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老人と娘

作者: 瓢箪独楽

もともと短編集の中にあった作品です。

友人知人の間で人気が高かったので、

ひとつの作品として再度投稿いたします。

 むかーしむかしのお話です。



 老人は床に伏せていた。かれこれ半年になるだろうか。


 長年連れ添った妻は、一足先に死出の旅に出た。老人が身体を壊

したのは、そのすぐ後だった。


 息子夫婦や孫も授かっていたが、この時代に電話は無い。文を送

って心配させるのも嫌だ。


 その結果、一人で横になっているしかなかった。


 床に伏せて三ヶ月が経とうとした頃、ついに起き上がる事すら出

来なくなった。元気だった頃程の食欲は無い。とはいえ、腹は減る

ものである。立ち上がり食事を作ろうとはしてみるも、力が入らな

い。


嗚呼、これはそろそろ覚悟をしないとなぁ。


等と考えていると、ふと妻の今際の際の言葉が頭に浮かんだ。



 私は先に逝っちまいます 寂しい想いをさせますねぇ

 でもね それでも私は 

 あなたに出来るだけ長生きしてもらいたいと思っちまいます



 老人は涙を流していた。

頭がどう考えていても、心がどう想っていても、自分の身体が言う

事を聞かない。


 悔しい


 老人は泣いていた。と、その時


 コンコン


ふいに戸が叩かれた。

「誰だい?開いているよ」

老人は精一杯声をはりあげて言った。

「それでは失礼します」

と年端もゆかぬ少女が入ってきた。


 その姿に見覚えの無い老人が

「はぁ、どちらのお嬢さんかねぇ?」

と問いかけると、

「近所に住む『たまこ』というものです。おじいさんが身体を壊し

 たと聞いて、看病しに参りました」

と言うのである。

 なんとまぁ優しい子が居るもんじゃなぁと思いながらも、

「そりゃぁ親切にどうもぉ。じゃがおうちの人が心配するといかん

 から、じじぃの事は気にせんと、おうちに帰りなさいな」

と、娘を返そうとした。

 すると娘は、

「そりゃ心配せんでも大丈夫。おっとぉもおっかぁもおらんのです。

 だからおじいさんのお世話させてください」

お互いに一人という共通点を知り、老人は急に不憫な気持ちになっ

た。

「そうかそうか、わしは三日もせんうちにポックリと逝っちまうだ

 ろうが、せめてそれまでは、お嬢さんの気の済むようにしておく

 れ」


 それから三日間、たまこは一生懸命に世話をしてくれた。

自分の身体は相変わらず言う事を聞かないが、老人の気持ちはずっ

と前向きになってきていた。

 たまこのおかげで自分はもう少し生きられるんじゃないか。など

という期待も持てるようになっていた。




 ――三日目の晩


「神棚の下に、小さな包みがあるから取ってくれないか」

老人が弱々しい声でたまこに頼む。

「はい」

たまこは言われたとおり老人に包みを渡した。

すると老人はヨロヨロの身体で手を動かし、


「そこには小判がはいっておる。たまこや。お前は本当に一生懸命

 わしの世話をしてくれた。本当に優しい娘じゃ。せめてもの礼に、

 それを受け取ってくれないか?」


 それはおじいさんの本心だった。

しかしそれを聞いたたまこは

「私には無用の物です」

と首を横に振る。

 身寄りの無いたまこにとって、小判は生活していくために必要な

ものであるはずだ。

 老人には、たまこがどうして拒否したのか全くわからない。

何故かと聞いても、その理由は一向に教えてくれない。

 だからといって、老人も引き下がるわけにはいかなかった。

自分が死んだ後を考えるとたまこが不憫で仕方ない。

どうしても小判を渡したいので、何故かと問い続けていた。

 するとたまりかねたたまこは、

「わかりました」

と理由を口にし始めた。



「おじいさん。私の本当の名前はたまと申します。今から六十年程

 前に、野犬に襲われていた所を、おじいさんに助けられた一匹の

 猫です」


「なんとまぁ…… わしも覚えてない様な事なのに、わざわざ恩返

 しにきてくれたのかい?」


「はい。あれから長い年月が過ぎました。本来なら私の寿命もとう

 に燃え尽きていたでしょう。ですがこの通り……」


 いつの間に現れたのか、たまこの後ろからにゅっと二又の尾が顔を

出していた。

「あらま、お前さん妖怪になったのかいっ」

「はい。いつか恩返しをしたいと頑張って生きているうちに、どう

 やら妖怪になってしまいました」

たまこは恥ずかしそうに笑っている。

「この通り、私は猫であり妖怪です。そんな私に小判は必要ありま

 せん。私に望みがあるとするならば、それはおじいさんがもっと

 長生きしてくださる事です」


 老人は目から大粒の涙をながし、

「ありがとう…… ありがとう……」

と、たまこの手をずっと握っていた。




 それからもたまこは、一生懸命に老人の看病をしました。

その甲斐あって、老人はそれから三ヶ月の間、穏やかな暮らしをし

たそうです。




『猫に小判』

そのことわざに隠れる優しい優しいお話でした。

この作品は、あくまで作者の願いや妄想といった類の作品です。

事実とは一切関係ございません。

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