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禁域に至る咎・上

「行儀悪いよ。紫雫久」


 朝食の席で、柚珠葉は目の前の奇妙な光景を咎めた。

 紫雫久は小鉢の煮豆を、ひと粒ずつ、ひどく慎重に箸で摘んでいる。

 しかも利き手ではない左手で。


「……左も利き手になったら、かっこよくね?」


 豆から目を離さぬまま、ゆっくりと口へ運ぶ。


「かっこ……いいかな?」

「一瞬迷ったな」


 誤魔化すように柚珠葉は味噌汁を啜る。


「今日から俺、右手使わないから」

「別にいいけど……物壊したりしないでよ」


 ――また始まった。


 柚珠葉は小さく息を吐く。

 変なところで意地を張り、思い立ったら最後までやり切る。その癖は、子どもの頃から変わらない。


「そういえばさ、今日は……来るんだよね?」


 そう言った瞬間、紫雫久の箸が止まった。


「え、あー……」


 歯切れの悪い沈黙。

 最近、紫雫久は稽古に顔を出していない。


 怪我がどうだの、新しい型がどうだのと理由をつけ、剣堂には来ても稽古には混ざらない。

 そして今は――そもそも姿を見せなくなった。


「あー……その、花衣霞と行くとこがあって。今日は……」


 まただ。


 “花衣霞が”“花衣霞と”“花衣霞が言うには”。


 その名前を聞くたび、胸の奥がじくりと痛む。


「……また、佐藤花衣霞?」


 沢庵を見つめたまま、感情を押し殺して言う。

 どうしてこんなにも、心がざわつくのか。柚珠葉にはまだ分からない。


 俯いたまま食事を続けると、その空気を察したのか、紫雫久は慌ただしく立ち上がった。


「ごちそうさん!」


 皿がかすかに揺れるのも構わず、足早に出ていく背中。


(……最近、ずっとこうだ)


 喧嘩とは違う。

 けれど、どこかで互いに目を逸らしているような、そんな距離。



 あんなに急いで、骨まで食ったのではないかと、紫雫久の食器に目をやる。

 だが、魚はきれいに食べられ、骨だけが皿の上に残っていた。





 《第七章:禁域に至る咎・上》





 さらさらと、微かに葉擦れの音が響く竹林の奥。

 その只中に、紫雫久は静かに瞼を伏せ、ひとり佇んでいた。


 風が止んだ、その一瞬。


 鋭く目を開き、腰を捻って刀を振り抜く。


 空気を裂く鋭音とともに、斬撃が奔る。

 直後、周囲の竹が一斉にざわめき、乾いた音を立てて大きく揺れた。



「……だいぶ、落ちたな」


 吐息交じりに呟き、紫雫久はゆっくりと刀を収めた。


 いつもなら、この一閃で周囲の竹は根元から薙ぎ払われていた。

 それが今は、揺れるだけで立ったままだ。


 否応なく突きつけられる現実に、奥歯が噛み締められる。



 異変は、あの日

 朧面主に呪いを刻まれてから、少しずつ、確実に。



 目覚めた直後は、左腕の痛み以外に変わったところはなかった。

 変色していた右手も、朝には元に戻っていた。


 だが、それはただの始まりに過ぎなかった。


 日を追うごとに、握力が削られていく。

 力を込めようとするたび、指先に力が逃げる。

 今朝に至っては、戸を開けるだけで息が詰まり、流石に肝が冷えた。


(……このままじゃ、いつ刀が振れなくなってもおかしくない)


 命を狙われていると知った今、これは致命的だった。


 この呪いの正体を探るため、紫雫久はここ数日、密かに動いていた。

 そのことを柚珠葉には話していない。


 ――話せるはずがなかった。


 呪いから生き延びただけでも危うい。

 もし詳しく話せば、今度こそ彼まで巻き込んでしまう。


(柚怒るかなぁ……。いや、怒ってくれる方がマシか)


 そう胸中で呟きながら、紫雫久は踵を返した。






 刃浦の地には、栄えた街と同じ数だけ、踏み入ってはならぬ場所がある。


 そのひとつが――無明野(むあきの)


 向井領と黒木領の境に広がる、山と崖に囲まれた死地。

 入口は巧妙に隠され、常に黒い靄が漂う。


 人の寄りつけぬ土地。


 かつて、山賊に襲われた村を救った折。

 礼代わりに老爺が語った言葉が無ければ、こうして足を踏み入れることは叶わなかっただろう。


 ――強い呪いを受けたなら、無明野へ行け。


 当時は半ば怪談話のように聞いていた話を頼る日が来るとは。

 苦々しさが、思わず足音に現れてしまう。




 靄を抜けた先に広がっていたのは、小さな集落だった。


 崖を抉るようにひらかれた集落に人の気配はなく、どれも空き家のように静まり返っている。

 濃い霧が視界を曇らせ、足音だけが不気味に響く。


 老爺曰く、この死地にはとある呪詛師が隠れ住んでいる。

 その呪詛師の性別、年齢、容姿は全くわからないが、必ず願いを叶えるという。


(……本当に、こんなところに人がいるのか?)


 疑念が浮かぶが、引き返すつもりはない。

 歩を進めた、そのとき。


 視界の端を、影が走った。


「――待て!」


 反射的に駆け出す。



 家々の隙間を縫い、右へ、左へ。

 追うたびに、影は霧に溶け、また別の角で現れる。


 捕まえられそうで、決して届かない。

 まるで黒い蝶を追っているかのような、頼りない追走。


 どれほど走ったのか。

 方向感覚すら曖昧になった、その時――


 視界が、唐突に開けた。


「……っ」


 足元が、ぬちゃりと沈む。


 反射的に引いた視線の先。

 そこには、赤黒い水を湛えた沼が広がっていた。



 鼻を突く、土と血の混じった臭い。

 その縁を囲むように、黒い天竺牡丹が静かに咲き、異様なまでの美しさを放つ。


 そして沼の中央には、小さな小屋がぽつりと浮かんでいた。


 かかる橋はどこにも無い。

 紫雫久の親指が、中指の爪を擦る。


 半歩触れかけただけで、じくじくと痛みを発する右足。浸かり、歩いていくのは不可能だろう。

 沼の周囲には天竺牡丹が咲くのみで、橋の起動になりそうな杭や縄の仕掛けも無い。

 不自然な祠も無い。隠されたからくりの類も無さそうだ。


 紫雫久は、足元の石を拾い水を切る。

 水面を跳ねる石は、五、六、七……と跳ね続け、小屋までの距離はおおよそ…………


「うわ、まじか」


 思わず呟いた。

 小石に揺れる水面を月光が照らす。

 その波紋の隙間に、()()()()()()()()()が見えた。



「あー……これで駄目なら……柚、悪い」


 月を仰ぎ、小さく手を合わせてから、一歩踏み出した。




「――ッ!」


 瞬間、足元が焼ける。


 泡立つような感触と共に、激痛が走った。

 血管が一本ずつ弾けるような錯覚。


 一歩。

 二歩。


 三歩目で、足を取られた。


 視界が反転し、一気に身体が沈む。


 だが落下の感覚はない。

 全身が溶け出すような、まるで花火の中に放り込まれたような光に包まれ、次の瞬間――


 どさり、と硬い床に叩きつけられた。



 息を詰めて起き上がる。


 そこは、屋敷の一室だった。


 先ほどまで泥に沈んでいたはずの身体は、汚れひとつない。

 濡れた感触すら残っていなかった。


 不思議そうに手を閉じたり開いたりしている間に、ぼう、と明かりが灯る。



 雑然とした室内。

 物が散乱する中で、ただ一箇所だけ――


 まるで清流が流れているかのように澄んだ空間があった。


 その中央に、ひとり。


 静かに、こちらを見据える人影が座していた。





「――ようこそ、常世の(いおり)へ。お前の願いは、何だ?」


 囁くような声だった。

 それなのに、耳の奥に直接流し込まれるように、はっきりと響く。


 思わず一歩、踏み出す。

 だが床に散らばる器や書、得体の知れない器具に足を取られ、それ以上近づくことは叶わなかった。


「あんたが……綺夜(きや)か?」


「いかにも」


 返事は、ひどく甘やかだった。


 低く、柔らかく、絡みつくような声音。

 警戒心を削ぎ落とし、思考を鈍らせる――それでいて、抗えない妖しさを孕んでいる。


 上段に座す姿は凛としている。

 微笑みは穏やかで、まるで仏の慈悲のようですらあった。


 ――けれど。


 その奥に潜むものが、ひどく歪んでいることを、紫雫久は本能で悟っていた。


「この世の呪いについて、右に出る者はいないと聞いた」

「ええ。呪いとは普遍ですから」


 綺夜はゆっくりと指を組み、言葉を紡ぐ。


「人が人と交われば、情が生まれます。愛が芽吹き、やがて憎が育つ。

 私はただ……それに水をやるのが、少しばかり得意なだけ」


 言葉の一つひとつを、指先で撫でるような仕草。

 どこか幼さを残した所作なのに、妙に生々しい。


 その底の知れない雰囲気への既視感に、紫雫久の背筋が粟立つ。



「……お前の右腕」


 す、と指が伸びる。


「もう、剣に喰われているね?」


 心臓が跳ねた。


刃触(じしょく)の毒袋を斬ったな」


「……解けるのか?」

 声が、僅かに震える。

「それが、俺の望みだ」


 綺夜は目を細めた。

 その表情は、どこか愉しげで――慈しむようでもあった。


 次の瞬間。


 ふわり、と風が巻く。


 身体が宙に浮き、抗う間もなく前へと引き寄せられた。

 受け身を取る暇もなく床へ転がされ、右腕だけが、何かに導かれるように突き出される。




 綺夜は、その腕を取った。


 まるで壊れ物を扱うかのように、やさしく。

 それでいて、逃がさぬ確かさで。


 手のひらを上に向けさせると、長く鋭い爪を――


 す、と。


 一直線に滑らせた。


「――ッ」


 赤い線が走り、遅れて血が滲み出す。

 その傷に、綺夜は顔を寄せた。


 薄い舌が、ぬるりと血を舐め取る。


 ぞくり、と背筋を悪寒が駆け抜ける。


 引き抜こうとしても、腕は微動だにしない。

 まるで地に縫い止められたかのようだ。


 綺夜は、ゆっくり、何度も、味わうように血を舐めた。

 まるで“食事”でもするかのように。


 そのたび、右腕は赤みを帯び、熱が走る。

 呪われたあの夜と同じ、内側から焼かれるような感覚。


「……っ、あ……ぁ……」


 息が乱れ、視界が揺れる。


 やがて綺夜は、名残惜しそうに顔を上げた。

 口元を舌で拭いながら、恍惚とした笑みを浮かべる。



「ぅぐッ……、……あ゙」


 手を放され、身体の圧が解ける。

 だが、右腕の痛みだけは消えない。



 痛みを逃がそうと荒い息を吐き、冷たい床に身を投げ出した紫雫久に、綺夜はゆっくりと言葉をかけた。


「――“剣喰(けんぐい)”という呪いをかけるには、まず毒の袋を用意します」


 その声音は淡々としている。

 まるで古い薬草の効能を語るかのように、感情の起伏がない。


「毎日、刃触(じしょく)の毒を服用させ、全身を毒で満たした人間を作るんです。これがなかなか手間でしてね。……私は、わざわざやろうとは思いません」


 語られる内容とは裏腹に、その表情は穏やかだった。

 まるで今朝仕入れた野菜の鮮度を確かめるような、気軽ささえ帯びている。


「丹精込めて作った毒袋を、対象者が刀で貫く。するとその血を介して刃が侵され、握る手を汚染する。そうして――呪いがかかる」


 そこで、視線が落ちる。

 床に伏す紫雫久へと。


「……そう、やられたのでしょう?」


 静かに、断定するように。


「――()()()()




 心臓が跳ねた。

 紫雫久は痛みを忘れたまま、綺夜を睨み据える。

 それが、今できる精一杯だった。


「どうしてその名を、という顔ですね」


 綺夜は微笑む。


「彼は、私の弟子筋でした。……今は、絶縁状態ですが。

 おおよそあの狸親父に大金でも積まれたのでしょう。お上りさんのくせに、喜んで裏切っていきましたよ」


 淡々とした口調が、かえって不気味だった。


「だから、()()()()()()()


「――は?」


 思わず息が止まる。


 “できない”ではない。

 “しない”と言ったのだ。


「正直、見るのも悍ましい。彼の痕跡など、汚物でしかありませんから」


「お前らの因縁なんか知るものか……っ。俺は、解いてもらわないと困るんだよ」


 紫雫久は歯を食いしばり、痛む右手を押さえて身体を起こす。

 そのまま刀へと手を伸ばした。


「脅すようだが、こっちも命がかかってる」


「……まあ、焦らずともお前の進むべき運命はもう、廻っていますから」


 次の瞬間。


 踏み込んだはずの脚から、力が抜けた。


 がくり、と膝が崩れ、その場に縫い止められるように跪く。


「ここで、そんな勝手は許しませんよ」


 顎を掬われる。

 指先が肌をなぞり、くすぐるように触れた。


「……お前はもう、私の腹の中で――」




 ――その言葉が終わるより早く。


 すぱん、と鋭い音が走った。


 血飛沫が宙を舞う。


 紫雫久が、刀を振り抜いたのだ。



「ふふ……この拘束を、跳ね除けますか」


 綺夜は、血を滴らせた腕を気にも留めず、薄く笑った。

 まるでその傷すら、愉悦の一部であるかのように。


 紫雫久は床に突き刺した刀を支点に、体を捻る。

 軋む筋肉を無理やり引き絞り、そのまま蹴り上げた。


 爪先は紙一重で躱される。

 だが勢いを殺さず、回転のまま身を翻し、刀を振り抜く。


 ――ず、と鈍い感触。


 刃が脇腹を裂き、綺夜の体勢が僅かに崩れた。


 今だ。


 紫雫久は踏み込む。

 間合いを詰め、掴みかかる。


 左手が、確かに綺夜の喉を捉えた――その、はずだった。




 次の瞬間、世界が裏返る。


「――くそっ、待て!」


 視界が反転し、体が宙を舞う。

 背中から叩きつけられる感覚。

 息が詰まり、肺が悲鳴を上げた。


 何をされたのか、わからない。

 術か、力か、それとも――。


「呪いは解きませんが」


 綺夜の声が、上から降ってくる。


()()()()()()()()について、手がかりをあげましょう」




 どぷん、と。


 体が沈む。


 冷たい感触が一気に全身を包み込み、紫雫久は理解した。

 ――沼だ。

 来た時と同じ、血の匂いを孕んだ、あの底なしの沼。


「“帰郷骨(ききょうこつ)”です。……きっと、お役に立ちますよ」


 粘つく泥が足に絡みつく。

 もがけばもがくほど、沈み込む。


 まるで、背後から無数の手が伸び、引きずり込もうとしているかのように。


「待て……話は終わってない!」


 必死に叫ぶ。


「俺は、何に巻き込まれてる!? もうひとつの呪いって、何だ――!」


 声は濁流に呑まれ、掻き消えた。


 視界は黒く滲み、

 意識は泥の底へと引き摺り込まれていく。


 やがて、すべてが闇に沈んだ。







「――はっ!」


 紫雫久は、息を呑んで跳ね起きた。


 視界に飛び込んできたのは、見覚えのある無明野の入り口。

 あたりに人の気配はなく、湿った風だけが静かに吹き抜けている。


 上体を起こし、周囲を見渡す。

 だが、先ほどまで確かにあったはずの道は、どこにも見当たらなかった。


 否――正確には、“閉じられて”いた。


 ここへ至るための条件が、すでに失われている。

 そう直感できるほど、空気が変わっていた。


「……ここまで来て、無駄足か」


 吐き捨てるように呟く。


 胸の奥に、じわりと焦りが広がっていく。

 右手の力が失われ始めてから、どうにも心が落ち着かない。

 時間が、確実に削られている感覚だけがあった。


 そのとき、左手に違和感を覚えた。


 開いてみると、小さな骨――誰のともわからない小指の骨が、しっかりと握られている。



 ――「“帰郷骨(ききょうこつ)”です。……きっと、お役に立ちますよ」



 沼へ突き落とされる直前、綺夜が告げた言葉が蘇る。


 これが、“もうひとつの呪い”に関わるものなのだろう。

 そう理解はできても、実感が伴わない。


「……もうひとつ、だと?」


 右手の呪いだけではないというのか。

 だが、自覚はない。異変も、思い当たらない。

 


 答えの出ない思考を振り払うように、紫雫久は深く息を吐いた。


「……一旦、頭を冷やそう」


 苛立ちを押し殺し、踵を返す。


 

 そのときはまだ、知らなかった。

 すでに、事態は彼の知らぬところで大きく動き出していることを。






 向井領へ戻ると、空気が妙にざわついていた。


 人の往来は多いのに、どこか落ち着きがない。

 声はひそめられ、視線はせわしなく動いている。


「なぁ、なんかあったのか?」


 浜ゆら庵で、紫雫久はさよに声をかけた。


「紫雫久ちゃん、知らないの? 今、黒木も福田も大変なのよ」

「……黒木と福田が? どうして?」


「領主家が襲われたって」


「襲撃? なんでわざわざ……」


 刃浦では、決して珍しい話ではない。

 力こそが正義で、下剋上は恥でも罪でもない。


 だが――。


 今の五参家は、どこも盤石だった。

 無闇に牙を剥けば、返り討ちに遭うのは目に見えている。


 それが、なぜ今。


 しかも、二領続けて。


「どっちもかなり荒れたらしいわ。屋敷も相当やられたって」

「あいつら、そう簡単にやられるほど甘くないだろ……」


 瑪瑙羽はさておき、兄弟子たちの実力は確かだ。その一人、蒼鉄(そうてつ)は先の試験で剣警の資格を得ていたはず。

 黒木家に至っては、相当な内部事情を知らなければ踏み込むことすら難しい。


 

「――奥の間まで入られたらしい」

「――福田は秘蔵の品を盗られたってよ」

「――そろそろ、五参家も入れ替わりか?」


 ひそひそと交わされる声が、嫌に耳につく。


 胸の奥で、嫌な予感が膨らんでいった。


 

「紫雫久ちゃんも気をつけてね。高瀬でも婚儀が邪魔されたって話――」

「それは……」


 言いかけた瞬間。


「紫雫久!!」


 張り裂けるような声が、耳をつんざく。


 

 振り向くと、息を切らした柚珠葉が立っていた。

 顔色は青く、肩で荒く息をしている。


「あ、いや、これは別に稽古をふけて、さよちゃんと話してたわけじゃ――」


「父上が……!」


 柚珠葉は紫雫久の胸倉を掴み、必死に訴える。


「父上が……高瀬に……!」


 喉が詰まり、言葉が途切れる。


 次の瞬間、絞り出すように告げた。


 

「……拘束された」




 その一言で、空気が凍りついた。


 足元が音を立てて崩れ始めるような。


 ――何かが確実に、心臓に手をかけようとしている。


 紫雫久は、そう直感していた。


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