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Red.  作者: れむ
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第五章  すべての始まりの地

「………ここが…セルビア…」

そこには、日本とは全く違った光景が広がっていた。

ターミナルにはたくさんの外国人。

久しぶりに降り立つ地面に不思議な気分になりながら、ターミナルを出てタクシーを拾い、じいちゃんの家があるというノヴィサドへと向かった。


タクシーから降りて俺達はそのまま山道を歩いた。

「……あのさ」

枯れ葉を踏みしめて山道を進みながら俺は前を歩くじいちゃんに続いた。

「……なんだ」

「……じいちゃんがこんなところ(セルビアの森の中)に住んでんのってやっぱアレのせいなの?」

「……それも、ある」

「それも、あるって……それ以外にもなんかあんのかよ?」

「………」

唐突な質問が余程嫌ななにかに触れてしまったのか完璧にシカトを決め込んでいる。

その怖さに俺は少し気まずくなりながらもため息をついた。

「……わかったわかった。なにも言いませんて、聞きません」

その言葉に一瞬だけ振りかえると着いたぞ、と一言告げた。

「……え…?」

顔をあげると、古びた大きな家がひとつあった。

(…おお。…相変わらず、なんも変わってないし…)

その変わらなさ、というか進歩のなさに改めて俺はそんなことを考えていた。

「……千桐」

気がつくとじいちゃんはすでに扉を開いて中へと進んでいた。

慌ててその後ろを追いかける。

速度を落とすことなく、あげるでもなく一定の速度を保つ俺らの足跡だけが響く。

やがて一番奥の部屋にたどり着く。

(……あ。ここ……見たことある………そうだ、この家で唯一の大きな鏡がある…)


――キィィー……。

どこかにありがちなドラマのような扉の音がする。

(……何このオカルトチックな音……!!)

いちいちビクビクする俺に構わずに、じいちゃんが奥へと進んで行く。

そして紫の布がかかったあの鏡の前で立ち止まった。

「…千桐、これ…覚えてるか?」

「…あ まぁ…ね」

(…これ触れようとして…こっぴどく怒られたんだよね、3歳の俺……)

ははは…と、苦笑いを浮かべながらあの時のことを思い出していると、じいちゃんが付け加える。

「……あのとき、触れようとしていた右手が……どんな状態だったか覚えてるか?」

「……はあぁ?…んな細かいこと覚えてないって……なにしてんの…?」

ワケわからない質問に首を傾げていると、じいちゃんがポケットナイフを取り出して自分の右手に向けたかと思うとシュッと刃を滑らせた。

切れた手のひらから、紅い滴が流れ出す。

「…ちょっとちょっと!!ホントなにしてんの…!?」

「いーから黙ってろ」

「……はい」

慌てる俺にゴチンとこづく。

仕方なく俺は、大人しく見守ることにした。

スッと鏡に近づいて切った右手とは逆の手で、その紫の布をその辺に投げ捨てる。

ヒリヒリと痛む頭をさすりながら見ていると、今度は切った右手の人差し指に自分の血を付けて、謎の図柄を描き出す。

(……何、これ…?)

俺がそう思うのも、ごく自然のことだと思う。

絵にも、呪文にも見えるソレは簡単に言うと、魔法使いがよく使う陣なんかとよく似ている。

(……いや、ホントに……ん?)

そんな解説をしていたらさっきまで隣にいたはずのじいちゃんの姿が見えない。

「……じいちゃん……?」

真っ暗でよく見えないけれど、呼び掛けてみる。

しかし、じいちゃんの返事はなく屋上に住みついているコウモリの羽音だけがよく聞こえてくる。

(……こんなところで一人なんて……冗談じゃないって……!!)

怖さに足がすくんで少しずつ後ろに下がる。と、その時。

……トン。

と鏡の淵にかかとをぶつける。

(……あ……)

気づいたときにはもう遅い。

バランスを崩してそのまま鏡にぶつかる。

はずなのに、背中に何も触れない。

「……えっ……何で…」と、パニクっても支えのない体は徐々に背中から倒れていって痛みを覚悟してギュッと目をつぶる。

(…………!!)

…トサッ…。

あまりに予想外な軽い音をたてて背中に地面が触れる。

どうやら無事着地したらしい。

「……あ……れ…?痛く…ない?」

片目ずつそっと、目を開いてみる。

上から降り注ぐ光が眩しい。

(……ここ、どこッ…?)

ガバッと勢いよく起きて、辺りを見回す。

緑に囲まれたどこかの森。

「……やっと来たか」

「………て…じいちゃん!!」

全く、と言わんばかりの顔で大きくため息をつく。

「…こっちだ、ついてこい」

いつのまにか着ていた黒いマントをひるがえし、歩き出すじいちゃんに 情けない声を出しながら後を追いかけた。

また重そうな扉を開けて今度は暗い廊下を歩き出す。

「…な…なぁじいちゃん…ここどこ…?」

「……鏡の中に存在する、ヴァンパイアの世界」

「……鏡の…中…?」

(あぁ、それで……)

どうやら俺が倒れたとき、後ろにあった鏡に入りここにたどり着いたらしい。

俺は、思い出して自分に苦笑いしながら納得する。

「……そして、ここが」

キィ……。

じいちゃんが扉を開く。

その音に、室内にいた人々が扉に注目する。

「ヴァンパイアの…城だ」

姿を現したじいちゃんの姿にざわつく人々。

『王様……!!』『王様が…お帰りになった…!!』

(……なんだ…?)

ちらほらと上がるヒソヒソの声のどれもに『王』という単語が聞こえてくる。

「……王!!お帰りになられましたか!!」

「……あぁ」

そう言って、じいちゃんに一人の若い男性が駆け寄る。

「……え。じいちゃん今……王って…?」

疑問を頭一杯に浮かべて理解不能な顔をする俺に気づいて説明付ける。

「……俺は、カルア一族王…シノ=カルアだ。」

きょとんとする俺にじいちゃんは、いい放った。

「……えぇ?嘘…だよね?」

そんなまさかねぇと笑う俺。

「あぁ、嘘ついでに教えてやる。お前は、正統な王族の息子だぞ?」

「…………ほうほう?セルビアのは、盛大にやるんだね。エイプリルフール?今11月なんだけど…」

ププッと吹き出して笑う俺。

それにつられて笑い出すじいちゃん。

「…………そうなるよな。けどな…。」

「……!!」

笑っていた顔が、すごい剣幕に変わり俺の肩は反射的にビクッと反応する。

「…真実だ。」

まだ理解できずにいる俺に諭すように言った。

「あ!……おじいちゃんッ!」

うつむく俺の耳に幼く、陽気な子供の声が聞こえる。

「あぁ、琴鶴(コトヅル)か……。」

「お帰りッ!」

走ってくるなりじいちゃんのマントの裾をギュッとつかんで喜ぶ男のコ。

呆然と見つめる俺に男のコが気づいてじいちゃんに聞く。

「ねぇじいちゃん。このお兄ちゃん、誰?」

男のコの問いかけにすっかり忘れていたとばかりに、ポンと手を打つ。

「千桐。このコは、琴鶴(コトヅル)。お前と同じように力は失ってはいるが、父はお前の父さんの弟にあたる立派なヴァンパイアだ。」

それから…と、今度は琴鶴に向き直って

「琴鶴、こいつが千桐。お前のいとこだよ」

「ちょっと待ってよ!こいつが…いとこ…!?」

「そうだが?」

「だって、会ったこともないよ!?」

「当たり前だろう?ヴァンパイアは存在を隠しているんだから…」

「そんなこと言われたってよ……」

ふと視線を感じて横を見る。

キラキラの目で俺を見上げる。

「お兄ちゃん、人間界(あっち)に行ったことがあるの…?」

「えぇ?そんなの当たり前だろ?だって…」

人間なんだから、といいかけてその言葉を飲み込む。

(…いや、今はただのヴァンパイアか…)

押さえていた感情。

というよりは、目を伏せていた現実に気がついて不意に色々な涙が込み上げてくる。

「すッッッッッごーい!!」

(…え?)

意外な言葉に声をあげると、琴鶴が俺の洋服の裾を引っ張る。

「ねぇねぇ!!人間界どんななの!?たくさん同じような人がいるってホント!?ご飯はなに食べるの!?」

ズイズイと迫ってくる琴鶴の瞳。

それはまるで、ビー玉のように光を反射して眩しく輝いているように見えた。

「えぇっとー…」

多すぎてどれからどういう風に答えたらいいのか困る。

そんな様子を見かねたかじいちゃんが割り込んできてこういった。

「琴鶴。今日お前ん家に千桐を泊まらせていいか?」

「 うん!!」

じいちゃんの申し出に迷いもなく答える琴鶴にじいちゃんは

好きなだけ人間界の話をしてもらうといいよ、と笑った。

「お前も聞きたいことがあるなら琴鶴に聞くといい」

「え あぁうん。わかった…」

「じゃあ明日、な」

「あぁ…」

マントをひるがえして、振り返ることもなく先程の男性と共に向こうへ歩き出す。

(…こいつと二人きり、かぁ…)

チラッと見て俺を見上げていた琴鶴とバッチリ目があった。

「……どうしたの?」

「あぁ、ううん。何でもない……」

慌ててははは、と笑いながら手を振る。

「……そう?」

聞き返す琴鶴にうん、と頷く。

しかしほんとのことをいえば、

俺はじいちゃんと離れて本当にイトコなのかもはっきりしない琴鶴と二人になるのが心底不安だった。

俺は、さっそうと向こうに歩くじいちゃんを見つめてそんな事を考えていた。

そんな、じいちゃんが急に立ち止まった。

(……どうしたんだろ…?)

不思議に思いながら、見ていると前方を向いて振り返らないままじいちゃんはこう言った。

「今日は……ちゃんとゆっくり休むんだぞ」

なんだかんだで心配してくれていたじいちゃんに俺は頭の上で大っきな丸を作って――…笑った。

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