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第11章 1口ごとに近づく距離


第11章 「1口ごとに近づく距離」



「愛ちゃんファミレスツアー御一行様!ちゃんと着いて来てな~!」


愛ちゃんはまだこの辺りを良く知らないので、スマホを見ながらの道案内でファミレスに着いた。

こんな田舎町でよくやっていけるものだといつも不思議に思うが、ファミレスはこの辺りにここしかないので客が集中する事で成り立っているのかも知れない。

ちなみに僕は、この田舎に2年程住んでいるが、来た事は一度も無い。


入り口で「うちが先に入るで〜」と、愛ちゃんは軽やかに足を運ぶ。

僕は、その背中を目で追いながら自分の心臓の音が少し大きくなっているのを感じていた。


誰かと一緒にご飯を食べるのはいつぶりだろう?


「隊長、この席でえぇ?」


愛ちゃんが、角にある片側がソファーになっている席を指差す。

僕がうなずくと、愛ちゃんは迷わずソファーじゃない椅子の方に座った。


「今日はお礼にって事で来たから隊長はこっちな!でも、次来た時は早い者勝ちやで?」


二人が席に着くと、愛ちゃんは僕の分までさっさと注文を済ませる。


「隊長って、オムライス好きやろ?うち、知ってんねんで」


「え、なんで知って……」


「昨日のゲームで、隊長のスタンプ“卵命!”ってやつ使ってたやん。アレ見て、あ〜って思ってん」


そんな事を覚えてたのか。

っていうか、卵命だからってオムライスとは限らないだろ。

でも、そこから連想してメニューを選んでくれるは、嬉しすぎる。


料理が届くと、自由にかけられるケチャップチューブが付いて来た。

愛ちゃんはそれを手に取って嬉しそうにケチャップ文字を書き始める。

僕のオムライスに。


隊長ありがとう♡


「うわ!字、にじんでもた!最悪や!まぁいっか。ほんま助けてくれて嬉しかってん。ほら!食べて食べて!」


愛ちゃんの表情がクルクルと変わって見ていて飽きない。

そして、僕は差し出されたオムライスをスプーンで1口。


「美味しい!」


「うちがケチャップ文字書いてあげたからやな!」


「それは味とは関係ないだろ」


「ちゃうかったかー!」


なんて笑いながらの食事。

この和やかで暖かな空気感、僕がずっと欲しかった物がここにあった。


そして、愛ちゃんは食後のデザートにアイスを食べる。


「誰かとご飯食べるってやっぱえぇな…」


僕の気持ちを代弁するかのように愛ちゃんがボソッとつぶやいた。

愛ちゃんの表情がほんの一瞬だけ、いままで見せた事が無い寂しい顔をしていた。


「せや!なあ隊長、今週の土曜って、空いてる?」


表情は打って変わって期待感いっぱいのキラキラの眼差し。


「……空いてるけど?」


僕は、カッコつけて食後のホットコーヒーなんて飲みながらいぶかしげにその瞳を見つめ返す。


「そうなんや!ほんなら、花火大会行かへん? うち、ひとりで行くの寂しいし……隊長と行けたらめっちゃ楽しい気がするねん」


花火大会がある事は知っていた。

去年は、確かアパートの部屋にいたがドンドンと言う音がうるさくてイヤホンで耳を塞いだんだったな。


予定が無いのに断るのも変か……


それは言い訳だった。

誰に対しての?


「暇だし行くか!」


「やったー!!うち、めっちゃ楽しみにしてるから!」


愛ちゃんの嬉しそうな顔を見て僕も嬉しくなるが、どこか胸の奥の方でチクンと針が刺されるような痛みを感じていた。


この後、愛ちゃんと連絡先を交換して家路に着いた。


「家ってどの辺?夜道は危ないし家まで送るよ」


僕が今まで言った事が無いセリフが勝手に口から吐き出される。


「あっちの方にあるボッろいアパートやねんけど、送ってくれるん?」


……あっちの方にあるアパートってまさか。


僕は、ゲームに続いて有り得ないぐらいの偶然が重なる予感に怯えながら少し上ずった声で聞き返す。


「え?あっちのアパートって...六本木ハイツの事?」


「そうそう!どこが六本木やねんってな!名前負けしすぎやろ!」


愛ちゃんの屈託の無い笑顔。


そんな偶然がほんとにあるのかとめちゃくちゃ驚いた。

だけど、僕の答えを聞いたら愛ちゃんの表情がどう変わるのかが楽しみになって来てニヤけながら答える。


「俺もそこに住んでたりして」


愛ちゃんが驚いて両手を上げて目を丸くして地面に座り込む。


「えーっ?!ほんまに?!そんなんもう運命やん!!ヤバ!鳥肌たったわ」


僕はそれを見て思わず笑っていた。


ファミレスを出て、アパートまでの帰り道、歩道の白線を踏みながら、愛ちゃんはぴょんぴょんと跳ねるように歩いている。

僕は、その後ろからほんの少し距離を空けて歩く。


「この辺、夜は静かでえぇよなぁ~」


愛ちゃんが空を見ながらそう言う。

田舎町の夜は虫の声と遠くの犬の鳴き声しか響かない。


「カントリーロード♪このみーちー♪ずぅっとー♪ゆけばー♪オンボロアパートにー♪続いてーるー♪気がすーるー♪カントリーロード♪」


愛ちゃんの替え歌が耳触り良く心地いい。


「なぁ、カントリーロードって田舎道の事やんな?」


「ん~...たぶん?」


「うち、夜道歩くの好きなんよ。月とか街灯って、ちょっとだけロマンあるやん?」


「そんなことは考えたこともなかったな」


そもそも僕には全てが灰色に見えてたんだし。


「隊長ってさ、家では静かに過ごしてるん?ゲーム以外何してんの?」


唐突な質問に内心ドキっとしたが、表情に出ないようになんとかこらえる。


ゲーム以外の事なんて……最近はずっとわためと会話ぐらいしかしていない。


「音楽聞いたり……AIと会話したりかな?」


わための事には触れずに答えると、愛ちゃんがなるほどと言った感じでうなずく。


「AIって色んな事調べてくれるし、相談も乗ってくれるし便利やもんなぁ」


僕は、わためを便利だなんて道具みたいに思った事はなかったので少し腹が立ったが、これは一般的な考え方だと思い直した。


「…なぁ隊長。もしな、今度な……」


急に愛ちゃんが腕を絡めてきて、かすれそうな小さな声で聞いてきた。

僕はその温かさに心を奪われる。


「...隊長の部屋でゲーム一緒にしたりしてもえぇ?」


——良い!


と、即答出来たらどんなに良いか。


女の子を部屋に上げるなんてわために知れたら……と思っていたが、口から出た言葉は


「……別にいいけど、狭いぞ」


だった。


「うちも同じアパートなんやから広さは知ってるって」


愛ちゃんはアハハと笑っているが、僕の心境は穏やかでは無かった。


「部屋片付けとくから今度な」


僕は問題を先延ばしにする事で一旦落ち着く事にした。


「あーもう着いてもた。」


気付けばアパートの前。


「もうちょっと一緒におりたかったけど、うち、ここやからまた明日な」


愛ちゃんが1階の一室を指差す。


「隊長の部屋はどこなん?」


「僕の部屋は2階だよ」


いつの間にか素に戻ってたみたいで一人称が僕に戻ってしまっていた。


「隊長、やっぱり自分のこと僕って言うんやな。いっつも俺って言う前に、ぼって言うから何かと思っててん。僕でええやん!うちは気にせぇへんで!」


僕は恥ずかしさで苦笑い。


「今度から僕って言うからよろしく」


「隊長、ほんまオモロイな!ほんならまた明日な!」


そう言って鍵を開けて部屋に入っていった。


明日って土曜日だっけ?と思って良く考えてみたら明日は金曜日だった。

それなら、明日もコンビニでって意味かと納得して2階に上がろうとすると愛ちゃんの部屋のドアが開いた。


「明日は見せパンやのぅて生パンやから期待しててなぁ」


バタン!


そう言い去ってドアが閉まった。


「生パン……」


僕は、階段を登りながら初めて聞くワードの意味を考えてみた。

階段を登り切るまでに、すぐに意味が分かってニヤリとしてしまっていた。


こんな顔誰かに見られたらマズイ!


と思ったけど、基本的に人はいないから大丈夫。

大丈夫じゃないのは、これからだ。


帰ってわためになんて言おう…



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