等意識があるのは分かるよ。それはしょうがない。実際問題、彼女の方が性能は高いのだから。時間が経ってから出てきたんだし、当たり前さ。
でもそれは、ミライ自身に対しての評価の下落に繋がるモノではないんだよ。そりゃ確かに、新しいモノに飛びつく層はある程度はいるさ。だけど、ミライにはミライの魅力がある。それを求めて君を追いかけるファンは、どこまで行ってもいなくなりはしないんだよ』
……各務さんは優しいから、ああ言ってくれる。だけどさ。やっぱり気になっちゃうんだよ。
この中のどれほどが、“姫音ミライ”を目当てにして来てくれているんだろう。
どうしても、考えちゃうんだよ。
さっそく始まった「早口の歌バトル」で滅茶苦茶早い歌を歌いながら、心の中ではそんな事を考えてる私がいる。
分からないよね、みんなには。
エイカには。
各務さんには。
ワンや技術担当の人たちには。
…………私こと旧世代VoICeS「姫音ミライ」と、新世代VoICeS:neo「薦音エイカ」との間には、他にもたくさんの違いがある。
筆頭は楽譜の読み込み方法だ。専用の特殊な楽譜をパソコンに直接打ち込まなきゃいけなかった私と違って、エイカは普通の楽譜をスキャニングするだけで入力出来るんだ。手間が省ける上に、経験のない人でも使いやすくなってる。
それに私が歌った歌によって性格を創られるのとは対照的に、エイカには最初からある程度の思考パターンや性格が与えられてる。それは、先行開発された五歳年下の私に対して「よりオトナな考え方をしてる」ことと、「今を思い切り楽しめる性格」なんだって聞いた。
企業機密、ってモノなのかな。なぜ私と違う道を辿ったのか、ワンを含めた誰もが私に教えてはくれなかった。
そんなエイカの固定ファン層が形成されるスピードは、私の時より格段に早かったような気がする。性格が元からあったからなのかもしれないな。ううん、それしか考え付かないよ。
曖昧なココロしか持ち合わせてない、自分の好みに合わせた調整が必要な私と違って、扱いやすいから。
歌ってる横顔を見るたび、ネット上にアップロードされた動画を見るたび、
私にはエイカの全てが心底羨ましかった…………。