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五つ葉のクローバー  作者: 真桜
第2章 つながる心
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思い通りにならない

瑠夏は、やっと自分の心を認めます。

 劉生が顔を見せなくなって3週間が過ぎた。


 病院は、クリスマスモードに包まれ、きれいにデコレーションされたツリーや壁の装飾が、塞ぎがちになりそうな患者の心に癒しを感じさせていた。


「どう?このポスター、いいでしょ。買ってきたツリーと一緒に飾るとこの部屋もクリスマスモードになるわね。」


 瑠奈が壁にラミネート加工されたポスターを張りながら妹に感想を聞いた。病室には、瑠維が瑠夏のためにセレクトしたクリスマスソングが静かに流れている。


「うん、ありがと。病室がにぎやかになって、うれしいよ。このツリーもかわいいし。」


 瑠夏は、透明なドーム型の入れ物に入った小さなツリーを掌にのせて見ていた。ツリーには銀色の小さなラメのリボンがたくさんついていて、光の加減でキラキラ輝いていた。


 きれい・・・・・いつかは、ほんとうのモミの木をこんなふうに飾ったツリーの下でクリスマスを過ごしたいな。


 いつか叶えたい夢に想いを馳せてみても、楽しい家族とのひと時も、瑠夏の胸を満たしてはくれなかった。


 なぜ、こんなにむなしさを感じるんだろう。


 心にぽっかりとあいた穴は、なにをしても塞がらない。なにかを、どこかに置き忘れてきたような感覚が瑠夏の心に居すわり続けていた。


 劉生がいない。


 私の目の前から消えたのは、劉生だけ。それ以外は、なにも変わらないのに、どうしてこの部屋が色どりを失ったように思うんだろう。


 なにかが、足りない。


 いつもは狭いと思っていた病室が、広すぎて寒々として、空調が壊れて温度調節ができてないのかと思うほど、空気が冷たい。


 窓の外に見える中庭の木々は、すっかり葉を落として冬支度を終えていた。


 葉をすべて落として木肌がむき出しの木々は、寒さに震える私のよう。


 だれかに温めて欲しくて、自分で自分を抱きしめる。


 こんなことしたくらいでは、あったかくなんかならないのに。


 心を満たしてはくれないのに。


「瑠夏、寒いの?」


 瑠奈が心配そうに顔を覗きこむ。


「電気毛布、出そうか?」


 瑠維が壁際の収納つきの長椅子を開けて、電気毛布を取り出そうとした。


「お姉ちゃん、大丈夫。電気毛布はいらない。布団をかぶればあったかいから。ちょっと疲れたから横になるね。」


 瑠夏は、布団の中に潜り込むと掛け布団で顔を半分覆った。


 姉たちに悪いと思った。


 ふたりの顔を見てしまえば、泣いてしまいそうだった。


 いつもの辛い治療を終えて一般病室に戻ってきた私を元気づけようと、ミニツリーやポスター、それに大好きなチョコレートタルトまで用意してくれたのに、気持ちを晴らすことができない。


 心の隙間は埋まらない。


 それは、お姉ちゃんたちのせいじゃない。


 泣きそうになる自分を悟られたくなくて、顔が隠れるくらい布団を引き上げた。


 「冷えるから、これもかけとくね。」


 瑠維が、厚手の毛布で掛け布団を覆った。


「ありがとう。」


 泣きそうになるのを堪えて、それだけをやっと口にした。


「私たちは帰るから、少し眠って。明日、また来るね。」


 ふたりがドアを閉めて出て行くのを見届けて、瑠夏は目を閉じた。


 わかっている。


 なにが足りないのか、自分が、なにを求めているのか。


 ほんとは、わかっている。


 この部屋からなくなったものは、劉生の気配。


 いつも必ず顔を見せてくれた劉生は、もう来ない。


 それは自分が望んだことで、自分から、もうここへ来るなと言った。


 治療に専念したいからと、自分が好きだと言ってくれた劉生を閉めだしたのは、私だ。


 でも


 治療に専念したいなんて、嘘だ。


 そんな殊勝な気持ちで劉生を拒んだんじゃない。


 私は、怖かった。


 この病室に縛り続けられている私に劉生が愛想を尽かしてしまうのが。


 劉生が嫌になって自分から離れて行くのを見るくらいなら、自分から終わりにしよう。そんな自分勝手な理由で、私は劉生にさよならを言わせた。


 友だちのままでいた今なら、まだ、さよならできると思っていた。すぐにいつもの日常に戻ることができるとたかをくくっていた。


 だけど、それが間違いだとわかるまでに、そう時間はかからなかった。


 たった3日。


 劉生の顔を見なくて我慢できたのは、たった3日だった。


 その3日間だって、平気でいられたわけではなかった。





 劉生と別れた次の日、瑠夏は外泊を許可された。


 わずか一泊二日でも、自宅に帰れるのはうれしかった。それなのに、病室を空けたくないと思ったのだ。


 もしかしたら、劉生が顔を見せてくれるかもしれない。


 もし、顔を見せてくれたら、昨日のことなどなかったことのように振る舞えばいい。もう一度、劉生に、ここに来るなと言えない。自分では全く望んでいないことばを二度も口にできるほど、瑠夏は大人ではなった。


 劉生が、心ない自分のことばに負けずに会いに来てくれるのであれば、それを受け入れようと思っていたのだ。


 そのチャンスを願ってもいた。


 私って自分勝手だ。自分で来るなって言っておいて、劉生が来たら許そうだなんて、どんだけ自己中なの。劉生の気持ちは?


 私は、バカだ。


 自分がやったことが、どれだけ劉生を傷つけたのか、わかろうともしないで。自分の都合のいいことばっか考えて。


 瑠夏は、病室に心残りしつつも一泊二日、自宅へ帰った。


 翌日の夕方、病室へ戻った瑠夏は、劉生が訪れた痕跡がないか探した。部屋にメッセージが置かれてないか探し、ナースステーションで見舞客がきたかの確認までした。だが、劉生が来た様子はなかった。


 別れたのは、つい2日前のことだもの。まだ、劉生だって気持ちの整理がつかないよね。そうだよ。でも、劉生のことだもの、明日くらいには来てくれるかも。


 違う


 このままで、いい。


 劉生が来てくれて、それで、私、どうするの?劉生の想いに応えるの?それとも、友だちのままでいようって、残酷なことばで劉生を縛るの?劉生の気持ちも考えずに?


 劉生の気持ちに応えられる自信は、ない。このままだと、自己中な自分が勝って劉生を傷つけることしかできない。


 それなら、やっぱり、もう来ないでほしい。


 心は千路に乱れ、瑠夏は思いどおりにならない自分の心に翻弄された。


 外泊から戻った翌日も、劉生は来なかった。


 1日中、心とは裏腹にドアにばかり気を取られる自分に呆れ、苛立った。


 心が乱れたまま、劉生に会えなくなって4日目を迎えた時、瑠夏は、自分の気持ちにふたをするのを諦めた。


 もう、無理だ。


 もう、とっくに友だちのままでなんかいられなかったんだ。


 私は、劉生が好き。


 自分は、この病院と自宅のわずかな世界でしか生きられない。それく比べて劉生には、自由な世界がある。劉生は、どこへでも行ける。誰とでも恋人になれる。私にだけ、気持ちを向けなくても楽しめるんだ。


 それがわかっていたから、言えなかった。


 認めたくなかった。


 好きって認めてしまえば、私は劉生の世界に嫉妬してしまう。


 私以外の女の人の存在にきっと心を焼きつくしてしまう。


 劉生を束縛してしまう。


 そんな感情を持つのも、それに振り回されるのも嫌だった。


 だから、封印したのに。


 もう、手遅れだったんだね。


 封印して、別れを告げて、それでも私の心から劉生を締めだすことはできない。


 瑠夏は、取り返しのつかないことをしたのだと、やっと悟った。


 しかし、自分から劉生に会いに行くことはできない。


 自分には、とてもそんな資格はない。


 瑠夏は、さらに10日、迷った。迷っているうちに、次の治療が始まり、身動きが取れなくなった。





 瑠維と瑠奈が帰った後、瑠夏は起き上がり、ぼんやりと窓の外を眺めた。


 劉生と初めて会った中庭。


 あの時は、落ち葉が舞っていた。


 落ち葉の舞う中、劉生に会ったんだ。


 初めて顔を合わせた時は、鋭い目と厳つい体がちょっと怖かった。でも、射すように見えた目は、ほんとうは優しさをたたえていた。


 見た目とは違う人なんだと、すぐにわかった。だから、つい悪戯心がおこって、軽口で喋りかけた。そしたら、思った通りの人で会話が弾んだ。


 劉生は、毎日おじいさんのお見舞いに来ていると言っていた。おじいさんへのお見舞いは、私のところへ来るようになってからも変わらなかった。毎日、私のところへ来て、それからおじいさんのところへ行った。


 もし


 ううん、劉生のことだもの。もし、じゃなく、今もおじいさんのところへは顔を出しているはずだ。


 劉生が私のところへもう来ないつもだということは、この2週間でよくわかった。


 それだけ、劉生を傷つけたのだから、仕方のないことなのだ。


 だから、今度は、私が会いに行く。


 劉生に会いたいって心をもう抑えたりしない。


 そもそも再発して入院する時に、私は誓ったはずではないか。


 病気だからとやりたいことを我慢して後悔なんかしたくないって。


 瑠夏の瞳が、久しぶりに明るく輝いた。


 中庭の木々は、瑠夏の決心を応援するように、風の力を借りて枝を震わせ瑠夏にエールを送った。

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