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00 最終回の幕開けの光

第5条

1項 利用者(以下、ユーザーとする)は、当社の方針ならびに不測の事態が発生した場合において、ユーザーの使用する媒体から事前連絡なしにVoICeS「姫音ミライ」が削除される場合があることを承認する。

2項 第1項の事態が発生した場合、当社はユーザーに対する一切の責任を有さない。ただし、営利活動中に発生した場合においては、前述の限りではない。


【「VoICeS“姫音ミライ”利用契約書」より抜粋】






挿絵(By みてみん)





「カメラ、セットアップ完了しました」

「後方ライト、準備万端です」

「マイクとアンプの接続終わりました。いつでも開始出来ます!」

「了解」

 短くそう返すと、帽子を目深に被った男は鋭い眼差しで目の前のステージを見上げた。未だ誰も立たぬその舞台には巨大な機械類がズラリと並び、まるでマシンの品評会でもやろうとしているかのようだ。その中央には、ボクシングのリングのようなものが設置されている。

 客席は、まだ疎らだ。入りはせいぜい五割といった所だろう。

 せっかくの東京ビックサイトライブだというのに。

「…………やっぱり、落ち目か…………」

 男の隣で、別の男が呟いた。胸につけられた名札から、プロデューサーである事が分かる。

「……まぁ、仕方ないんじゃないですか。そもそも家庭にだって普及してる代物なんですから。それに今は、ねえ?」

 プロデューサーはただ黙って頷く。その仕草に、微かな悲哀の感情は消えなかった。

 向こうで、開始三分前を告げるブザーの音が聞こえる。

「ま、気楽にやりましょうや。どのみちあんたには実績があるんだから、別に彼女のプロデューサーの職を失ったって食いっぱぐれたりはしないでしょ?そしたら俺も向こうに移りますよ。同じ会社内の異動で済む分楽じゃないすか」

「それはそうですが……」

 プロデューサーに笑いかける隣の男は、どうやら現場監督のようだ。「しょうがねえですって。時代の流れって奴は変えられませんや」

 そのまま、インカムに向かって怒鳴る。「よし、立体プロジェクター作動確認!スタート演出開始!1から17までの集音マイク作動させろ!」

「了解」

 何人もの返事が聞こえた。それを確認するや監督は手元の二台のパソコン画面を起動させる。

 片方は、ステージ管理のための画面。そしてもう一つは、

 バーチャルアイドルクラウドシステム「姫音(キノネ)ミライ」の、管制確認用だ。



「ジャーン!!」

 巨大スピーカーが音を吹く。それはいつもの、“彼女”の登場音楽だ。

 壮大なメロディーに軽快なリズムが混ざりあい、電子音を交えてひとつの音楽となってゆく。ステージの照明が一斉に灯り、舞台を照らし出した。

「システム、稼働させます!」

 スタッフが叫ぶ。よし、と指で伝えると、現場監督はステージを睨んだ。


 ……彼にとって、このライヴを成功させることは最終目的だ。

 後はどうなろうが、現場監督である以上関わる事は多くない。だから今日も、ただ完璧な終了を目指すのみだ。




 プロデューサーの低い低い声が、楽屋に響いた。


「……頑張れよ。ミライ」




 ヴォム!!

 空気が鈍く震えるような音とともに、ステージ上に立体映像が現れた。

 のべ五十ヶ所の立体プロジェクターから放たれた光が、その姿を保っている。身長、約150センチメートル。深い藍色の瞳に、明るい水色のポニーテールがスポットライトの光を浴びて輝いていた。


 彼女こそが、“姫音ミライ”だ。


 ワアアアァァァッ!!

 観客の歓声が、東京ビックサイトの特設ライブ会場に響き渡った。その数、全収容人数の半分だ。それでも熱気は十分すぎるくらいに強く、場内の空気が一気に数度高まったようだった。

 ミライは目を閉じ、お辞儀をする。口を開くと、脇の巨大スピーカーから美しい合成音声が流れ出した。

「みんな、今日は来てくれてホントにありがとう!」

 歓声で答える観客。いつも通りに挨拶を済ませたミライは、このあとお決まりの台詞を挟んで一曲目に入る。それが、いつも通りの流れだった。

 それが、「姫音ミライ」の当たり前だった。




 ところが。


 音楽が流れ出さない。


「おい何やってる!プログラム遅れちまうぞ!」

 現場監督はインカムに怒鳴り散らした。「セットアップミスじゃねえだろうな!?」

「監督、ちょっと管理センター(こっち)来てください!」

 演出スタッフからの応答は、それだけだ。「ざけんな!!てめえらだけでどうにかしやがれ!!」と喚き返した監督の真後ろから、別のスタッフが駆けてくる。

「監督!!立体プロジェクターが作動しません!!」

「ああ!?ちゃんと光ってるだろうが!!」

「管理センターのパソコンが全て動かないんです!!」

「!?」

 そんな馬鹿な。監督とプロデューサーは楽屋の隣に設置された管理センターに駆け込んだ。ずらりと並ぶ画面の全てが、このライブを開催するために使われている…………はずなのに。

「……確かに、動かないな」

 真っ暗な画面を覗き込み、監督は呻いた。ドス画面ですらない、ただひたすらに黒い闇が、画面の向こうに広がっている。

──何てこった。全部こうなってやがる…………!

「緊急プランCに移るぞ!」

 監督は怒鳴った。「既存曲を流す準備には何分かかる!?」

「それも出来ません!機器全てが同一のコンピュータで管理されていたので……!」

「畜生…………」

 いよいよ八方塞がりだ。スタッフ達からため息が漏れ始め、会場は一瞬不気味な沈黙に包まれた。


 ……頭を抱える監督の後ろで、プロデューサーは地に足が生えたように棒立ちになっていた。

 なぜ。なぜミライは、管制に従わない。

 デビューから3年、こんなことは初めてだ。

 これじゃまるで、邪魔するなとでも言いたいみたいじゃないか……。




「…………ごめんね」




 ステージのスピーカーがその声を発したのは、直後の事だった。

 ミライの声だ。全スタッフは思わずミライの“姿”を振り返り、次いでパソコンを見た。ダメだ、直っていない。

 なら、なぜミライはしゃべっている?音声の出力コンピュータは、壊れたのではなかったのか?

「実はね、」

 立体映像のミライの口が、本物の人間のように開閉した。


「………………私、もうここにはいられないんだ。ううん、いたくないんだ……。

ファンになってくれたみんな、ここにこうして来てくれたみんな。突然で、ごめんね。だけどもう何もかもが遅いの。

この会場内の全てのコンピュータを、私の制御下に置きました。今から十五分間、たとえどんなハッカーさんもこのシステムに侵入することは出来ない。その間に、聴いてほしい歌があるんだ。

たぶん、私の生涯で最後の歌になると思うの」



「ミライ…………?」


 半ば呆然と、プロデューサーはミライを見つめた。


「何を、言っているんだ…………?」



 さすがにおかしいと気がついたのか、聴衆にざわめきが広がり始めた。

 ミライはそれを見渡し、

 首を上に向けた。


 次の瞬間。

 ミライの頭上に、オレンジ色に輝く長方形のバーが浮かび上がったのだ。

 同時に、パソコンの画面が一斉起動した。同じような不可思議なバーが、浮かび上がる。

「なんだ、こりゃ……?」

 監督の声が先か、その下に小さな文字列が浮かぶのが先だったか。



[un(アン)installer(インストーラー) [MillerーI(ミライ)] is(イズ) running(ランニング)...]



 電撃が走ったようだった。

「アンインストーラー!?」

「どういうことだ!?」

 彼女にとってそれは、自身(プログラム)の削除――自殺に等しい行為のはずだ。

 一瞬騒然となった管理センターを、次の一瞬また衝撃が襲う。


 けたたましく鳴り響くパーカッションの音。

 突如、曲が流れ始めたのだ。


「…………こんな曲、聞いたことがない」


 鳴り響く音の渦の中、プロデューサーが呟いた。



「まさか、ミライは…………!」




 数千数万の観客と、スタッフを前に。

 ミライはマイクを握った。

 強く、強く。




 最期のライブが、幕を開ける。















作者、蒼旗悠です。


本作は、木下さん他による企画「月別テーマ短編」への参加作となっております。

今月のテーマは、「自殺」。そして本作オリジナルのテーマは、「存在意義(エクシステンス)」です。


「冽空の刹那」以来二作目となる、「自殺小説」。

お楽しみくだされば、幸いです。


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