一
尾張の織田信秀には男十二人女十二人の、合わせて二四人もの子があった。
この頃は、多くの妻をもち多く子を為すのは、世継ぎの問題もあり普通のことだったが、それにしても多い。
天文年間初期のある時、信秀は国の中央部、那古野に堅固な城を築くよう命じ、その城に三男であり嫡男の吉法師を住まわせた。
そして宿老として林新五郎秀貞、平手中務丞政秀らを付けた。
また吉法師の守役を平手に任せた。
信秀は那古野の城を吉法師に譲り、自分は熱田神宮近くの古渡という所へ新しく城を築くこととした。
この吉法師が後の信長である。
吉法師の母は正室の土田御前で、同母弟妹に信勝、市らがいる。
二四人も居れば十人十色は当然のこと。優れた者もあれば、そうでない者もあった。
信長は嫡男ではあったが、同時にうつけで有名であった。
天文十五年に十三歳で元服。吉法師から三郎信長に名を改めてからも、それは変わりなかった。
信長の十六の頃の身形として記録にあるものだが、湯帷子の袖を片脱ぎにし、半袴を身に付け、腰には火打ち袋やら何やらをたくさん佩びていて、髪形は茶筅髷。それを紅や萌葱の糸で巻き立てて結い上げ、朱鞘の太刀を差していたというものである。
異様な風体で、目立つことこの上ない。
更に目立つことに、伴の者らには皆揃って朱色の武具を身につけさせていた。
そんな者たちを引き連れて何をするかと言えば無論のこと、武芸である。
市川大介という者を召し寄せては弓の稽古に没頭し、橋本一巴を師匠として鉄砲の稽古に励む。更には平田三位を絶えず召し寄せては兵法の稽古に耽ふける。
それに鷹狩りに専心していた。とはいえそれは形式に則ったものではなく、傍から見れば鳥さえ取れればよいという乱雑なものであった。
特に見苦しかったこと記されているのが、町を行く際の振る舞いである。
人目を憚はばからず、栗、柿は言うまでもなく瓜にまで齧り付く。
また町中で立ちながら餅を頬張り、人に寄り掛かり、常に人の肩にぶらさがりながら歩いていたという。
大うつけたる所以である。
一方信長の二歳下の弟、勘十郎信勝は大変に見目麗しく、立ち居振る舞いも申し分なかったと記録に残っている。
織田家の者は総じて見目が良かったが、その中でも特に優れていた。
卵形の輪郭。白皙の額には秀麗な眉が形よく収まっている。
涼しげな目許に長い睫毛。すらりと通った鼻筋。
やや薄めの唇は常に笑みを湛えているように穏やかに結ばれていた。
身のこなしは、細かい所まで行き届いて丁寧で。
ぴんと背筋を伸ばし、乱雑な所がない。
兄と同じく鷹狩りを好んだが、こちらは所謂いわゆる正しい鷹狩りであった。
更には気も優しく、誰からも好かれる性分であったという。
それ故に、母である土田御前は傍目にも明らかに信勝を溺愛し、お家の為ならば信長廃嫡はいちゃくも致し方なしとまで口にしている。
その度毎に信勝は母を諫いさめ、兄を支え申し上げるのが弟の務めと口にする。
その健気な振る舞いにますますのこと、信勝が可愛く思える土田御前であった。
「母上は私に甘過ぎるのです」
信勝はいつも苦笑する。
「お優しいこと。お前様の兄は奔放が過ぎるという範疇に当てはまりすらしないのですよ。兄と弟と、逆であったならといつも思います」
「母上、お言葉が過ぎますよ」
優しく諭す信勝に、土田御前はまた溜め息を吐ついた。
「本当に逆であったなら……。信勝殿、美濃の蝮の娘の件を、既にお聞き及びかしら」
信勝はにこりと笑った。
「大変にお美しい方だそうですね。此度こたび兄上との縁談が纏まとまったとか」
美濃の蝮こと斎藤道三の娘、帰蝶は信長の一つ年下であった。
この縁組が整ったのは平手政秀の働きである。
東に駿河するがの今川、松平。北に美濃の斎藤。国内に同族である織田大和守家。
四面楚歌の織田弾正忠家には強力な盟友が必要だった。
そして、嫡男とはいえ何かと評判の悪い信長にも。
「殿は信長殿の地位を確たるものにしたいのでしょうね。美濃の蝮を後見とすれば、家督はまず間違いなく信長殿に決まりましょう」
「弾正忠家も安泰となりましょうな」
「そうとなれば、どんなにかわたくしの気も楽でしょうに」
信勝はそうっと微笑んだ。
「楽にはなりませぬか」
「なりませぬな。お前様に蝮の娘を娶めあわせたならば、お家も盤石。さすれば気も楽になりましょうが。見目麗しい者同士、さぞ似合いの夫婦となりましょうに」
「私には聊か嫁は早いです」
苦笑を深くするしかない信勝である。
美濃の蝮殿は姫君と兄上との婚礼を足掛かりに、尾張一円を手に入れる算段なのでしょうね、などとは言えはしまい。
うつけと名高い兄を呑み込み、或いは殺害するつもりで帰蝶を送りこんでくるだろう。
言えば母はますます、信長廃嫡に燃え上がることは目に見えている。
だが信勝では蝮の娘を抑えられる自信はなかった。
兄はうつけと名高いが、その器は誰よりも大きいと信勝は思っていた。
信長ならば、きっと蝮だろうと鬼だろうと取り込んでしまえるのではないかとすら。
そのくらい、大きい。
兄のうつけが「ふり」なのか素なのかは、信勝には量りかねた。
凡人には遠く及ばぬ境地である。
「信長殿も、もう少し身形に気を使いなされば宜しいのです。折角元は麗しく産んで差し上げたものを……」
黙っていれば信長も眉目秀麗な凛々しい若者に見える。
筈である。
黙ってさえいれば。
「帰蝶殿は才色兼備と名高い方。嫁に迎えれば兄上も落ち着かれるやもしれませんよ」
「落ち着くと思いますか」
胡乱な眼差しの母に、信勝はぺこりと頭を下げた。
そうすると十三歳の少年らしい悪戯っぽい表情である。
「申し訳ありません。心にも無いことを申し上げました」
「ええ、ええ。そうでしょうとも」
土田御前は扇で口元を隠し、深々と溜め息を吐ついた。
信勝は信長が大好きだったと思うのです。自分に出来ないことをやってのけてしまう兄はきっと眩しかったろうと。




