瑠夏の心2
この話の前の話、「瑠夏の心1」を大きく変更しました。この話を読んで、あれ?と思われたなら、1を読み直してください。
「じつは俺、瑠夏のことを1週間前から知っていた。」
「1週間前?」
劉生は頷いた。
「1週間前に・・・会ったことあった?どこで?劉生の顔は、一度会ったら忘れないと思うけど、覚えがない。」
瑠夏が、劉生を指さしてそう言ったので、劉生は、うっと詰まった。
「今のはほめ言葉じゃないよな。一度会ったらって。まあ、いいや。ここでいじけてたら話が進まないからな。瑠夏は俺のこと見てないから。俺が一方的に知っているだけ。」
「私を・・・どこかで見かけたってこと?」
「そう。1週間前、瑠夏、今日と同じように中庭にいただろう?」
「えっ、ああ、うん。」
「その時のこと、6階のじいさんの部屋から見てたんだ、俺。」
「・・・・・・・・」
瑠夏はなにも言わずに劉生を見ていた。
「あの日、瑠夏は中庭の木をハグしていただろ?」
「ハグ・・・?や、単に抱きついていただけだけど。ハグってもんじゃ・・・」
「あれは、ハグだよ。瑠夏は、う・・・んと、そう、ちょっときざな言い方だけど、愛おしそうに木を抱きしめていた。それも一本だけじゃなく、何本も。でさ、木から木へと動く瑠夏が、まるでダンスのステップを踏んでいるみたいで、きれいだった。」
ダンスのステップだの、きれいだのということばが、劉生の口から飛び出して、瑠夏は、なにも飲んでもいないのに、むせそうになった。
劉生ったら、顔に似合わないせりふを真顔で・・・・・それに、きれいって、よくも本人を前にしてさらっと言ってくれる・・・恥ずかしいでしょ。
少しだけ視線をそらせて赤くなる瑠夏にはおかまいなしに、劉生は話を続けた。
「きれいで・・・目が放せなかった。あの子はハグして自分の愛情を木に注いでいて、それに応えるように、木はあの子にパワーをあげているんだなって思ったんだ。木だけじゃない。葉っぱも空気も瑠夏を包み込んでいて、そこだけ日常の喧騒から切り離されているようで・・・・・俺、木が羨ましかった。」
「はあ?木が羨ましい?」
「うん。木が羨ましかった。俺もあんな風に抱きしめられたいなって・・・・・っ」
劉生は、そこまで言って、自分がなにを話したのかを自覚した。顔が火を吹くように赤くなる。瑠夏の顔を見れなくなって横を向いて黙った。
瑠夏は、耳まで赤くなっている劉生を見ながら、自分の顔も赤くなっているのがわかった。
「ご、ごめん、変な事言って。」
劉生が横を向きながら謝った。
「い、いいよ、別に。」
ぎこちない空気が広がり、瑠夏の態度が硬くなる。劉生は、口を滑らせたことを後悔した。
「軽く、聞き流してほしい。頼む。」
劉生のことばは、瑠夏には渡りに船だった。今は、異性を意識させることばはいらない。誰にもそんな意識をしたくなかった。友だち以上の相手は、いらない。瑠夏はそう心に誓っていた。
「そうだね。まあ、そんだけでかけりゃ、中庭のケヤキの木とそうたいして変わらないからね。うん。木と同じようにハグできるかも。」
瑠夏の軽口は、劉生に安堵と失意をもたらした。
せっかく瑠夏が気まずい空気を壊してくれたのに、何で俺の心はきゅっと痛んでいるんだ。また話せる雰囲気になって、喜ぶべきだろ。
劉生は、無意識に沈みそうになる心に叱咤して、口を開いた。
「・・・本橋さんが、瑠夏は、最近、無茶ばっかりしてるから、止められているのに外に出て草木に触れるのは、自暴自棄になっているように見えるって話してたから、俺は、そうは思わないって言ったんだ。」
「どうして、そうは思わないって思ったの?」
「あの時の瑠夏の雰囲気や表情は、とても穏やかで楽しそうだった。遠目に見ても、それはわかった。ああ、あの子は、生きることの大切さを知っている子なんだって思った。」
劉生のことばは、瑠夏の胸を疼かせた。
だれにも自分の心の内のことは話したことなんか、ない。木からパワーをもらっている話だって、お母さんだけじゃなく、これまで話した人、みんなが信じてくれなかった。みんな、お母さんと同じリアクションだった。それなのに、どうして劉生にはわかったの?
「・・・・・今の話は、1週間前のことだよね、今日のことじゃなく?」
「そうだよ。」
「劉生は・・・遠くから私を見ただけでそう思ったの?ほんとに?」
「ほんとに。」
劉生は、力強く頷いた。そして、話を続けた。
「瑠夏は、自然とひとつになることで、自然の一部として自分が生きていることを実感したくて、木にハグしたり、木の葉のシャワーを浴びたりしたんだろ?」
っ!
瑠夏は、自分の考えていることを今日会ったばかりの劉生が言いあてたことにことばを詰まらせた。
「・・・・・どうして、どうして?今まで、だれもそんなふうには思わなかった。私が茶化しながらでもちゃんと正直に言っても、だれもそう言ってはくれなかった。なのに、どうして劉生にはわかっちゃうの?」
「たぶん・・・負った傷は違っても、瑠夏も俺も心におんなじだけ大きな傷があるからじゃないかな。」
「心の・・・傷?」
「そう、心の傷。」
劉生は、瑠夏をまっすぐに見据えて、居ずまいを正した。