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五つ葉のクローバー  作者: 真桜
第2章 つながる心
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もう離さない

 まだ終わんないのかよ。


 劉生はじれていた。


 自分の課題は終わっているんだ。もういい加減、解放されたいのに、補習終了まであと30分もあった。


 ほんとは、いつものように勝手に席を立ちたかったが、おとといまで無断欠席をしていた手前、そうもいかなかった。


 ほとぼりが冷めるまでは、大人しくしていよう。


 劉生は大きく息を吐くと、明日やる予定の課題を解き始めた。


 まったく、こうしている時間を罰掃除の時間にあてたいよ。


 そしたら早く帰れるのに。


 今朝、親父が学校に来て、いつものように理事長や校長となにやら話し合ったようで、俺の無断欠席については、反省文と1ヶ月間の教職棟の掃除でかたがついた。


 いつものことだ。


 くそ親父が裏から手をまわしてくれてるおかげで、この学校では、成績さえよければ大抵のことには目をつむってもらえた。


 劉生はそれについて、どうでもいいと思っていた。


教師から非難されることも、親の権力を使ってと冷たい視線を浴びることも、全然気にしなかった。


瑠夏と出会う前までは。


 今は、退学になっても構わないと投げやりになっていた頃の自分を恥じている。


 そう思えるようになったのは、瑠夏のおかげだ。


 はあっ


 知らず知らずのうちに、また、ため息が出た。


 このままでは、補習が終わってすぐに掃除を始めても、学校を出れるのは7時くらいになる。


 それから大急ぎで行っても、病院につくのは8時前。面会ぎりぎりだ。でも、今日こそは、瑠夏に会いたい。


 瑠夏・・・


 劉生は課題を解く手を止め、ポケットの中に手を伸ばした。


 そっと、四つ葉のクローバーの押し花に手を触れる。


 これを瑠夏にあげる。


 その時のことを考えただけで胸の鼓動が速くなる。


 あと20分


 今は、課題に集中しよう。そのほうが早く時間が過ぎる。


 劉生はふたたび問題を解き始めた。


 終了のチャイムが鳴った。

 

「時間だ。課題を解いたやつはもう帰っていいぞ。まだのやつは、チェックをもらうまでがんばれ。」


 待ち望んだ終了を告げる声。


 劉生は、急いで机の上を片づけ始めた。


「石田君。」


 今までなかったことなので、劉生はその声が自分を呼んでいるとは思わなかった。


 さっさと片付けを終えて、いすから立ち上がった。


「石田君。」


 さっきよりはっきりと聞こえた。


 俺?


 劉生は、声のする方を向いた。


 斜め後ろに座っている女の子と目があった。


 その子は、劉生が自分のほうを向いたのでホッとしたようだった。


「石田君。」


 また呼ばれた。今度は見ている前で呼ばれたので、その子が自分を呼んでいるのだとはっきりわかった。


 俺に、何の用?


 劉生は、思い当たることもないので訝しげにその子を見た。


「ごめん、石田君。助けて。」


「は?」


「この問題、わからないの。石田君、解けたんでしょ。お願い、教えて。私、どんなに考えても解けなくて。」


 なんで俺が・・・


 劉生はいらっとしたが、必死に頼むその子を見て、いやだとはいえなかった。


「どこ?」


 劉生が聞くと、その子は問題を指さした。


「これ、どうしてもわかんない。」


 その問題は、劉生も少してこずった問題だった。


「ああ、それは、微分方程式の・・・・置換積分法の公式をつかって・・・・・・」


 とにかく焦っていた。


 どうしてこの子が今日に限って俺に声をかけてきたのかわからないけど、早く問題を解いて教室から出たかった。


「・・・・と、こうなるんだけど。」


「ごめん・・・ここまではわかったけど、ここからもう一度説明してくれる?」


 劉生は小さくため息をつくと、その子が指した所から、もう一度、説明を繰り返した。


 結局、その子の課題が終わった時には終了時間から25分も過ぎていて、まわりには、ほとんど誰もいなくなっていた。


 劉生は、心の中で舌打ちをすると、早々に教室を出た。


「待って、石田君。途中まで一緒に・・・」


 さっきの子が呼びかけたようだったが、劉生の耳には届かない。


 少しでも早く病院に行きたかった。


 今日は、掃除を勘弁してもらおう。明日の朝、早くに来て掃除すると先生に言って、それから病院に急ごう。


 そう決めると、劉生は、生徒玄関を出て教職棟に向かおうとした。


「石田君」


 玄関のドアを開けた時、後ろから腕を掴まれた。


 苛立つ気持ちを抑えて劉生が後ろを振り向こうとした時、目の端で紺色の影が揺れた。


 その影を目にとめたのと同時に、劉生は、掴む手を振り払って駆けだしていた。


「瑠夏っ」


 倒れそうになる体を抱きとめて劉生は安堵の息を吐いた。


 腕の中にいるのは、やっぱり瑠夏だった。


 瑠夏に触れている。


 これは夢じゃないよな。


 夢でないことを確かめるように、劉生は瑠夏を抱く手に力を込めた。


 瑠夏が顔をあげて自分を見た。


「瑠夏っ」


 瑠夏の顔は真っ青だった。今にも気を失いそうに青白い瑠夏の顔を見て、劉生は慌てた。


「劉生・・・」


 こんな状況なのに、自分の声を呼ぶ瑠夏の声に鼓動が速くなる。


「瑠夏、どうしてここに?てか、冷たいよ、瑠夏の顔。いつからいるんだよ?」


乱暴に手袋を取り、そっと、瑠夏の顔に触れた。


「こんなに冷えて・・・具合悪くしたらどうするんだ。」


 冷えた瑠夏の顔や体を早く暖めたくて、自分のマフラーとコートを瑠夏に着せた。


「だめ、それじゃ、劉生が寒い。」


 俺の気持ちを無視して瑠夏はコートを脱ごうとする。


「俺は、だいじょうぶだから。それより瑠夏のほうが心配なんだ。いったい、いつからここにいるんだ。」


 とにかく早く、瑠夏を暖かいところに連れて行かないと。


 劉生が、どうしようかと考えている間に瑠夏は、脱いだコートを劉生にはおらせると、その胸に潜り込むように抱きついてきた。


「るっ・・・」


 思いがけない瑠夏の行動に、劉生はことばを詰まらせた。


「やっと、会えた。劉生、会いたかった。」


 どくんっ


 一気に鼓動がマックスまで跳ね上がった。


 このまま、こうして瑠夏と抱き合っていたいという甘い誘惑を断ち切るのは至難の技だった。


 だが、やはり瑠夏の顔色の悪さには勝てなかった。


「瑠夏、とにかく暖かいところへ行こう。ここでは、瑠夏の具合がますます悪くなる。」


 引き離したくない自分の気持ちを叱りつけ、劉生は瑠夏から体を離すと、教職棟のほうに向かった。


 補習が終わったばかりで、まだ先生が大勢残っているから、教職棟はまだ暖房がついているだろう。


 瑠夏の手を引くと、素直に自分について来た。


 さっき聞いた瑠夏のことばが頭の中でリフレインする。


 うれしくなって、思わず顔が緩むのを止められなかった。


「石田君、今日は、ありがとう。」


 唐突にそう言われて、劉生は歩みを止めた。瑠夏も一緒に止まる。


 ふり向くと、さっきの子が立っていた。


 まだ帰っていなかったのか。


「いや、べつに。」


「また、わからない時は教えてね。」


 そう微笑むと、その子は正門のほうに去った。


 瑠夏は、去っていく子が自分に挑むような目を向けたのを見逃さなかった。


 あの子、もしかして劉生のことが・・・


 ちりっと胸が痛くなった。


 思わず顔を歪めた瑠夏に、劉生は心配そうな目を向けた。


「瑠夏、つらいのか?」


「ううん、平気。」


 瑠夏は、自分が嫉妬しているのを劉生に知られたくなくて、無理やり笑った。


「うそつけ、そんな青い顔してるのに。」


 劉生は、急いで教職棟の中へ入った。


 職員玄関で、養護教諭の赤西とばったり会った。


 ちょうどよかった。保健室を貸してもらおう。


「赤西先生、友だちが具合悪いみたいなんです。みてもらえませんか?」


「え~っ、もう帰るとこだったのに。しょうがないなあ。」


 赤西は、そう言いながらも、ふたりを保健室に連れていき、瑠夏の様子をみてくれた。


「ああ、確かに顔色が悪いね。ちょっと横になったほうがいい。石田君、その子をベッドに寝かせて。あんたも一緒に寝るんじゃないよ。」


 軽口をたたく赤西に劉生は耳たぶまで真っ赤になった。


「そんなこと、しませんよっ。」


「まあ、そうだろうねえ。石田君は、どうみてもそっち方面に慣れてなさそうだもの。」


「・・・・・・・」


 顔を赤くして俯く劉生に、瑠夏は思わず吹いた。


「おっ、笑って少し顔色が戻ったかな。」


 赤西は、ベッドサイドのいすに腰掛けると、瑠夏に体温計を渡して脈を測りはじめた。


「脈は少し早いね。でも、熱はなさそうだ。これなら少し安静にしていればよくなりそうだね。」


「よかった。」


 劉生が赤西の後ろで安堵した。


「さて、これからどうするかなんだけど、私はちょっと急用があって出なければいけない。で、今から、その子の迎えを呼んでもらうんだけど、迎えが来るまで私は待てそうもない。だから、石田君。」


 赤西は、劉生をぎろっと見た。


「はい。」


「その子の迎えが来るまで、一緒に待っていて、そして、保健室のカギをかけて、そのカギを明日の朝7時半までにまたここに持ってくること。」


「俺が、ですか?」


「そう、君が。」


 赤西は、カギを劉生の手に押し込めると、デスクの上の電話に手を伸ばした。


「さて、迎えに来れそうな人の連絡先を教えてくれるかな?」


「あの、私の母が、学校の校門近くにいます。電話をして来てもらうより、そこまで行ったほうがいいかと。」


「なんだ、近くにいるんだ。それじゃ、車でこの保健室の横まで来てもらおう。歩いてそこまでいくなんて無理は、しないほうがいい。」


 そう言うと、赤西は啓子に電話をかけ、事情を説明した。


「すぐに来てくれるそうだから、待っていなさい。」


 瑠夏の肩に手を置き、そう話すと、赤西は急ぎ足で保健室を出ていった。


 ぱたん


 ドアの閉まる音がすると、とたんに動悸が激しくなった。


 瑠夏とふたりきりなんて、久しぶりだ。


「劉生、傍にいて。」


 瑠夏の小さな声に鼓動はますます跳ね上がる。


 劉生は、言われるままベッドサイドのいすに腰を下ろした。


 瑠夏がゆっくり起き上がる。


「瑠夏、本橋さんが来るまで寝てたほうがいい。」


 起き上がる瑠夏の肩を掴んでベッドに戻そうとした。


 瑠夏は、寝るのを拒み、肩に置かれた自分の手を握り返した。だが、力が入らないのかその手はするりととけて、瑠夏はベッドに仰向けに倒れ込んだ。


 慌てて倒れ込む瑠夏を支えようと手を伸ばした。


 どくんっ


 鼓動が跳ねて息苦しさを感じた。


 目の前に瑠夏の顔がある。


 図らずも、瑠夏にそばに両手をついて、覆いかぶさるような形になってしまった。


 ベッドの上からどこうと思うのに、体がいうことを聞かない。


 瑠夏の吐息が顔にかかる。


 じっと劉生の顔を見ていた瑠夏が、そっと手を伸ばして頬に触れる。


「こうして劉生に触れられるなんて、うそみたい・・・・」


 潤んだ瑠夏の瞳に、完全に心を奪われていた。


 気がつくと、瑠夏の唇に自分の唇を押しつけていた。


「ん・・・」


 瑠夏のくぐもった声に、はっと我に返った。


 俺ってば、なんてことを!


 慌てて瑠夏から体を離そうとした。今度は、ちゃんと体が動く。


 だけど、離そうとした劉生の動きより早く瑠夏の両腕が首に巻き付く。瑠夏は、そのまま抱きついて来た。


「劉生、好き・・・・・」


 え?


 今、なんて?


 小さく耳元でささやかれた声が信じられなくて、首に巻き付いた手をといて、瑠夏を見た。


 瑠夏の唇は震えて、瞳には涙が溢れていた。


「瑠夏・・・・・」


 それ以上、ことばを継げない劉生に、瑠夏はもう一度、呟いた。


「劉生、好きだよ。ずっと、傍にいて。」


 劉生は瑠夏を抱きしめた。


 もう、離さない。


 ぜったい、離したくない。


「ずっと、瑠夏の傍にいる。瑠夏、愛してる。」


 クリスマスイブの日、ふたりの心は繋がった。


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