第六章 護る者
「…で、それがどうして琴鶴の家なの?」
「だから…えっとですね、そのぉ…」
「違うんだって風空!!」
……俺は、今琴鶴の黒猫、フークに問い詰められ中だ。
事の始まりはおよそ10分前。
俺が琴鶴の家に来たことから始まった。
「入ってよ、千桐♪」
「じゃあ…おじゃまします…」
子供相手とは言え迷惑というものを考えるとちょっと気が引けて軽く頭を下げて中へといれてもらった。
内装は、俺の想像を遥かに上回るほどにシンプルで、ごく普通の一般的な感じだった。
けど、一つ気になることがある。
「…琴鶴、やけに履き物とか少ないけどお母さんやお父さんはまだ帰ってきてないの?」
「…お母さんたちならいないよ。もう死んじゃったから…」
そう言って、少しだけ寂しそうにして見せた。
「…え。あぁごめん……」
何故なのかは気になったけれどさすがにそこまで聞くのは悪い。
俺は、思い出させてしまったことに対して素直に謝る。
「ううん。別にいいから……あ」
そう言って琴鶴が目を向けた方を見てみると黒い猫が階段からトントン降りてきていた。
そいつはよくされているのかその辺の猫より毛並みが艶々しくとても綺麗に見えた。
寝ぼけているようで、にー…と、時々あくびみたいな声をあげる。
「……琴鶴。帰ってたの」
「ただいまっ、フーク」
(ふーん…黒猫かぁー………ってアレ?)
もう一つ異変に気づいてしまった。
「…なぁ、琴鶴。今、そいつ喋んなかった?」
「そだよー♪正解っ!!」
琴鶴が抱き上げているフークをこっちに向けて、片目をつぶってウインクする。
「え え…?」
後の言葉は、なかなか出てこない。
すると、俺に気付いた黒猫の方が琴鶴の手からスッと抜け出して俺と琴鶴の間に立つ。
ポンツと一度煙に包まれたかと思うと、そのなかから黒髪の少年が現れた。
「琴鶴…これは…?」
「あーフーク!!勝手に戻ったらダメだって!!」
俺の質問には答えないで自分の前に立つフークにそういった。
「あの…琴鶴…?」
「あー…話すと長くなるけど…」
「けど……?」
「けど…、あーのフークですっ!!」
「…え、こいつが?あの……黒猫!?」
「うん♪」
俺の反応に嬉しげに言う琴鶴。
と、目の前の少年がくちを開いた。
「………お前、誰?」
「誰って…篠月 千桐っていって今晩ここに泊めてもらうことになったんですけど……」
(…って、猫相手に何いってんだろ俺?)
その辺は少し気になったけど、目の前のそいつがそれくらいに鋭い目で俺を睨んでくる。
「……帰れ。」
「……は?」
フークが、容赦なく一言言う。
「…あのー…それはちょっと困るかなー…って感じなんスけど…」
「困ればいい。僕は困らないし。」
さらに、キツイ一言。
そこで、ずっと黙っていた琴鶴が割って入ってくれた。
「ちょっと待ってよフーク!!千桐はイトコなのっ!!」
「……イトコ?」
琴鶴の言葉に反応して、首をかしげる。
「そ そうイトコっ!!」
相手が反応したので、俺も乗っかって主張する。
こーゆー時だけイトコ面するなんて卑怯だなとも思うが、仕方ない。
「でもさ……じゃあイトコってどんなぐらい近いの?」
「えっ?っとー…、琴鶴の父さんが俺の父さんの弟に当たる人?」
コレは丸きりじいちゃんの受け売り。
でも、分かりやすいからいいと思う。
「……なかなか近いや。遠縁だったらアレなのになぁ…」
なんだか一人で物騒なことをいっている。
遠縁だったらどうしたのだろうと気になったが、考えると怖くなってきたのであえてそこは考えないでいた。
そんなこんなで1分ほど。
「……そっかぁ……。うーん……よし。じゃあ選択肢をあげるね…」
一生懸命に頭を悩ませてピーンと、急に頭をあげると人差し指だけをあげて突き出す。
「1 大人しく帰る。……2」
……ガチャ。
よいしょ……と、フークが肩に背負っていた刀を手にとって、俺に向けて構える。
その時に刃先が顔を掠りかけて、俺は思わず後ろに退くがよろけてそのまましりもちをついて座り込む。
「……ここで、終わる」
『終わる』の単語と、俺に向けられた刀。
どうやら『終わる』というのは俺の人生が、という意味らしい。
「……ちょっと!?それはヤバくない!?」
俺が慌てて辞めさせようとすると、フークは首をかしげる。
ホントに頭の上にハテナマークが見えそうだ。
「……??ヤバくない。むしろ、琴鶴も護れて好都合…」
「そんな……っ!!」
じりじりにじりよってくるフーク。
距離をとろうとするものだから俺も後ろへと下がっていって壁へ壁へと追い詰められていく。
(冗談じゃないって…!!あ 琴鶴 琴鶴なら…!!)
止められるかも、と辺りを見回す。
だが、希望の琴鶴の姿はどこにもない。
ついに壁にトンと背中が当たる感触がした。
目の前に迫ったフークは、もう刀を振り上げる姿勢だ。
(もう……ダメだ……!!)
痛みを覚悟して、ギュッと目をつぶったその時。
「フーク♪ご飯だよっ!!今日はね、お魚っ!!」
じゃーんと魚を頭の上に掲げて、フークに見せる。
琴鶴の言葉に反応したかと思うと、艶々しい髪の間からピコッと耳が現れた。
「…………!?」
(…何コレ……!!……ていうか、今魚に反応した……?)
フークは、俺に刃を向けたまま一度振り返ってしばらくじーっと魚を見つめて、頬を紅くさせる。
そして、突然クルッと180度回転して俺に向き直ると
「……終わらせてから食べる………」
そう言って、心臓の上つまり、ど真ん中を狙って構える。
助けてもらうどころか、かえって寿命を縮められてしまった。
確実なところを狙うつもりだ。
すると、琴鶴が思い付いたように付け足した。
「ちなみに、千桐にケガさせたらあげないからね♪」
ピコッ。
またフークの耳が反応する。
それと同時に振り上げていた刀を急停止させた。
「……うーん…それはヤダ」
「でしょ?」
分かりきっていたようにクスッと琴鶴が笑う。
……カキン。
大きな刀を再び背中に背負い、フークがトテトテと食卓ヘ向かう。
(…た 助かった……?)
さっきまで狙われていた心臓に手を当てて、呆然とする。
そんな俺を見つけて琴鶴が近寄って来る。
「千桐も食べよ?」
「え ああ……うん」
少し戸惑いながら、俺も食卓へ向かう。
テーブルの上には、沢山の果物。
空いている席は………フークの隣。
隣に座る俺を口に魚を含んでモグモグと動かしたままフークが今含んでいる分を食べ終えて、
「……ごちそうさま」
と手を合わせて、またクルッと俺の方を見る。
「えっとあの…フーク…?何か……用なの…?」
ぎこちなくも質問する。
それほどにフークは、何をするでもなくただじーっと見ているのだ。
「……特には」
「そ そう?」
無言でコクンと頷いて、「…どーぞ構わずに」と付け加えたので、俺はまたごはんを口に運ぶ。
「…………(モグモグ)」
「……………………(じーっ)」
食べる俺をじーっと見るフーク。
(……コレのどこをどう構わずにいられるんだよ……)
「…あのさ、ホントに…何」
「……特には何も」
「そ そうか?」
無言のままこくんと頷き「…どーぞ構わずに」と付け加えたので、俺は気を取り直してお箸を手に、食事にありつく。
「…………(モグモグ)」
「…………(じーっ)」
「…………(モグモグ)」
「…………(じーーーっっ)」
(…これのどこをどう構わずにいられるんだよ……)
一度深く息を吐いてお箸を置くと、俺はゆっくり風空に向き直った。
「あのさ、ほんとに…なに?」
「……特には何も」
「ぜったいうそ」
「…うそじゃないよ…だってボク、うそついたら死んじゃうもの…」
「ぜっったいうそだっ!!」
分かり切った嘘に思わず声を張り上げてしまう俺に、視界の隅で琴鶴が驚いて小さく肩を震わせたのが見えた。まぁそうだろう、俺も突っ込んだ自分に驚いた。
「…まぁ…どっちでもいいじゃない…それより…食べなくていいの?
ふぁとのんきにあくびをこぼしながら平然と嘘をこくそいつに抑えきれない突っ込みをしてしまったが、確かにお腹が空いている事実も否めないし、本人がいいと言っているのだからここはお言葉に甘えて食事の続きをさせてもらおうとしよう。そして再び箸を手に取るも、同時に風空の凝視攻撃も再開。
「…………(モグモグ)」
「…………(じーっ)」
「…………(モグモグ)」
「…………(じーーーっっ)」
(…ったくもー!)
「じゃあなんで見てるんだよ?」
「………聞きたいことが、あったから…?」
また首をかしげて見せる風空。
「先に言えよ!!」
さっき聞いたら『特には…』って言ったのに、今になってそれを明かす風空に俺は、さっきまで襲われかけていた相手だと言うことも忘れて風空に意見する。するとその様子を見て、けらけらと大爆笑していた琴鶴が口を挟んでこう言った。
「フークはね、言ったことそのままの意味で考えちゃうんだよ」
笑いながら言っていたから意味不明だったけれど、つまりは比喩表現なんかがきかなくてそのままとらえる、といった感じらしい。つまりなんだ?聞きたいことはあったけど、『特には』って答えたのは"特に"聞きたいことはなかったが、"普通に"聞きたいぐらいことはあったってことか?ややこしいな!それにこれは、比喩表現うんぬん以前の問題だと思う。
「ていうかそんなことより!」
「……?」
ひとり虚しくもノリツッコミを繰り広げている自分に気づき、本題を思いだして尋ねてみると、風空は不思議そうに首をかしげて見せた。
「聞きたいことだよ、お前の。なんだよ?聞きたいことって?」
「ん…えっと……」
「うん?」
「…………なんだっけ…?」
(逆に聞かれた!)
「…あぁ…思いだした…」
しかしすぐに思いだした…?のか、少しも表情を変えないまま一度だけ軽く手をぽんと打って見せた。
「お、おお。それで?一体なんだ?」
精神的にここまで疲労に追い込んでくれたその質問とやらは。
「あの…さ」
相変わらず間延びした口調の抜けずにゆっくりと語りだした風空のその続きに俺は、黙って静かに耳を傾ける。
「……きみ」
「え?」
「1と2……選択していない……どっち?」
「…………あぁ!」
しばしの沈黙の後、俺は思いだしてそう声を上げた。そうだった。すっかり忘れかけていたけど俺は風空に殺されかけていた。しかも1とも2とも答えていないのに。
(あれは、理不尽だ…!うん。)
「えっと、ちょっと待ってな」
「……(コクン)」
最もいい選択肢を選ぶため、俺は思考を巡らせる前にひとこと断りを入れて風空が無言で頷くのを見届けてから考え始める。とにもかくにも、今なら選ばせてくれるようだし後悔のない、安全な選択を選ばせてもらおう。
(えっと、確か1は大人しく帰る…だったっけ?)
いや、この選択肢はやめておこう。帰るったって帰る場所がない
わけだし、野宿なんて危険じゃないか。安全な選択肢という条件
に該当しない。
(と、なると自然に選択肢は2の俺の命が………終わること?)
自分が導き出した答えに疑問を抱く。
んん?あれ?おかしいな、俺が安全に生きているの選択肢がどこにも見当たらない。
「ん…決まった…?」
暇だったのか立ったままこっくりこっくりと船をこいで眠りかけていた意識を起こしてふと、風空が黙り込んだままの俺に問いかけた。
でも、いや、決まったってあの…どっちを選んだら俺を生かしてくれるのだろう。
「ええっとー…」
「1なの……?」
「うーん…2よりは、かなぁ。でもなぁ今から探しに行っても宛がないし、野宿はほら、危ないしなぁ。一応いとことかの家にしばらく泊めてもらえるとありがたいなぁなんて…」
苦笑いを浮かべ、わざとらしくお願いを織り交ぜながら時折風空にちらちらと視線を送る。すると、しばらく黙り込んだあと、少しだけ唸ってこう続けた。
「んー……それじゃあ」
「わかってくれたっ?」
思わず席を立ちあがりそうなほど腰を浮かせてそういった。
「うん」
(おお。話せばわかるとはほんとだな!)
どこぞの誰が言ったのかも聞いたのかもわからないそんな言葉を思いだして共感しているとなにやら風空は、背負っていた剣を取り出して再び俺に向ける。なんだ、この展開。このまずい感じの展開、すごく嫌な予感が…。
「…2なんでしょ?」
「ええぇ…っ!?」