劉生の気持ち1
瑠夏の母親の啓子によって、劉生は自分の気持ちに
気づきます。この話は長くなりそうだったので、2つに分けました。
「本橋さんっ、大丈夫?」
劉生は、真っ青な瑠夏を抱きとめ、さっと横抱きにすると、吐き出し口へと急いだ。
「・・・・・・・」
青白い頬のまま返事をしない瑠夏に不安が募る。
「本橋さんっ、本橋さんっ、もっ」
不吉な事が頭をよぎりそうになり、それを否定するために何度も瑠夏の名前を呼ぶと、瑠夏がうっすら目を開けた。
「る・・か・・だって、ば・・。る、かって・・よん・・・」
「わ、わかったから、瑠夏っ。苦しいならもうしゃべるな。すぐに診てもらえるようにするから。」
苦しそうに話す瑠夏に、劉生が瑠夏を見下ろしながらそう言うのを聞いて、瑠夏はにこっと笑うと目を閉じた。
劉生は、吐き出し口から病院の中に入ると、急いで看護師を探した。しかし、吐き出し口の近くには看護師が見つからず、そのままエレベーターホールへと向かう。
瑠夏は、5階西病棟の内科に入院しているって言っていたよな。このままそこに向かった方がいいのかもしれない。
「くそっ、エレベーターはまだかよっ。」
劉生は、エレベーターホールで“上”のボタンを押すと、扉が開くのをじりじりと待った。一緒にエレベーターを待っている人たちが、ぐったりとした瑠夏を抱きかかえる大男が声を荒げるのを聞いて、怪訝そうな視線を劉生に向けた。
ようやくエレベーターが到着して扉が開いた。劉生は、降りる人のために一旦そばへ寄った。エレベーターの中から40歳くらいの女の人が飛び出すように出てきた。その人は、横にいる劉生と、劉生に抱かれている瑠夏に視線を向けると目を見開いた。
「瑠夏っ、どうしたのっ?」
劉生は、女の人の声にはっとしたが、瑠夏を病棟に連れて行くことを優先したため、そのままエレベーターに乗り込んだ。すぐに女の人も乗り込んできた。
「瑠夏っ、瑠夏っ。」
狭いエレベーターの中で女の人の声が響いた。自分を心配する女の人の声に瑠夏はぴくっと体を震わせたが、それ以上の反応をする事はできなかった。
エレベーターに乗っている時間は数分だったが、劉生には何十分を経ったように思えた。乗った直後に瑠夏の体の重みが増したことで、劉生は瑠夏が意識を失ってしまったことがわかっていた。
早く医者に!
それしか劉生の頭にはなかった。エレベーターがゆっくり上昇している間、劉生は、女の人に声をかけた。
「すみません、5階についたら、先に病棟に行って瑠夏の様子を医局に知らせてくれませんか。早く治療の準備をしてもらった方がいいですよね?俺もすぐに行きますから。」
女の人が劉生に頷いた。
「わかったわ。私は先に行っています。・・・・・瑠夏を頼みます。」
今度は、劉生が女の人に向かって頷いた。
ようやく5階についた。扉が開くと同時に女の人が飛び出して、すぐに西病棟の方へ向かった。劉生もその後を追った。
劉生が病棟のドアをくぐると、すでに看護師たちが待ち構えていた。ナースステーション横の個室に瑠夏を運ぶよう指示を受けて、劉生は瑠夏を抱きかかえて個室へと急いだ。
個室のベッドに瑠夏を下ろすと、看護師たちが劉生に外に出るよう促すと、病室のカーテンを閉めた。
「はやくっ、ラインを確保して。バイタルチェックしてっ。」
ひとりの看護師の指示に従って看護師たちが手際よく動いている様子が、劉生の耳に届いた。
「瑠夏・・・・・」
劉生はしばらくの間、ドアの前に張り付いていた。10分くらいしてさっきの女の人が個室から出てきた。女の人は、劉生を見てびっくりした顔をしたが、ドアの前から動こうとしない劉生に声をかけてきた。
「あの・・・、あなたは、瑠夏のお友達?」
女の人の呼びかけに劉生は驚いた。
「は、はい・・・たぶん・・・。」
「たぶん?」
劉生のことばに女の人は首を傾げた。
「いや、あの、瑠夏と・・・いや、瑠夏・・さんと出会ったのは、さっきなんで・・・」
劉生は、顔を真っ赤にして、瑠夏と出合った時のことを話した。
「そう、そうだったの・・・」
女の人は、少しさみしげな笑みを浮かべて劉生を見た。そして閉ざされた個室のドアを見つめて小さくため息をついた。
「あの・・・・?」
「あ、ごめんなさい。話はわかったわ。瑠夏をここまで連れてきてくれてありがとう。私は、あの子の母親です。」
「お、俺は、石田劉生といいます。」
劉生は、両手を体の脇につけて最敬礼をするように頭を下げた。その様子に啓子の顔が和らいだ。劉生は、啓子の和らいだ表情を見て、ほっと笑った。
自分がトラブルもなく事を終えたのは、高校に入ってから初めてだ。いつもなら吐き出し口から病院に入ったところで警備員に呼び止められたり、エレベーターホールで瑠夏のお母さんと会った時に、うちの娘に何をするのっ って叫ばれたりするんだよな。だけど、今回は、普通だった。こんなこと、今までなかったのに。
劉生は、もう一度個室の方を見た。
瑠夏は、大丈夫なんだろうか・・・・・
劉生の心配を察したのか、啓子が劉生に声をかけた。
「瑠夏は、きっと大丈夫よ。今までもどんな大変な時だってちゃんと乗り越えてきたから。心配しないで。」
「治療って、どれくらいかかるものなんですか?俺が、ここで待っていてもいいくらいの時間で終わりますか?」
劉生の問いに啓子は答えに詰まった。まだ完全に劉生に心を許したわけではない。
この子の話が事実だとすると、瑠夏とは今日が初対面だ。それなのに、この子は、瑠夏の名前を呼び捨てにしていた。会って間もない子に対してそれは馴れ馴れしすぎるのでは?でも、この子の態度はきちんとしていて、礼儀正しい。瑠夏を心配してくれているのも、ほんとうのようだ。さて、どう判断したらいいのかしら・・・
啓子は、決心したように口を開いた。
「瑠夏の治療は、1時間くらいかかるかもしれないわ。石田君、だったわよね?それまで待てる?」
「待てます。」
劉生は即答した。
「そう、それなら、治療が終わるのを待つ間、私と話をしていましょう。」
「えっ?」
啓子の提案に劉生は驚いた。
「石田君の事も石田君が瑠夏の事をどう思っているのかもゆっくり聞いてみたの。いい?」
啓子のことばに劉生は戸惑った。だが、まっすぐ自分を見る啓子に素直に頷いた。
「はい、わかりました。」
「ありがとう。じゃあ、パントリーに行きましょうか。でも、その前に瑠夏の様子を聞いてくるわね。ちょっと待っていてくれる?」
啓子は、いったん個室に戻り、少ししてから出てきた。
「すみません。パントリーにいますから、何かあったら声をかけてください。」
中の看護師にそう声をかけると、啓子はパントリーを目指し、劉生についてくるように促した。