劉生の気持ち3
「劉生の気持ち」は、前の話で終わると思ったのですが、思うようにいかず、この話までかかってしまいました。すみません。
劉生が、啓子に返事をできないで悩んでいると、看護師がふたりのところにやって来た。
「本橋さん、瑠夏ちゃんの治療、終わりましたよ。血液検査の結果も出ています。」
「そうですか。わざわざありがとうございます。」
啓子は、看護師にお礼を言うと、椅子から立ち上がった。劉生は、問われたことに対して答えなくてもいい状況になったことにほっとした。
劉生が、あからさまに安堵の表情を見せたのを見て、啓子はいたずら心をおこした。
「石田君も瑠夏に会うでしょ?」
啓子が当たり前のように言ったことばに、劉生は目を丸くした。
「えっと、いいんですか?俺が会っても。」
「ええ、私は構わないわ。でも、一応、瑠夏に聞いてみてからね。」
「はい、それでいいです。」
劉生も椅子を立ち上がり、紙コップを片づけようとした啓子の手を制止すると、
「俺が片づけますから、本橋さんは、瑠夏さんの所に行ってあげてください。」
と言った。
啓子はにこっと笑って、劉生の好意に頷いた。
「ありがとう。じゃあ、片づけたら病室の前で待っていてね。あ、それから石田君、さっきの質問は、保留ね。いつか答えを聞かせてもらうからね。」
「はい。って、えっ、えっ、な、な、なんて?」
啓子は、答えに詰まってうろたえている劉生に手をふって、先に病室へ向かった。
啓子が病室に入ると、瑠夏がこちらをむいて微笑んだ。
「心配かけて、ごめんね。ただの貧血だって。」
「ほんとに、あんたって子は。これで何回目?」
「や、いつもはこうじゃないでしょ。今日は、たまたま調子が悪かっただけ。」
「そのたまたまが怖いんじゃないの。幸い、感染の恐れはないようだからいいようなものの。体力も免疫力も落ちているんだから、無茶をしないで。」
「体力も免疫力も落ちたから、パワーをもらいに行ったんだけどな。」
瑠夏が口をとがらせてそう言うのを聞いて、啓子は苦笑した。
「はいはい、そうなんでしょうね。瑠夏は木からパワーをもらっていたのよね。」
啓子のことばに瑠夏は驚いた。
「なに、どうしちゃったの?今までは私がどんなにそうだって言っても信じなかったのに。それとも皮肉?」
「皮肉じゃ、ないわよ。今はね、きっとそうなんだろうって、信じてる。信じさせてくれた人がいるのよ。」
「誰、その信じさせてくれた人って?」
瑠夏の探るような眼を啓子は頬笑みで返した。
「その人が瑠夏に会いたいって待っているんだけど、病室に入れてもいい?」
「えっ、その人、私の知っている人なの?」
「そう、瑠夏の恩人。」
「恩人?」
瑠夏は、謎かけのような啓子の物言いが気に入らなかった。ぷうっと頬をふくらませると、拗ねたように言った。
「もう、誰でもいいから入れていいよ。会おうじゃないの。」
腕組みをして面会人を待つ仕草をする瑠夏に、啓子は笑った。
「じゃあ、連れて来るわね。支度するまでちょっと待っていて。」
啓子は、病室の内側のドアを閉め、それから外側のドアを開けた。
「いいわよ、入って。」
啓子が手招きをすると、劉生は頷いて近づいてきた。劉生が、ことばを発しようとすると啓子が人さし指を口にあてて止めた。劉生は、出しかけたことばをのみこんだ。
声を出しちゃまずいのかな?
劉生は、ジェスチャーで促されるまま、啓子の靴のそばに自分の靴を並べて脱ぐと、軽く頭をあげて音をたてないように病室の中に入った。病室の中は、2重ドアになっていた。1つ目のドアの内側にはスリッパがあって、啓子はジェスチャーでそれを履くように伝えると、部屋の隅にある水道の方へと連れてこられた。
「いい?私が教える通りに手を洗ってね。」
啓子のことばに劉生は頷いた。啓子は、相変わらず声を出すなと唇に人さし指をあてている。劉生は、なんの疑いを持つことをなく啓子の指示に従った。
「まず、ここに手をかざすとぬるま湯が出てくるから、それで手を洗って。それからこのエプロンを着けて、使い捨ての手袋をはめる。そしてマスクをする。うん、準備OKね。ここで面会できるのはひとりだけだから、私は、いったん外に出ているわね。私が出たら、中に入って。」
啓子の指示通りに支度を終えると、劉生は啓子がエプロンや手袋をはずして外へ出るまで待った。
奥のドアの向こうに瑠夏がいる。
そう思うと胸が早鐘をうち出した。中庭で会ってからまだ何時間も経っていないはずなのに、なんだか怖気づいてしまう。手袋の内側がじっとりと汗ばんだのは、部屋が暖かいせいばかりではなかった。
『石田君は、瑠夏のこと、好きなの?』
不意に啓子のことばが浮かんだ。劉生は、自然に顔が赤くなるのを止められなかった。胸の鼓動が啓子に聞こえてしまいそうで不安だった。
静まれ、俺の心臓。落ちつけ、落ちつくんだ。
必死に自分に言い聞かせる。だが、言い聞かせようとすればするほど、鼓動は早まり、顔は赤くなる。終いには、冷や汗が出てきた。
瑠夏のことになると、なぜかこうなることを劉生は認めざるを得なかった。
『石田君は、瑠夏のこと、好きなの?』
また、啓子のことばが脳裏をよぎる。
ああ、そうなのか。
俺は、きっと、瑠夏が好きなんだ。今日、初めてしゃべったばかりの瑠夏に恋をしてしまったんだ。
とうとう劉生は自分の気持ちを認めた。