どうしよう2
「なんだ、戻ってきたんだ。」
哲郎に促されて店に入ると、店主がふたりを見て笑った。
「道昭さん、こいつとふたりで少し話したいんですけど、ちょっと時間いいですか?」
「ああ、30分くらいなら、いいよ。今はまだ大丈夫だから。」
「あざっす。」
哲郎は深々と頭を下げると、劉生を奥の座席に連れて行った。劉生は、道昭に軽く会釈をすると哲郎に促されるまま椅子に座った。
「で、おまえは、なにを探してるんだ?」
「・・・・・・・クローバーを・・・」
「は?くろーばー?」
何て説明すればいいんだ?
どこまで話せる?
こいつ、ほんとに信用できるのか?
劉生は、それ以上ことばを継げず、口を濁したまま黙ってしまった。
突然、目の前にコーヒーが置かれた。
劉生は驚いて道昭を見た。
「いったん外に出て、少し冷えたろ。ここは海風が強く吹きぬけるから体感温度が低くなる。体があったまったほうが頭が働くだろ。」
道昭は、劉生の肩に手を置くとカウンターの奥へもどった。
「それから、哲郎、お前は少し強引なとこがあるからな。自重しろよ。そいつは自分のことは自分で決められそうだから、あんま、プレッシャーをかけるな。どうするかは、そいつに決めさせろ。」
「わかってますよ。」
哲郎は口をとがらせて道昭に手をふった。
劉生は、ふたりのやり取りを聞いたあと、コーヒーを一気に流し込んだ。コーヒーは、少し熱かったが、苦みが控えめでうまかった。
・・・詳しいことは話せないけど、とにかく、目的は話そう。
旅の恥はかき捨てではないが、このふたりなら、大丈夫のようだ。
「コーヒー、ごちそうさまでした。」
劉生は道昭に頭を下げると、哲郎に話し始めた。
「俺、四つ葉のクローバーを探してます。」
「四つ葉のクローバー?」
「はい。」
「なんで・・・っと、それは、聞かない。探す事情はひとそれぞれで、初対面の俺に話せないこともあるからな。」
哲郎は、劉生と同じようにコーヒーを一気に飲んだ。
「あちっ。」
哲郎は慌てて口をおさえて目を白黒させた。
「なんだ、これ。すっげえ熱い。おまえ、よく平気だな。」
少し涙目の道夫は、冷水サーバーからコップに水を入れると一気にあおった。
「すみません。俺、熱いの、平気なんで。」
劉生は、口に手をあてて笑いをかみ殺した。
「アイスコーヒーでないと飲めないくらい猫舌なのは、お前くらいだ。いつもは冷ましてのんでるだろ。気負い過ぎだ、哲郎。肩の力を抜け。お前がそんなじゃ、そいつは、おまえに気を許そうと思ってもできないぞ。」
カウンターの奥から道昭が言った。
「ああ~、だからか。いつもはぬるめのコーヒーを淹れてくれるのに、今日に限って熱いのなんて。ふうっ。わかりました。肩の力を抜きます。」
哲郎は両腕をぐるぐる回し、肩を交互に上下させた。道昭はそれをみて、ふっと目を柔らかく細めると、洗い物を続けた。
劉生は、ふたりを見て、自分の肩の力も抜けて行くのを感じた。
「いろいろ気を使っていただいて、ありとうございます。あの、俺からお願いします。四つ葉のクローバーを探すの、手伝ってください。」
劉生は頭を下げた。
「ん。わかった。で、どこを探すんだ?」
「それが・・・・・、俺は、ここから5分くらい行ったとこのユースホステルに泊ってんですけど、そこから歩いて行けるとこ、モノレールで2駅くらいのとこまでは、探しました。でも、見つからなくて。」
「四つ葉のクローバーって、どんなとこにあるんだ?」
「ネットで調べると、原っぱだとか、田んぼのあぜ道とか、牧草地なんかも見つかりやすいってあったんですけど、沖縄って田んぼ、あんまないんですね。それに、牧草地のあるとこも知らないし。だから、公園や原っぱを探してたんですけど、ぜんぜん。」
劉生は力なく首をふると、ため息をついた。
「田んぼも牧草地ももっと北上するとある。車で2時間くらいいけば大丈夫だろ。哲郎、俺の車を使ってお前がナビしてやれよ。」
「いいんすか、道昭さん。」
「ああ、明日は別に車は使わないから。ちょっと用事くらいならバイクで十分だ。必要になったらおまえのバイクを借りる。」
「里沙さんとこには?」
「ああ、朝早く・・・そうだな、出かけるの、8時半まで待っててくれ。それまでには戻ってくる。」
「わかりました。出かけるの8時半でいいよな、劉生。」
ふたりで話してたと思ったら、いきなり話をふられて面食らった。
「え、あ、はい・・・。いいです。逆に、その時間でいいんですか?俺はべつにもっと遅い時間でもかまいません。」
「いいよ、入院している連れ合いに朝飯届けるだけだから。」
大切な人が入院してるなんて、俺と似てる・・・・・
入院している連れ合いと聞いて、道昭に少し親近感を持った。
「そうですか。じゃあ、8時半でお願いします。明日、時間までにここに来ればいいんですか?」
「ああ、店の前で待ち合わせな。」
哲郎の返事を聞いて、劉生は立ちあがった。
「明日は、よろしくお願いします。」
劉生は、ふたりに深々と頭を下げると宿に戻った。
翌日、約束通りに店に行くと、哲郎はすでに白い軽ワゴンに乗って待っていた。劉生は、促されるまま助手席に乗り込んだ。
「これ、昼飯にでも食え。」
道昭は、まだ暖かい弁当の入った包みを劉生の膝に乗せた。
「ありがとうございます。こんな・・・・・弁当まで。」
戸惑いながらお礼を言うと、道昭は劉生の背中をポンとたたいた。
「気にするな。それより、みつかるといいな。」
道昭が、後ろに下がって車から離れたのを見て、哲郎はエンジンをかけた。
「じゃ、道昭さん、いってきます。」
「・・・・・いってきます。」
道昭に明るく手をふる哲郎につられるようにそう言うと、劉生はぺこっと頭を下げた。
車は快適に走り出すと、一路北を目指した。
カーオーディオから流れるクリスマスソングがそぐわないくらいの青く高い空。そして、ライトマリンの海。
昨日からずっと、あたりさわりのない世間話はするが、哲郎も道昭もプライベートな話題はほとんど口にしなかった。
よけいなことはなにも聞かない。それが劉生の気持ちをほぐしていた。
「着いたぞ。」
いつのまにか、うたた寝をしていたらしい。
劉生は、哲郎に起こされ目を開けた。
目の前には少し起伏のある原っぱが広がっていた。原っぱの向こう側には田んぼがあった。
車から降りて、原っぱに足を踏み入れた。原っぱは、ところどころに小さなかわいい花が咲いたシロツメクサが一面に広がっていた。
「すごい、沖縄へ来ていちばん広いシロツメクサ畑だ。」
「うん、この広さなら、ひとつくらい見つかるんじゃないか。」
「うん。」
劉生は嬉しくなった。
昨日までの焦りは吹き飛んだ。
ここなら
ここなら、ほんとうに見つかるかもしれない。