02 少年の日常
《染桜高等学校・午後12時50分》
午前中の授業を終え、校内は昼休みを過ごす学生の賑やかな声が響いている
その喧騒から逃げるように一人の少年の姿が屋上にあった
フェンスに寄り掛かって座り、足の前には購買で買ったパンと牛乳が置いてある
だが彼はそれを食べようとはしない
「あのさぁワリィけど、そうゆう話はそっちの連中としてくれないか?」
少年は迷惑そうに言う
「なんだよ!せっかく話せる奴見つけたのに!卑怯者ぉ!裏切り者ぉ!」
「うるせぇ!そっちのアイドルの話なんかしるかよ!それよりさっさと逝け!」
少年は虫でも追い払うように手を振り回した
彼の名は永澤一騎。15才の高校1年生だ
その一騎の後を追って二人の少年がやってきた
「かーずっきー!」
一騎が声の方へ目を向けると、凄い勢いで鉄製の扉が開き同じクラスの二階堂恭介が飛び出してきた
手には昼食を持っている
「一緒に昼飯食おうぜぇー!」
だが次の瞬間、走っていた恭介の足がもつれ
「おぶっ!」
と変な声を出して、コンクリートを顔面から滑った
「顔が!顔がぁぁぁ!」
「なにしてるの」
恭介の後を付いてきた北川啓吾が、顔を押さえてもがく恭介を冷ややかに見下ろす
啓吾は恭介をスルーして一騎の近くに腰を下ろした
「待ってくださいよ!お二人さん!」
自分を置いて昼食を始めようとする二人に一抹の寂しさを感じたのか、恭介は起き上がり駆け寄ってきた
「そういえば永澤君、さっき誰かと話してなかった?」
パックのジュースにストローを差しながら啓吾が言った
「え?あ、いや。一人だったけど」
「じゃあ気のせいかな」
啓吾は首をかしげる
一騎には人知れぬ悩みがあった
それはユウレイが見えてしまうこと
見えるだけではない。《見える》《話せる》《触れる》の3重苦なのだ
「おい恭介。なんかおもしろい話ないのか?」
(き、急に無茶をおっしゃる!)
心の叫びがそのまま表情に出てしまう
「そ、そういえばこの前コンビニに行ったとき、店員の女が森三中の大島にそっくりで……」
それでもなんとか話そうとする恭介の横で、一騎は話題が変わったことにホッとしていた
放課後、帰り支度をする一騎に恭介が
「帰りゲーセン寄ろうぜ!」
と一騎の肩に手を置きながら言った
「わりぃ、おれパス」
「えぁ!?じゃあ啓吾は!?」
ものすごい剣幕で啓吾に詰め寄る
「僕もちょっと今日は……」
「……そうかい、そうかい!お前らそろっておれを独り者にしようってコンタンだな!」
恭介は2本の指で一騎達を指差した
「お前らなんか二度と誘ってやるもんかぁぁ!」
あらぬことを叫びながら走り去った恭介を二人は無言で見送った
啓吾と校門前で別れ、一騎は帰路についた
その途中、公園のそばの道を歩いていると電柱のそばに、倒れて割れた空瓶と花束があった
一騎はその花束を手に取った
「あの……お兄ちゃん?」
声の方へ振り向くと、そこには小学生くらいの少女がいた
「私のこと分かるの?」
「あぁ」
少女は笑顔になる
「そうか。この前ここであった事故で……」
「お花、みんなが持ってきてくれたんだけど、自転車の人がぶつかって倒れちゃったの」
少女の悲しそうな顔を見た一騎は、空瓶を立て置き、その横に花束を置いた
「よし、じゃあ新しいの持ってきてやるよ」
「本当に!?」
少女の顔に笑顔が戻った
花を持ってくる約束を交わし、一騎は帰宅した
翌日、午前2時03分
少女はしゃがみ込んで瓶に入った花束を嬉しそうに眺めている
その視界の中に誰かの足だけが入った。鼻緒が見えた
「誰?」
少女が顔を上げるとそこには、黒い装束に白い長衣を羽織った若い少女が立っていた
「おぬしが一騎の言っていた子供か」
「……お姉ちゃん、もしかして……」
少女は彼女の穏やかな目を見ると、何かを理解したようだった
当然、理解できたのは少女が霊だからだ
「もう未練はないか?」
「……うん」
少女も穏やかな笑顔で答える
それを聞いた長衣の少女は腰の刀に手を掛け、一息に鞘から抜いた
「大丈夫、苦痛は欠片もない」
少女は目を閉じる。刀が少女を貫いた
「安心して暮らすがよい」
少女の体が光に包まれ空へと昇っていく
それ以来一騎は少女の霊を見ることはなかった