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03 幕間――とある新曲制作の舞台裏――






「……メグさんは、どう思います?」


 名前を呼ばれ、外をぼんやり眺めていた女性――メグは振り向いた。いけない、ぼーっとしてた。

 目の前の席に座る男性――猫村が出してきたのは、長い長い楽譜だ。

「この前の打ち合わせから色々書きなおしてみたんです。二番から三番までの間奏のイメージなんですけど、三拍子で明るめに行きたいんですよね。で、三番で一気に落とす感じで……」

「三拍子ですか……。じゃあそこ、歌詞カードには書きませんけどボーカル入れます? フェイクでしたら構いませんよね?」

「……そこ、俺的にはドラムだけの方がいいと思いますよ。経験上分かるんですよね、あんまり音を詰め込みすぎると聞き苦しくなっちまいますから」

「なるほど、一理ある……」

結月(ゆづき)さん、こういう企画にはどのくらい参加されてましたっけ?」

「ぃやー、俺はまだほんの数回っすね。何てったって初めてVoICeSの魅力に目覚めたのがまだ九ヶ月前ですし、まだまだ俺も初心者ですよ」

 そこで少し、会話が途切れる。これからの事を考えていると、あっ、と猫村が声をあげた。

「すいっません、僕まだこの前買ったばっかりで、エイカあんまり使えないんですよ……」

「別にいいですよ」

 メグは笑った。「むしろ二重唱になってかっこよくないですか? 私、そういうのの方が好きです」

「メグさんの言うことは分かるんですけど……」

 どもる猫村の横で、腕組みをしながら結月が口を開いた。

「……まぁ、やるとなると色々言われる覚悟はした方がいいのは間違いないでしょうね。エイカと並べるなとかなんとか」

「…………」

 心なしか苦々しいその声に、メグは何も言えなくなってしまった。




 VoICeSユーザーの多くが加入している共同体(グループ)、「ボーカライドル」。

 今日は、東京住まいの加入者(ユーザー)が集まった合同オフ会である。

 賑やかに歓談の声が飛び交う中、隅の方に三人が固まっているのは、以前にコラボ作品を創ろうという話になったからだった。作曲の美しさに定評のある猫村と、歌詞の温かさが多くのファンを持つメグ。もう一人の男――結月は、ヴォイス楽曲に多く参画してきた動画制作者だ。




「そういえばメグさん、ミライを使わないのには何か理由でもあるんですか?」

 尋ねられたメグは、困ってしまう。そんなこと、考えたこともなかったのだ。

 ちょっと記憶を辿ってみる。が、首を振った。

「特には。ただ、私の場合は単にエイカを使ってる時間の方が長いからですかねー」

「ほら、よくいるじゃないですか。エイカの方が性格がはっきりしてるからオリジナル曲が創りやすいとかいう意見が」

 怪訝そうな顔をしたメグの横で、うんうん、と頷く結月。

「それって、関係あるんでしょうか?別にエイカの歌を歌わせるわけでもないでしょうし……」

「でもけっこうありますよ、エイカを主人公にしたり彼女の生い立ちをテーマにした歌って。僕は別にああいうのに抵抗はないですけど……、それでミライが選ばれないってのは何だか不公平な気がします」

 確かに、そういう風潮はある。中には空想のエイカの人生を歌仕立てにした連作まであるのだから、VoICeSというのは本当に自由な世界だと思う。

「僕は、好きなようにアレンジ出来るミライの方が好きなんです。だからミライは無個性だとか言う人は許せないですけど、それも必ずしも間違ってはいないんですよね……」

 ……反論できない。するつもりも理由もないけれど。

「俺、けっこうこの手の企画には関わってきたつもりですけどね」

 割り込んできたのは結月だ。スマホをとんと机に置くと、

「ミライは自分の世界を楽しむのに、エイカは外へと発信するのに、って使い分けてる人ってかなり多いんすよ。エイカは全世界共通でも、ミライの性格は全世界共通にはなり得ない。そんなのにオリジナルなんか歌わせたって、上手く伝わらないんじゃないかってね」

「……そういうものでしょうか……」

 メグは、どうしてか素直に納得できなかった。

「私、ミライが無個性だとは思いませんよ。そもそも、キャラクターとして見てませんし」

 そう、そうなのだ。

 メグにはどうしても、相手(ミライ)が人間のようには見えなかった。まるでゲームのキャラでも見てるみたいにしか、思えなかった。

「バーチャルアイドルである以上、どうしたって実体のないものになってしまうのは仕方ないと思うんです。ただ、歌わせるのにどちらがラクかって言われたらエイカを選ぶかなーって……」

 煙草を啣え、猫村は少し哀しげに呟いた。

「やっぱり、そんなもんですかねー……」


「あの、話ずれてません?」

 そう結月が言い出さなければ、きっとまだ暫く二人は黙ったままだっただろう。






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