瑠夏の心3
劉生に惹かれそうになる自分の心にブレーキをかけてしまう瑠夏の切ない心が、私の拙い文で伝わっているといいのですが・・・
「俺もずっと、誰からも信じてもらえないもどかしさ・・・・・違うな。悔しさだ。信じてもらえない悔しさを抱えて生きてきたから。俺を信じない人の代表が、俺のおやじ。」
「・・・・・・・・・」
「瑠夏は、さっき、俺が、ヤンキーかって聞いた後、そんなふうに見えることで嫌な思いをいっぱいしたかって聞いただろ。」
瑠夏は、だまって頷いた。
「さっきは、軽くそうだって言ったけど、ほんとうは、他人と関わり合いになるのを避けるくらいいやな思いをいっぱいしたんだ。自分で意識して他人を避けているのに、どういうわけか、トラブルが向こうからやってくるんだよな。そして、トラブルになるたびに、誰もかれもが相手の言い分しか信じようとしない。俺が、どんなに自分を信じてくれと言っても、誰も相手にしてくれない。まあ、身内ですら信じてくれないんだから、他人が信じてくれるわけがないんだけどな。」
「劉生・・・・・」
瑠夏は、すっと手を伸ばして劉生の手に触れた。劉生は、びくっと体を震わすと、自分の手を引っこめようとした。瑠夏の手がそれを許さなかった。劉生の手を素早く握って笑った。
劉生は、こみ上げてくるものをぐっと抑えて、力なく笑い返した。
「・・・・・やっぱり瑠夏は違うんだな。」
「えっ?」
「瑠夏は、俺の心の傷をわかってくれる。さっきもそうだった。瑠夏はあまり意識しないで言ったんだろうけど、ヤンキーみたいに凄味のある顔だけど、黒いオーラは出ていないから、ちょっとからかったくらいで俺は怒ったりなんかしないって。」
「あれは・・・、だって、実際、そうだったでしょ?」
「瑠夏以外のやつらは、そんなこと言わないし、思わない。俺はこの1週間、木にハグしていた瑠夏に会いたくて探していた。だけど、いざ見つけると、やっぱり瑠夏も他のやつらと同じで、俺に怯えるかもしれないって思ったら、すぐには近づけなかった。ところが、瑠夏は俺を見て怯えるどころか、からかってくるんだもんな。正直、面食らったよ。初対面で俺を怖がらないのは初めてで、あんなに話しやすかったのも初めてだった。」
瑠夏はなにも言わずに、握っている手に力を込めた。劉生は、その手のぬくもりが心地よかった。その心地よさを瑠夏に伝えたかった。普段、滅多に自分の想いをことばにしない劉生にしては珍しい決断だった。
瑠夏といると、自分の内面を簡単にことばにできてしまう。それに、それが嫌じゃないんだから不思議だよな。
「ほら、瑠夏は、その手で俺を元気づけようとする。瑠夏、俺、今、すごく気持ちが落ち着いているんだ。瑠夏の手、心地いい。瑠夏の手からパワーをもらっているのがわかるんだ。だから、俺も瑠夏に返したいと思う。瑠夏の心を包み込んであげたいって・・・思うんだ。あの木のように。瑠夏、俺のパワー伝わってるか?」
劉生は、瑠夏の手を握り返した。劉生の大きな手に瑠夏の細くて白い手はすっぽりと覆われていた。優しく、慈しむように握る劉生の手は、あたたかくて心が落ち着いた。
瑠夏は戸惑った。自分の中に長く封印してきた想いが、戒めを解いて出てこようとする。
だめ。
私は、誰にも心を許したくない。
誰かを・・・・・
誰かを心の中に入れてはいけない。
だって、私は・・・・・・
その人の想いに応えられない。
瑠夏は、必死に戒めを強くした。もし、誰かと心を通わせ合って、自分の病気が原因で相手が離れていったとしたら、もう、頑張る気力を失ってしまう。
これ以上深く心に傷を負いたくない。白血病ってだけで失ったものがたくさんある。これ以上失うくらいなら、最初から得る必要なんかない。なければ失わないもの。
瑠夏は、握られた手をふりほどくと、掛け布団の中に隠した。
「ごめん、劉生。もう、限界見たい。ちょっと休みたいから、お母さんを呼んでくれる?」
瑠夏は布団を顔の上まで引き上げると劉生に背中を向けた。
「・・・・・わかった。ごめん、瑠夏、無理させて。」
劉生は、静かに立ちあがった。
ふりほどかれた手は、守るべきものを失って心もとない感じがした。自分に向けられた瑠夏の背中が、瑠夏の気持ちを代弁している。
これ以上は踏み込むな
背中はそう語っていた。
だが、劉生は諦めきれなかった。このまま瑠夏との繋がりを絶ちたくない。だめもとでいいから、聞いてみよう。
「瑠夏・・・、また、会いに来てもいいか?」
小さくて震えるような自分の声に劉生は驚いた。こんなに心細くて不安な声なんか、出したことないのに。
瑠夏は小さく頷いた。それは少しでも目を放していれば見逃すくらいに小さな動きだった。だが、劉生は見逃さない。ほっと安堵のため息をついた。
「じゃあ、瑠夏、またな。」
劉生は、音を立てずにドアから出ると、手袋とエプロンをはずして外側のドアを開いた。
外に出てあたりを見回したが、啓子の姿が見えない。劉生は、そのまま病棟を出て、さっき啓子と話したパントリーを覗いた。啓子は、さっきの席の近くに座って、窓の外を眺めていた。劉生は、啓子の傍まで行って声をかけた。
「本橋さん、長い時間すみません。瑠夏が呼んでます。」
啓子は、窓の外から劉生へと視線を移した。
「話はもう終わったの?」
「はい、時計を見て驚きました。俺、30分くらい病室にいたんですね。すみません。瑠夏は具合が悪いのに無理をさせてしまった。」
啓子は黙って首を横にふった。
「あの子は自分の具合をよくわかってるわ。大丈夫よ。」
「でも、最後は疲れたって言ってました。やっぱり無理をしたんじゃないかと。本橋さんを呼んでます。」
「そうなの?わかった。呼びに来てくれてありがとう。」
「いえ。」
啓子は立ちあがると、劉生に手をふって病棟の方へ向かった。劉生は、それを見送った。途中、啓子がふり向いた。
「石田君、また、瑠夏に会いに来る?」
「はい、また来ます。」
はっきりと返事をする劉生に啓子は笑った。劉生も笑い返す。
啓子は、瑠夏の病室に入り、娘の様子をうかがった。瑠夏は、入り口に背中を向けて横になっていた。
瑠夏、泣いているの?
瑠夏の背中は小刻みに震えている。時折、鼻をすする音がする。その様子から、啓子は瑠夏が声を出さずに泣いていることがわかった。
「瑠夏?どうしたの?」
啓子はベッドの端に腰をかけると、そっと瑠夏の肩に手を置いた。
瑠夏は、なにも言わない。
「瑠夏?」
もう一度、声をかけた。
「・・・・・・・・・・・・・・傷つけた。」
瑠夏は、ぽつりと呟いた。
「え?」
啓子が聞き返すと、瑠夏はまた小さな声で言った。
「劉生を・・・・・・傷つけた。」
「石田君を?彼、そんなふうには見えなかったけど?」
「劉生が他人に本心を見せるわけ、ない。」
「あら、そうなの?」
瑠夏は背中を向けたまま頷いた。
「でも、瑠夏には石田君が傷ついたって、わかるのね。」
「わかるよ。同じだから。」
「同じ?」
「そう、劉生と私、心に同じものを持っている。」
「瑠夏がそう思うの?」
「劉生もわかってた。」
「じゃあ、ふたりだけは、お互いに同じものを持ってるってわかったのね。」
瑠夏が頷く。
「そう・・・・・」
啓子は、目を細めて微笑むと、瑠夏の肩を優しく撫でた。
この子は、自分が石田君のことを求めているってまだ心の中で認めてはいないのだろう。これから先、どうなるかはわからないけど、石田君の存在が瑠夏に希望を与えてくれると信じたい。白血病になったことで、この子が諦めようとしている女の子としての楽しみを石田君が思い起こさせてくれるといいのだけれど。
それは、母の切望だった。
啓子は、そっと肩を抱いて、瑠夏の心のうちにある苦しみを少しでも和らげようとした。