第30話:【不協和音の対話、あるいは計算違いの旋律】
1. 狂気のバックログ
過負荷によって回路から火花を吹き、次々と地に落ちていくドローンたち。エドワードが最後の一機を鉄パイプで叩き割ったその時、半壊したドローンのホログラム・プロジェクターが不意に起動した。歪んだ光の中に現れたのは、地下都市ゲヘナの薄暗い研究室に佇むシオンの姿だった。
「見事なデバッグだ、カイ。まさかデバイスを介さない生身の『ノイズ』で、僕の圧縮コードを解体するなんてね」
シオンは拍手を送るが、その顔は酷く青白く、過酷な演算に脳が焼き切れかけているのは明白だった。彼の手の中で、黒い結晶『神の卵』が禍々しく脈打っている。
「だけど無駄だよ。君がいくら現実にこだわっても、世界の寿命はあと僅かだ。全人類をこの卵の中に『退避』させなければ、数ヶ月後には世界ごと全員消滅する。僕の計算は絶対だ」
2. 計算が合っていない
カイは、ハッキングの反動で痺れる指先を隠しもせず、シオンのホログラムを冷徹に見据えた。
「シオン。お前の言う『人類のセーブ』とやらの設計図を、さっきのドローンの通信ログから逆算させてもらった。……そして、気づいたよ」
カイは一歩前に出ると、シオンに向かって容赦なく言い放った。
「お前の歌は、計算が合っていない」
「……何だって?」
シオンの穏やかな微笑みが、初めてピキリと凍りついた。
「お前は人類の思考ログを限界まで『圧縮』して神を創ると言った。だが、言葉や感情ってのはデジタルなデータじゃない。リアが今出しているような不器用な生の声、迷い、嘘、割り切れない矛盾……それら全てが『人間というバグ(変数)』だ」
カイは自身の胸を叩く。
「お前の圧縮アルゴリズムは、その『矛盾』をノイズとして完全に切り捨てている。お前が創ろうとしている神の中に、人間の『魂』を入れる空き容量なんて最初から残っちゃいないんだよ。お前がやろうとしているのは、セーブじゃない。人類という種の『完全な消去』だ!」
3. 土壇場の和解
「黙れ……! 黙れ黙れ黙れ!!」
シオンが激昂した。完璧を自負する彼の頭脳が、カイの指摘した「論理の致命的な欠陥」を拒絶するように激しい拒絶反応を起こす。ドローンの残骸から、シオンの暴走した精神波が黒い雷となって溢れ出し、周囲の空間ごとカイたちを巻き込んで自爆しようと膨れ上がった。
「くっ、暴走したか……!?」
エドワードが身構えるが、この規模の精神負荷の爆発は物理的な鉄パイプでは防げない。
「(シオン、聴いて……!)」
その時、リアが前に出た。彼女はかつての聖詠学院でのライバルであり、自分と同じようにシステムに翻弄されたシオンに向けて、喉が張り裂けんばかりの生声を放った。
『W-A-K-E』
「——《 W・A・K・E!! 》」
カイは即座にリアの「声の波形」に合わせ、指先で空中に覚醒の逆数式を走らせた。二人の意志が、暴走するシオンの精神波の周波数と土壇場でカチリと噛み合う(同期する)。かつては敵対していた二人の、しかし同じ「文字の深淵」を知る者同士の奇妙な共鳴。リアの掠れた不協和音の叫びが、シオンの頭脳に冷徹な論理の楔を打ち込み、暴走するエネルギーを急速に減衰させていく。
4. 決別、そしてノイズの海へ
ハッとして正気を取り戻したシオンは、ホログラム越しにリアとカイの姿を見つめた。爆発のエネルギーは霧散し、ドローンのプロジェクターが完全に寿命を迎えて明滅を始める。
「……僕の計算が、間違っているだと……? 僕が人類を消去しようとしている……?」
シオンは自分の手を見つめ、血を吐くように笑った。
「面白い。なら、どちらの数式が世界を救うか……バックアップ・セクターで答え合わせをしよう、カイ、リア」
プツン、とホログラムが完全に消滅した。静寂が戻った荒野で、エドワードが大きなため息をつく。
「……やれやれ、とんだイカれ野郎だ。だが、これで奴がどこへ向かうかはハッキリしたな」
「ああ。急ぐぞ」
カイはリアの肩を抱き、再び歩き出した。街道の先には、強烈な磁気嵐と灰色の霧が渦巻く、人類未踏の領域『無音の旧市街』がその口を開けて待っていた。




