第一章 血の目覚め
【続編続行のお知らせ】
本作品をお読みいただいている皆様、ありがとうございます!
以前作者の都合により一度削除させていただいた『Red.』ですが、プロローグ以降も続編を執筆する方向で考え直しました。どこまで続編を執筆できるのか分かりませんが、もしよろしければ今後ともよろしくお願いします(*^^)
では、本編をどうぞ!!
「あぁもう!!なんでこんなとこに落としちゃうかな~、俺」
辺りは真っ暗で、空のてっぺんには満月が昇りきっている。それもそのはず。
ケータイの時刻はもう、夜の11時を回っているのだから。
(父さんからもらった、お気に入りだったのになぁ……)
そう言ってケータイの明かりを頼りに、辺りを見渡す。
俺は、篠月 千桐。
春から高校生になる中学3年生だ。
今日は、地元の高校に推薦での合格の祝いとして同じく既に合格が決まった友達と朝から一緒に遊びづけだった。しかし、遊び疲れた友達を見送ってその後ふとケータイを見るとお気に入りの星砂が入った小瓶のキーホルダーが無くなっていることに気がついた。急いで今朝友達と遊びにきたこの森に来たってワケだけど……見つかりません。
(たぶんこの辺だった気がするんだけどな……)
小さい上に、こんな暗がりときちゃ見つかる気もしない。
「もう…っ、どこだよー!!」
「……どうしたの?」
(え…)
誰もいないと思っていた後ろから、急に声がして反射的にふりかえる。
そこには茶色の髪に青い瞳をした少年が立っていた。
背丈はちょうど俺と同じくらい。
(え…。外国人…?日本語喋ったけど…)
俺が相手をまじまじと見つめていると、またそいつが口を開いた。
「……何か…探してるの?」
その声にハッと我にかえる。
「えっ…あ、あぁ…。ちょっと、キーホルダーを…なくしちゃって…」
「ふぅーん…。ボクも探してあげようか?」
「え?ホント!?」
「うん。こんな時間に探すってことは大事なモノなんでしょ?」
そう言って愛想よく微笑んだ。
「あぁ。じゃあ悪いけど頼むよ。星砂が入った小さな小瓶のキーホルダーなんだけど…。」
「小瓶のキーホルダー、ね。分かった。じゃあ、ボクはあっちを探してくるよ」
そう言って早速反対へ向かう少年。
(うわぁ、超優しい!!見ず知らずの俺の為に…!)
俺は、さっそうと駆けていくその少年の背中を見つめながら感動に浸る。
「っと、俺も早く探さなきゃ… 」
そう自分に言い聞かせて、また辺りの探索を始めた。
彼の見えないところまで走って、少年は不適な笑みを溢す。
「何を考えてるんだ、粋黎」
木の影からもう一人の少年が問いかける。
「ふふん。分からない?睡蓮」
「分からないから、怖いんじゃないか!!」
クスクス笑う弟に小声で怒鳴る。
「まぁ…見ててよ」
そう言ってゴソッとポケットから星砂の入った小瓶のキーホルダーを取り出して、月にかざしてまた、微笑んだのだった。
(…ていうか、怖すぎだろ、この森。)
コウモリがたくさんぶら下がる大きな木を見て、そんなことを考える。
(絶対になんかいそうだわ……)
少しビビりながらも、見つからないキーホルダー探しを続ける。
その時、後ろでガサッという音がした。
反射的に肩が反応して跳ね上がる。決して幽霊ではないことを祈り、俺は思わず固く目をつぶってその場にしゃがみ込んだ。
「……君の言ってるキーホルダーってこれのコト?」
「え…」
そっと目を開くと、先程の少年がうずくまる俺を見下ろして不思議そうに首をかしげている。
そして、その手にはあの星砂の小瓶のキーホルダー。
「あ 見つけてくれたのか!!どこにあったんだ!?」
思わずガシッと掴みかける俺に何事かと圧倒されながらも、少年が答える。
「え…あっちの……木の上に……」
「そっかぁ…。でも何で木の上なんかに?」
「きっと、鳥かなんかが巣に持っていこうとしたんだよ」
「あぁ!!なるほど。」
少年の見事な推測にすぐに納得する俺。
「とりあえずありがとな。えっと…」
「粋黎」
「粋黎?名字は?」
「……??」
俺の質問にハテナマークを浮かべる粋黎。
(やっぱ外国人?いや、日本語話せるし…クォーター? )
俺がぶつぶつ呟いてると、粋黎がスッと近づいてきた。
「実はね……ボクも、探してるものがあるんだけど…」
少し言いにくそうに切り出す粋黎。
「え?粋黎も?」
黙ってコクンと頷く。
「そうだな…。俺も手伝ってもらったから一緒に探すよ?で、何をなくしたんだ?」
うつむきぎみにつぶやく。
「…だよ。……。」
ボソボソ繰り返す粋黎。
でも小さくてよく聞こえない。
「え 何?」
うつむく粋黎に耳を近づけてみる。
「血…。人の…血だよ」
はっきり聞こえた。背筋がスッと寒くなるのを感じて、寄せていた顔を粋黎からサッと離して、距離をとる。
「君…、人間でしょ…?」
粋黎が顔をあげる。
その顔は、さっきとはまるで違う。
探るような、楽しむような微笑み。
いや、同じと言えば同じかもしれないが、身にまとう雰囲気が違う。
「いいだろ?君の大事なモノ見つけてあげたんだから」
そう言ってクスクス笑う。
(なんか…変だ。こいつ……)
嫌な予感を感じて俺は 、粋黎にクルリと背中を向けると、一直線に走り出した。
「……はぁ…はぁ。なんだってんだよ、アレ!」
この藤城の森は、広い。
さっきから一直線に下っているのに、まだまだ民家の明かりすら見えない。
運動など滅多にしない俺にとってそろそろ体力も限界に近づいていた。
それでも追いつかれるワケには行かなくて、震える右手をギュッと握り直してなおも走り続けた。
その時、頭上が一瞬暗くなった。
(…え……)
もともと暗かったけれど、そういう意味じゃない。
何かがわずかにこぼれる月明かりを遮って、頭上を通り越したのだ。
「だーから、僕らから逃げられないって……」
そう言って、目の前の木の影から現れたのはさっきまで後ろから追いかけてきていた粋黎だった。
どうやって頭上を飛んだのか不思議にも思ったが、そんなことを分析している余裕はない。
またクルリときびすを返して、走り出そうとする。
「………どこへ行く?」
「………!!」
鋭い台詞と共にみぞおちに強いキックが入る。
激しい痛みに思わずお腹を押さえて倒れこみながらも、攻撃したやつを見上げる。
金の髪にブルーの瞳……。
髪の色こそ違ったが、そいつと粋黎は同じ顔をしていた。
「ヒュー♪ナイス、睡蓮」
のんきな粋黎に睡蓮とやらが突っかかる。
「…ったく……見てろって言うから見てたらすぐこれだ。だからお前の言葉は信用できないんだ!!大体なぁ!!」
つい熱くなる睡蓮を粋黎がまぁまぁ…と、なだめる。
「だってさ、ボクも人間のフリしてみたかったの!!ねぇ?」
そういいながらうずくまる千桐の髪をグイと掴みあげる。
「あんたたち……何者だよ…?」
震える声で、絞り出す。
「アレ? 見てわかんない?」
千桐の頭からパッと手を離して立ち上がる。
その笑った口の隙間から2本の牙がのぞく。
(…まさかな…そんな……)
自分で導きかけながらも、否定する。
沈黙が……流れる。
そんな中、ふと睡蓮が口を開いた。
「おい、粋黎。早く帰ろーぜ、俺…もう眠い……」
んー…と背伸びをして、あくびを溢す。
「はいはい。…じゃあイタダキマス…」
急に近寄ってくる、粋黎。
「………!?」
そこで不意にさっきの粋黎の言葉が蘇る。
『血……人の…血だよ…』
(ヤバイ……!!)
直感して、逃げようとするがもう遅かった。
手首は粋黎に押さえつけられている。
そのうえ、力だけでなく体重までかけられているので千桐の力ではびくともしない。
どうしようもできないまま、粋黎の冷たく固い、牙が間近に迫る。
ズキン……!!
首筋に強い痛みが走る。
ものすごい痛みだ。
(もぅ……ダメだなぁ……)
首筋をつたう血を感じながら、千桐はそう思った。
諦めてそっと瞳を閉じる。
ー…そこで意識は、途切れた。
「…ぎり、……ちぎり…」
(…ん…アレ…母さんの声がする…?…)
フッと目を開く。
「あ…ちぎり!!大丈夫?母さんのコト分かる!?」
母さんがガシッと手を握って泣きそうな顔をする。
「うん。知ってるよ」
母さんの当たり前の質問にプッと吹き出しかけて、ふと周りが家ではないことに気づく。
辺り一面が真っ白。
たくさんの人に、薬品のにおい。
(ここって……病院?)
「え…何で俺、病院にいん…の?」
「……ちぎり、あんた…覚えてないの?」
母さんが真面目な顔で聞いてくる。
「全ッ然!!」
俺は、もう疑問だらけだった。
「いい?よく聞くのよ、あんた3日間ずっと目を覚まさなかったのよ。」
「え……3日間も!?でもッ…何でッ!?」
(今だってこんなに元気だし、どこも怪我なんか……)
何の、確証もなかった。
けれど、なんとなく首筋に触れてみる。
少しザラザラとした布の感触。
そこには、白い包帯が固く結ばれていた。
(………え?何で俺、首なんか怪我したっけ?)
「……3日前、夜から出掛けたの覚えてる?」
「え?夜から……?」
母さんの話によると俺は3日前、大事な忘れ物をしたとかで夜から家を出て、長らく帰ってこないと思ったら病院から俺が運ばれたという知らせが入ったらしい。
(……大事な忘れ物?街外れの森に…?)
「篠月さん?どうかされましたか?……おや、目をさましましたか千桐君。具合はどうですか?」
廊下の向こうから、銀縁の眼鏡をかけた白衣のおじいさんがやって来て、起き上がっている俺を見て微笑みかける。
「あ 大丈夫…です」
(……まぁ 何があったか思い出せないんですけどね…)
内心そんなことを思いながらも、そう答える。
「そう、よかったね。それにしても驚いたよ、3日間も眠ったままなんだから、ねぇ篠月さん」
「ほんとよ、もうありがとうございます先生。」
「いえいえ、無事でよかったです。なにしろ無傷ですから……」
(え? 無傷…?この包帯は……?)
今度は、見ながら首筋の包帯に触れる。
確かに、巻かれている。
こんなにはっきり巻かれていて、見えていない……ハズがない。
「とりあえず、落ち着いたらもう家に帰っても大丈夫ですよ。安静にしてくださいね。」
医師の先生はそう言って病室を出て行った。
「……3日前、何があったんだ?」
退院した病院から帰る途中、俺たちはそのまま近くのスーパーに立ち寄った。
俺は、買い物に出掛けた母さんを車の中で待ちながらつぶやく。
(何にも…思い出せないや……)
なんとなくポッケからケータイを取り出して開く。
いつもと、何か違う。
そんな違和感を感じた。
(うーん…別に変化はないような……?……アレ?)
いつも、ケータイを取り出したときに揺れる星砂が入った小瓶のキーホルダーがない。
「え え? 俺、もしかして倒れたときになくしたのか?」
一人言がつい、大きくなる。
と、左のポッケに手を突っ込むと何かが触れる。
取り出してみると、そのキーホルダーだった。
俺は、安心してすぐになくさないようにケータイにつけ直す。
「よかったぁ…なくしてなくて…あんな森になくしてたらみつかりっこないって……」
そこまで言って、首をかしげる。
何故、あんな森に行ったのだろう?
ケータイを動かすとチャラと揺れるキーホルダー。と、その時。
――キーン…!!
普段滅多に耳鳴りなどしないのに、その時のは耳が割れそうな気がするほどに強かった。
『キーホルダーなくしちゃって…』
『そう…ボクも一緒に……げようか』
頭にそんな台詞が蘇る。
(誰かの声と………コレは俺の…声…?)
それだけ聞こえたかと思うと、次第に耳鳴りが引いていく。
(なんだ……今の…?)
気のせいだよな、と自分に言い聞かせるようにしてふと気になった首筋の包帯を見ようとして中央についているカーブミラーを寄せる。
そして、のぞきこんだミラーを見て俺は一瞬凍りつく。
映っているのが自分じゃないとか、幽霊だとかそんなのではない。
映っているのは確かに俺。……のハズ。
ただ、映っている自分の姿にあるはずのモノが映っていないのだ。
この首筋に巻かれた白い包帯が…。
(え…何で…)
慌てて自分の首筋を触れる。
ザラザラとしたさわり心地。間違いなく、どこにでもある白い包帯。
だけど、もう一度鏡をのぞきこんでもその中の自分に包帯など巻いてない。
(やっぱり…コレが何か関係してるのか…?)
見もしないで首筋に変化を感じていた。
母さんや医師の先生にも見えていなかった。
俺は、そっと包帯の結び目に手を掛けて引っ張………
「ごめーん。待った?」
急に運転席の扉が開いて、母さんが両手に大きな買い物袋を下げて乗り込んできた。
驚きのあまり思わず、包帯から手が離れる。
「な 何?この量…」
後部座席いっぱいの品々を見て唖然としながら言う。
「ほらだって。千桐の退院祝いもしようかなって…♪千桐の好きな苺も、洗われてるヤツだからそのまま食べられるのよ」
そう言って、俺に苺のパックを差し出す。
確かにすぐ食べられるように水色の小さな串までついている。
「へぇー…ま いいけどね」
そう言いながらも一番に苺をほおりこむ。
(あー…びっくりしたぁ…あのタイミングで戻ってくるなんて…ね。)
そう考えながらも大好きな苺をまた口に入れる。
(包帯のことは、帰ってからにしよ……)
俺は、苺に小さな串をさす。
苺から、真っ赤な果汁が流れ出す……。
「ただいまー…」
リビングに入りながら、母さんが一人言のように言う。
「あぁ、おかえ…り……」
テレビから目をはなし、ゆっくりと振り返りながらそう言って一瞬固まる。
(なにしてんだ……??父さん……)
母さんの後ろからまだ苺を頬張ったまま、父さんに首をかしげる。
すると、いきなり俺のところへ走ってくるなり
「……よかったぁ、千桐……ッ!!お前、大丈夫なのか……ッ!?」
とガシッと肩を掴みかかってきて半分涙目になっている。
「はいはい…。大丈夫大丈夫…。だからもう離してよ…。」
口をモキュモキュと音を立てたまんま、ゆっくりその手を外していく。
変な人に見えるけど、一応この人が俺の父さん。
嫌いではないけど、よく呆れる人だ。
なんてったって父さんほど『優しい』『涙もろい』『お人好し』の3拍子が揃った人はいない。
俺には、よくわからないが女の人にとってそういう人はモテるらしい、けれど男からすれば『騙しやすい』ってモンで、もう何回もセールスに引っ掛かっているのを見てきた。
呆れた視線を向けながら、押し返す俺に父さんは、
目にいっぱいの涙を浮かべながら、ゆっくり手を引いた。
「はぁー……」
部屋に戻って、
大きく息をはきながらポスンとベットにたおれこむ。
ゴロゴロしながら、考える。
(……3日前…夜……不思議な耳なりと声……それから……)
目線は天井に向けたまま、白い包帯に触れる…。
一度その結び目をキュッと握りしめて、体を起こして鏡の前に立つ。
やっぱり鏡の中の自分に包帯など巻いていない。
車のミラーが曇っていた、というのも考えていたけどそうではないことが今証明された。
(………今度こそ…)
ゆっくり結び目に手を掛けて引っ張る。
ごく自然にほどけていく白い包帯。
久しぶりに顔を出す自分の少し焼けた肌色。
(……あ……れ……)
包帯で巻かれていたわりには、特に目立った外傷もない。
けど、ほどいた包帯には血が染み込んでいる。
俺が不思議に思って前から、右、後ろと回って鏡で傷を探す。
そして、………左。
「…に……コレ……!!」
驚きで、言葉にならない。
あった。二つの大きな穴のような傷……。
野犬……にしては、位置が高すぎる。
第一、わざわざこんな咬みにくいところを咬んだりしないはず。
そんなとき、リビングから
「千桐~?夕飯できたよ~?」と、母さんののんきな声がした。
「あ、ああ。うん!!」
そう答えて急いで包帯を手にとってふと手を止める。
(…アレ……そういえば母さんたちに…この傷は見えているのかな?…)
俺は、ポケットに包帯を突っ込むといい匂いの漂うリビングへと急いだ。