やっと会えた2
ようやくです。ようやく再会が叶いました。
悠を学校に送った後、瑠夏は啓子と一緒に家に戻った。
久しぶりに戻った自分の部屋は、入院前とはなにも変わっていなかった。
瑠夏は、ほっとした気持ちでベッドに横になった。
枕元に積んであるクッションをひとつつかむと胸の前で抱いた。
もうすぐ、劉生に会える。
クッションをきゅっとだきしめて胸の鼓動を鎮めようとした。
だが、鼓動は意に反して高まっていく。
瑠夏は、携帯に手を伸ばすと、写真フォルダを開けた。
前に劉生とふたりで撮った写真。
この写真を悠に見せると、悠は目を丸くしてたっけ。
「石田君、こんな柔らかな表情するんだね。」
悠のことばを思いだす。
私と一緒の劉生は、いつもこんな顔だもん。
悠や劉生のお父さんがいう劉生のほうが瑠夏には馴染みがなかった。
今日、劉生の学校に行ったら、そんな顔の劉生、見られるのかな。
どんな顔をしてたって、劉生は劉生。
私の好きな劉生に変わりはない。
むしろ、今まで見たことのない劉生に会えるのが、瑠夏は楽しみだった。
劉生のいろんな顔を見たい。
劉生のこと、ぜんぶ知りたい。
瑠夏は、そっと携帯の劉生の写真に口づけた。
もうすぐ、会える。
携帯を閉じて、ふたたびクッションに顔をうずめると、逸る心を抑えるように束の間目を閉じた。
「瑠夏、そろそろ行くわよ。」
ドアをノックして啓子が顔を覗かせた。
「もう、支度はできてるよ。」
「しっかり着こんだ?暗くなってそとはだいぶ寒いわよ。」
「大丈夫。それより、重ね着しすぎて着ぶくれになってない?そっちの方が心配。」
瑠夏がくるんと一回りすると、啓子は、だいじょうぶ と、笑った。
「ねえ、瑠夏。やっぱりウィッグもかぶったほうがいいんじゃ、ない?防寒にもなるし。」
「それは、いや。ウィッグをかぶると雰囲気変わるでしょ。いつもの私じゃないのを劉生に見せたくない。防寒なら、ニット帽の上からフードをかぶるし、マスクもするから。」
言い出したらきかないのはわかっていた。
啓子は小さくため息をつくと、諦めた。
「じゃあ、行きましょうか。」
瑠夏は、堅い表情で頷くと、啓子と一緒に階段を下りた。
門の前に停まっていた車は、エンジンがかかったままで、すでに中は暖かかった。
助手席に乗り込み、シートベルトをした。
うまくシートベルトを装着できないのは、厚手の手袋のせいばかりではない。
瑠夏は、いよいよ早まる鼓動に大きく深呼吸をして、自分を落ち着かせた。
啓子が運転席に乗り込み、車が走り出した。
5時30分
ふたりを乗せた車は、劉生の学校の近くに停まった。
そこで30分待った。
学校の正門から、補習を終えた生徒がちらほらと出てきた。
瑠夏は、シートベルトをはずすした。
「瑠夏、石田君の姿が見えてからでいいんじゃないの?」
寒さが気になる啓子が心配そうに声をかけた。
「お母さん、私、劉生の学校の中に入ってみたい。」
「瑠夏・・・」
咎めるような啓子の声に、瑠夏は真剣な顔で頼み込んだ。
「私から劉生に会いに行くって決めたから。だから、学校の中まで迎えに行きたい。」
「でも、いつ出てくるかわからないのよ。」
「悠が、劉生は頭がいいから、いつも、補習終了の時間には出てくるって言ってたから。」
「だけど・・・」
「でも、も、だけどもなし。お母さんとこんな言い合いしてる間に劉生が出てきたらシャレになんない。行くね。」
瑠夏は、啓子の制止を振り切って車から出て校門のほうに歩きだした。
暖かい車中にいたせいか、外の寒さが身にしみた。
瑠夏はぶるっと身震いすると、フードを目深にかぶり、コートの中に手を入れた。
こんな、不格好な姿、いやだけど、今の私にはこれでも精一杯。
コートの中にはお気に入りのシャツにセーターを着込んで、中から暖かいレギンスをはいてるけど、その上のパンツはやっぱり一番好きなのをはいた。
コートのフードとマスクで顔半分以上覆われているので、一見、不審者にも見える瑠夏に、下校途中の生徒たちがちらちらと視線を向ける。
好奇の視線に怯みそうになる自分を励まして、瑠夏は校門の中に入っていった。
しばらくすると、校舎が見えた。
校舎の一角が明るくて、生徒たちはその方向から外に出てくる。
あそこが生徒玄関かな?
瑠夏は、歩みを止めると、玄関のほうが見える木陰に立って、劉生が出てくるのを待った。
ずいぶんたくさんの子が補習を受けているんだな。
絶え間なく続く生徒の姿に、瑠夏は感心した。
劉生の学校は、県内でも1,2を争う進学校だから、当然といえば当然かもしれないけど、同じ高校生でこんなに勉強を頑張っている人がいると思うと、瑠夏は少し恥ずかしくなった。
私、入院前に、こんなに必死に勉強したこと、なかった。
入院してからは、もっと、勉強してないし。
今度、劉生に勉強教えてもらおうかな。
そんなことを考えながら待つのは、全然苦にはならなかった。
だが、治療で体力の落ちた瑠夏に、冷感な暮れの寒さは思った以上にこたえた。
あまり外気に肌は触れていないはずなのに、手足の指先が凍えて痛い。わずかに外気に触れている目の周りも冷たかった。
無意識に小刻みに体を揺らして、寒さを紛らわそうとした。
お母さんのいうとおり、劉生が出てくるのを車の中で待ったほうがよかったかな?
ポケットの中で手をこすり合わせながら、ぼんやりそう考えた。
6時15分
あと5分。
あと5分だけ、待っていよう。それでも出てこないなら、車に戻ろう。
補習終了時間から15分も過ぎると、さすがに玄関から出てくる生徒もまばらになってきた。
さっき、ひとりの生徒が出て、しばらくは、誰も出てこない。
もしかしたら、劉生、今日の補習には参加してないかもしれない。
そんな不安が胸に広がる。
でも、あと少し。
もう少しだけ待とう。
そうやって瑠夏は、劉生が出てくるのを待ち続けた。
6時30分
体の芯まで冷えて、頭が朦朧とし出した。
もう・・・
帰ったほうがいい・・のか、な・・・・
瑠夏は、ふらつきながら、車へ戻ろうとした。
暮れの寒さは思った以上に瑠夏の体力を奪っていた。
歩こうと足を踏み出したが、うまくバランスがとれず体が揺れた。
「瑠夏っ。」
後ろから力強い腕で抱きとめられた。
幻聴?
今、劉生の声が聞こえた気がした。
「瑠夏っ。」
もう一度、聞こえた。
今度は、はっきりと。
瑠夏は、後ろを振り向いて自分を抱きとめている人を見た。
会いたいと焦がれていた、劉生の顔がそこに会った。
「劉生・・・」
自分の体はゲンキンだなと瑠夏は思った。
さっき、寒さと失意に震えて、ところどころぼ~っと意識も失いかけたいたはずなのに、今は、すっかり覚醒している。やっと会えた劉生の顔や仕草を見逃すまいと、神経が研ぎ澄まされていた。
「瑠夏、どうしてここに?てか、冷たいよ、瑠夏の顔。いつからいるんだよ?」
劉生は、瑠夏を抱いた腕をほどくと自分に向き合わせた。
そして、潤んだ瑠夏の瞳を心配そうに覗きこみ、自分の手ぶくろをもどかしげに抜き取ると、そっと、瑠夏の顔に触れた。
「こんなに冷えて・・・具合悪くしたらどうするんだ。」
劉生は、首に巻いたマフラーを取ると、瑠夏の顔が隠れるようにして巻いた。それから、自分のコートを瑠夏に着せた。
「だめ、それじゃ、劉生が寒い。」
劉生のコートを脱ごうとする瑠夏の手を劉生が止めた。
「俺は、だいじょうぶだから。それより瑠夏のほうが心配なんだ。いったい、いつからここにいるんだ。」
瑠夏は、劉生のことばを無視して、コートを脱ぐと劉生に着せ、そのまま、劉生に抱きついた。
「るっ・・・」
「やっと、会えた。やっと・・・・・劉生、会いたかった。」
抱きしめる腕にいっそう力を込めて、瑠夏は呟いた。