告白
ついに、玉砕覚悟で劉生は決心します。劉生を応援してください。
初めて会った日から、劉生の日課の中に、興生の見舞いのほかに瑠夏の病室を訪ねることが追加された。
劉生は、毎日、この日課を欠かさない。どんなに忙しくてもふたりの見舞いには行くようにした。
病院へ日参するうちに、劉生は、瑠夏に会える日と会えない日があることを知った。会えない時には、啓子に瑠夏の様子を聞き、会える日には病室に入れてもらった。
瑠夏に会える日は、劉生には何よりも優先させたい特別な日になった。他愛のないおしゃべりをするだけのわずか20~30分の時間が、劉生の至福の時だった。
瑠夏は、劉生の学校での様子を特に聞きたがった。
学校でのことは、劉生にはことさら面白い話はないのだが、瑠夏にはそうではないらしい。
数学の独身教師が、いつもは身につけない鼻をつくコロンの匂いをさせる時は、合コンのある日だとか、学校には七不思議ならぬ三不思議なるものがあるらしいとか、そんな話が瑠夏にはうける。
どれも苦手な話題ばかりだったので、ネタを仕入れるためにクラスの女子の話に耳をそばだてたり、苦痛なのを承知で、男子の下ネタ中心の会話に交じったりした。とにかく学校中を歩き回って面白いネタはないかと探した。
かなり神経を使うので、一日の終わりにはぐったりと疲れ果ててしまう。
1か月前に、瑠夏に会った日、劉生は思わずネタを仕入れる大変さをぽろっと瑠夏に白状してしまった。
「俺が、屋上で弁当を食べ終わって昼寝してると、階段の方から化学の女教師を噂する声が聞こえてさ、面白そうだったから、階段の方まで忍んで行って女子たちの話を聞いていたんだ。そしたら、聞き耳を立てていることがばれて大騒ぎされて、慌てて逃げ出したんだ。俺だとばれると、別方面での尋問が始まるから。」
ただの世間話をしたつもりだったのに、瑠夏はふっと顔を陰らせた。
「私と会うのは面倒でしょ。」
そのことばは、案にもう来なくてもいいことを告げているように思えた。
劉生の胸に苦みが広がる。
いつも、何かの拍子に瑠夏は自分を遠ざけるようなことを言う。
それが劉生の心に影を落とした。
瑠夏が自分の口からもう来るなと言うのなら、瑠夏には会いに行けないが、そうでないうちは、瑠夏の好意に甘えていたい。
まだ、見込みはあるはずだ。ほんとうに瑠夏が俺を遠ざけようと思っているなら、きっぱりとそう言うはずだし、面会にも応じない。
でも、どうしたら、瑠夏に自分を受け入れてもらえるのかわからなかった。
どうすればいい?
劉生は、答えのない問いを繰り返し、繰り返し自分にしていた。
突破口の見つからないもどかしさを隠しつつ、日々が過ぎて行く。
冬のはしりの風が冷たい日の午後、劉生は、学校からまっすぐに病院へと向かった。課外講座で解けない問題があり、悪戦苦闘しているうちに、気がつけば日はとっぷりと暮れて、街には明かりが灯っていた。
やばい、この時間じゃ、面会ぎりぎりかな。じいさんのとこは、面会時間過ぎても大目に見てくれるだろうけど、瑠夏のところはそうはいかない。
今日は、久しぶりに瑠夏が準クリーンルームから一般病室に移っている日だ。今からでも少しは瑠夏の顔が見られる。
劉生は、逸る心を抑えながら病院へと急いだ。
病室に着くと、面会時間終了まであと10分だった。劉生は、3段飛ばしに階段を上ってきて乱れた息を整えてドアをノックした。
「はい。」
中から啓子の声がした。
「石田です。」
劉生が名前を告げると、ドアが開いた。
「ちょうどよかった。私は売店で買う物があるの。石田君、戻るまで、瑠夏の相手をしていてくれる?」
「あ、はい。」
劉生が返答に、啓子は財布を取って病室を出た。
「久しぶり。どう、調子は?」
劉生が聞くと、瑠夏は笑顔を見せた。
「調子はいいよ。今度は、あんまりしんどくなかった。でも、口内炎がひどいから、おいしいもの食べられないのが辛いかな。」
「そうなんだ。じゃあ、食べ物の話はNGだな。」
「いいよ、気にしなくても。劉生の話を聞いて、食べたつもりになって楽しむから。」
「いや、俺、学校から直で来たから腹が減ってて、食べ物の話なんか思い出しただけでも腹の虫が騒ぐ。」
言い終わらないうちに、劉生のお中がぐうううとうなった。
ぷっと、瑠夏は噴き出した。
「正直なお腹だね。食べ物ってことばを出しただけでほんとに鳴るんだもん。」
「///////////////悪い、腹なんか鳴らして。」
劉生は自分に舌打ちをした。顔が火を噴いたように真っ赤になった。
ダメだな、俺。好きな女の子の前で腹を鳴らすなんて、はあ、かっこ悪いにもほどがある。
瑠夏は、しばらく笑っていたが、劉生が赤くなってうつむいたのを見て、話題を変えた。
「今日は遅かったね。」
話題が変わって劉生はほっとした。
「うん、今日の課外講座の数学で、どうしても解けない問題があってさ。解けるまで粘っていたらとっくに暗くなっていて焦った。面会時間終了までほとんど猶予がなかったから、自転車すっ飛ばしてきた。」
「そんな、無理しなくていいのに。」
まただ。
瑠夏のことばは、劉生の胸に小さく刺さった。
「や、無理なんかしてないよ。今日は瑠夏がここに移ってくるってわかっていたから、1分でもいいから会いたかった。」
劉生は、意識して明るく言った。
「・・・・・どうして?」
瑠夏が絞り出すように呟いた。
「え?」
さっきまで笑って話していた瑠夏は影をひそめ、辛い表情の瑠夏が劉生を見ていた。
「どうして?劉生。劉生は、なぜ、そうまでして私に会いに来るの?」
唐突すぎる質問に劉生は動揺しかけた。だが、瑠夏の目を見た時、ここで怯んだら、一生後悔すると思った。
劉生は、覚悟を決めた。
瑠夏の好意に甘えてばかりいるのは、もうやめよう。
もう、言ってもいい。
これで、NOを突きつけられたら、俺は、諦める。
ごくりと喉を鳴らし、劉生はせり上がりそうになる心臓の鼓動を聞きながら、口を開いた。
「好きだから。俺、瑠夏のことが好きだから。」
劉生の告白を聞いて、瑠夏は泣き出した。