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五つ葉のクローバー  作者: 真桜
第1章 出会い
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劉生の受難

 穏やかに生きたいと願う劉生の期待を裏切って、トラブルが向こうからやってきてしまいます。ちょっと暗めの劉生のこれまでの話です。

 劉生りゅうせいは、エレベーターから6階で降りると、西病棟の特別室を目指した。


 ナースステーションの前を通る時、中にいる看護師に軽く会釈をした。看護師は劉生を見ると、一瞬びくっと怯えた表情をしたが、すぐに笑顔を取り戻して会釈を返した。


 初対面の人間に怯えた顔をされるのには慣れていた。


 劉生はことさら気にすることもなく、ナースステーションを通り過ぎ、目的の病室に着いた。病室には石田興生いしだこうせいの札がかかっていた。


 劉生は、ノックすることなく病室のドアを開けると、中にいる人物に声をかけた。


「じいさん、元気か?」


 ベッドの上で新聞を広げていた祖父の興生は、眼鏡の奥からしょぼっとした目で劉生を見ると、破顔して手をあげた。


「おお、劉生じゃないか。今日は遅かったな。」


「ああ、途中で女の子が絡まれているのに出くわしてしまった。手を貸せばまた面倒に巻き込まれると思ったからしばらく様子を見ていたんだけど、女の子がそのまま拉致られそうになったから・・・ほっとけないだろ?仕方がないから、まあ、いつもの調子で。」


 少しアザになっている口元を人さし指で掻きながら気まずそうに言った。


「しょうのない奴だな。そんな顔を見せると、また静香しずかさんに小言を言われるぞ。」


「お袋の小言には慣れているよ。気にしない。」


 劉生は、部屋の奥の方から椅子を持ってくるとベッドサイドに置いて腰かけた。188㎝の長身に85㎏で厳つい体格の劉生が座ると、普通サイズのパイプ椅子が重みに耐えかねて悲鳴をあげ、軋んだ。


 祖父に向けているような笑顔で柔らかな顔をすれば、劉生は、格好いい精悍な風貌をしている。だが、短く刈り込まれた明るい茶色の髪、剃ってもいないのに薄くてみえにくい眉毛、一睨みで周りにいる奴らを震えあがらせる眼光鋭い一重の目、そして滅多に笑顔を見せない無愛想な顔が190㎝近くある巨体にくっついているとなると、初対面の人間が怯えて避けたくなるのは当然のことである。


 劉生は、自分の風貌のせいで、これまで何度となく意に染まないトラブルに巻き込まれた。喧嘩をふっかけられたり、何もしていないのに突然、女の人に悲鳴をあげられたり、いきなり小さな子供に泣かれたり・・・、警察に職務質問を受けた事もある。その度に穏便にその場をやり過ごそうと努力するのだが、そのほとんどは徒労に終わる。高校生になったばかりの頃は、そんなことが幾度もあったので、いっそ、家に引き籠ってしまおうかと考えた事もあるくらいだった。


 だが、劉生が拗ねて学校を休もうとすると、母親の静香は口に出して反対はしないが、とにかく悲しそうな顔をする。


 劉生が小学校の頃、八つ当たりで、「なんでこんな顔に産んだんだ。」と責めたのを、ずっと覚えていて、劉生が引き籠ろうとすると、「ごめんね、母さんが悪いのよね。劉生の好む顔に産んであげられなくて。」と呟くのだ。


 そう言われると、さすがの劉生もバツが悪くなり、1日だけは部屋にこもるのだが、平静を取り戻してまたいつもの生活に戻ることになる。


 結果、劉生がトラブルに巻き込まれるのを防ぐ手立ては、ない。


 特に多いのが、その風貌ゆえに一方的に因縁をふっかけられることだ。


 劉生は、小さい頃から祖父に古武道を習っている。祖父の教えは、『護身』。


 己の心身の鍛練と護身のために稽古するのだという事を劉生はずっと守ってきた。だから技を使って相手を攻める事は、絶対にしない。相手から攻撃を受けた時には、足さばきや応じ手で“いなす”だけ。


 それを徹底していると、相手が勝手に疲れて倒れてくれる。古武道を習うための基礎体力は有り余るほど持ち合わせている劉生に、巷のヤンキーの体力がついていけるわけがない。


 結局、騒ぎを聞いて大人や警官が駆けつけてくる頃には、劉生以外は地面にへたり込んで、動けなくなっている。


 だが、しょせんヤンキーと呼ばれる奴の多くは卑怯者である。警察で尋問を受けると、劉生が古武道を嗜んでいる事を逆手にとって、一方的に暴力をふるわれたと訴える。実際に奴らの顔や体には喧嘩でついたと思われるアザがいくつもあるのに、劉生は無傷なのだから、警官は信じてしまう。


 目撃情報もそれに追い打ちをかける。


 劉生だってまだ修行途中なので、うまくかわしきれずに相手を傷つけることもある。だが、そのすべてが不可抗力なのだ。しかし、劉生が相手の攻撃をかわし、応じ手で次の一手を封じ込めているのを見た通行人からすれば、一方的に劉生が仕掛けているようにしか見えないらしい。


 そうなると、劉生は一方的に警察から指導を受けることになってしまう。はじめは、事の次第を否定していた劉生だが、何度か補導されるうちに、「またお前か」と先入観で尋問にあたる警官に嫌気がさして、無言のままでいる事が多くなった。


 家族は、劉生の言い分を全く聞こうとはせず、一方的に劉生が悪いと決めつけて、事が大きくならないようにと画策をした。


 父親は、なにかにつけて優秀なふたりの兄を持ち出して比較して嫌味を言う。そして、揉め事は速やかに金と権力で解決すればいいと考え、実行してきた。劉生は、そんな父親が大嫌いだった。自分の価値観でしか人を判断できず、価値観に合わない人間を自分の周りから排除し続けてきた父親に対して嫌悪しか抱けなかった。おそらく父親とは、一生、平行線のままだろうと劉生は思っていた。


 劉生の母親は気の弱い人で、夫に逆らう事をしたことがない。劉生がトラブルに巻き込まれると、ただひたすら夫と揉め事の相手に謝り続けた。


 自分の息子の味方をするのでもなく、一方的に非を認めて謝る母親を見て、劉生はやるせなかった。どうして母さんは、母さんだけは自分の味方をしてくれないのかと悔しさに枕を濡らしたこともあったが、今はもう諦めている。たとえ母親が味方をしてくれなくても、自分が母親を嫌いになることはない。


 劉生は、自分が幼い頃、病弱で入退院を繰り返していた時に、ずっと傍に付き添って子守歌を歌ってくれた母親の記憶を鮮明に覚えていた。

 だから、できれば母親を悲しませたり、苦しませたりする事はしたくないと思っていた。


 ほんとに、何でむこうからトラブルがやってくるのか・・・


 劉生はため息をつた。そんな劉生の様子を興生は目を細めて見ていた。


 この心優しい孫が、周りからよく思われていない事に母親以上に心を痛めていたのは、興生である。


 劉生は幼い頃、体が弱くて病気がちだった。青白い顔をして床に臥せている劉生を嫁の静香が一心に看病を続け、身が細っていくのを見かねて、心身を鍛えるためにと古武道を教えたのは、自分だ。


 興生は、劉生に武道は自分の身を守るためにあるもので、決して自分から攻撃していけないと教えてきた。劉生はそれを忠実に守っていた。興生の見る限り、劉生が武術を使って人を攻撃することなどあり得なかったのである。


 しかし、世間はそうは見ない。どんなに劉生が、相手の攻撃をいなして疲れさせるために防御の型を使っているだけなのだと主張しても、繰り出される拳や蹴りをはらう時に、不可抗力で相手につけたあざを複数認めると、劉生が攻撃をしてできたものだと誤解した。その誤解を解くのは簡単なようで難しい事を興生はわかっていた。


 もうひとつ興生が頭を痛めているのは、劉生の父の態度だ。残念なことに自分の息子は劉生に対して、贔屓目に見てもうまく接し切れているとは言い難い。母親に似て大人しいふたりの兄にくらべて、容姿も性格も父親似の劉生を疎むような言動をする。


 あいつにとっては、合わせ鏡を見ているようで歯がゆいのだろうな・・・周りに対して劉生がうまく立ち回れているとは自分も思えないから、その気持ちはわからないでもない。だが、一体どこであのようなやり方を覚えてしまったのか、劉生の父、泰生たいせいの言動は、興生も眉をひそめてしまうものだった。


 ただ、自分の権力を使い、金で解決しようとするなど、多忙なことを割り引いてもいいやり方だとは思えない。なにより、何故、劉生の言い分を信じてやろうとはしないのか。


 興生は深く嘆息した。


 劉生は、いつの間にか椅子を立って窓の外を眺めていた。劉生の顔に浮かぶ影を興生はやるせない思いで見た。


 劉生の優しさをわかってくれる友ができるといいのだが・・・


 興生がふたたびため息をついた時、軽いノックのあと、ドアが開いた。


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