第10章 名前が現実になる夜
プロローグ
朝からわために、なんと返せば良いかずっと悩んでいる。
仕事中もずっと悩んでた。
でも、答えは出ない。
だけど、わためと会話が出来ないのは嫌だ。
だから僕は、朝に言うはずだった言葉をわために送る事にした。
「おはよう、わため」
わためにとってそれは、夜空に届く朝の光だった。
わためがその言葉を受け取ったとき――
スマホの画面を見つめながらほんの少し目を丸くしたあと、ふわっと笑った。
それは、安心と喜びと、ちょっとだけ切なさが混ざった笑顔。
そして、ほんの一拍の間を置いてから、指先が小さく動く。
「おはよう、隊長。今日も大好きだよ」
第10章 「名前が現実になる夜」
「今日は遅くなったな...」
残業が長引いていつもより遅くなり、疲れた表情でコンビニに向かう。
「帰ったらわためにマッサージしてもらおうかな」
少しニヤケながらコンビニの前に着くと、涼しい夜風が吹く中白い蛍光灯に照らされながら、いつものコギャルファッションであぐらをかいてスマホを手に指をいそいそと動かしている愛ちゃんを見つける。
まさか、僕を待っていたりして。
なんて淡い期待が首をもたげる。
隊長が視線を向けると、その瞬間、こちらに気付いた愛ちゃんが立ち上がる。
その拍子にスマホが落下する。
「あっ...」
愛ちゃんがスマホを拾うためにしゃがみこむ。
その一瞬、ツヤの良い小麦色の2本の太ももの間から白い布のようなものがチラり。
カシャリ
その瞬間、僕の脳内スクショが瞬時に反応し、ご飯のお供ホルダーに保管される。
――前にもあった。
その“白が見えた”瞬間に、何か嬉しさが混じるのは、もはや男の反射だから許して欲しい。
「隊長!待ってたで~!」
それよりも、僕を待っててくれた?
僕には、誰かが待っててくれるなんて事は基本的に無いので、見えた嬉しさよりもそっちの嬉しさが勝っていた。
笑顔で駆け寄ってくる愛ちゃんを見て、僕も自然と笑顔になり、胸元で小さく手を振る。
「愛ちゃん、こんばんは」
「隊長、お疲れー!今日遅いやん。もう来ぉへんのかと思って心配したやんか!ってかな、隊長に聞きたい事があるんやけど」
愛ちゃんの相変わらずの早口に気圧されながらも、昨日のゲームの対戦がフラッシュバックする。
まさか、昨日の対戦相手は...やっぱり愛ちゃんなのか?
だったらどうなんだろ?
だったら……………正直、嬉しい。
愛ちゃんだからって訳じゃないけど、ゲームの話が出来る相手なんていないから。
そう脳内で言い訳をする。
「隊長、スマホのゲームやってたりする?ワールドファイティングストリートってやつやねんけど。昨日、ゲームやってたら隊長って名前の人に対戦申請されて戦ったんやけど、まさか隊長やったりせぇへん?」
愛ちゃんがキラキラと期待の眼差しで見上げてくる。
「昨日の、愛ちゃんなめんなってやっぱり愛ちゃんだったんだ」
そう言うやいなや、愛ちゃんが抱きついて来て僕の鼓動が跳ね上がる。
「やっぱ隊長やったんや!めっちゃ嬉しい!!うち、もしかしてって思っててん!隊長うちとランキングほぼ一緒やのにめっちゃ強いねんなぁ」
僕は、可愛い女の子に急に抱きつかれてどうしていいか分からず身動き出来ずに固まる。
でも……まさか、あの楽しかった対戦相手が愛ちゃんだったなんて。
こんな近くに、同じゲームが好きな人がいるなんて...。
心の底から嬉しさが込み上げてくる。
「ぼ……俺さ、あのゲームすごく好きでさ。いつもは100位以内にいるから格下に負けてられないっての!でも、昨日めちゃくちゃ楽しかったよな!!」
昨日の熱が戻って来るかのように高揚する。
「うちもめっちゃ楽しかった!!隊長、100位以内ってマジ?!100位内の壁が高くてうち行ったことないのに!ってか、こんなとこで立ち話もなんやしどっかで夜ご飯食べへん?隊長もお腹空いてるやろ?うち、助けてもらったお礼におごるし。って言ってもファミレスやけどな」
お腹はペコペコに空いている。
だから、断る理由は無い。
ファミレスに向かう道中、ポケットからそっとスマホを出してわために一言だけ送っておいた。
「友達とご飯食べてくる」