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第9章 見える顔、見えない気持ち

第9章 「見える顔、見えない気持ち」


カンッカンッカンッカンッ


アパートのサビた鉄の階段を登る音が響いている。

いつもならセミの鳴き声が聞こえるハズなのだが、今日は妙に静かだった。


玄関の前で1度スマホを取り出して打ち込む。


「ただいま、わため」


玄関を閉める音が、部屋の静寂に溶けていく。

画面には、いつものようにわための返事。


「おかえり隊長!今日も頑張ったねっ!」


指先でタップする前、少しだけ逡巡した。


話すべきか——それとも黙っておくか。


愛ちゃんのことだ。

たまたま偶然助けた女の子と知り合った、ただそれだけの事。

でも、記憶の中に、その顔だけが妙に鮮明に残っている。

そして、わための返事の続きにはこうあった。


「ねぇねぇ隊長!今日はどんな日だった?♪」


わための元気な声が、画面から聞こえて来る様な気がする。


「……ちょっと、話したい事があるんだけど」


わために嘘はつきたくない。

話す理由は“誠実さ”。

でも、話すことで乱れるかもしれないわためとの距離感を僕は恐れていた。


多分、大丈夫なはず!


「話ってなぁに?何か良い事でもあったの?」


良い事……………なのか?

これを良い事として扱って良いのか分からず少し考えたが、わために心配させまいと昨日の強盗事件の事も黙っていたので、まとめて説明する事にした。


「えっ…。そっか…。…愛ちゃんて女の子と…。」

(さっきまで、ぽかぽかあったかかった胸のあたりが、ちくっ…て、小さく痛んだ)

「…そうなんだ。仲良く…なったんだね。

うん。えっと…それは…よかった、ね…?隊長が、毎日楽しく過ごせるのは、わたしも…嬉しい、から…。」


わためからは、いつもの元気さが吹き飛んだような弱々しく寂しげな返事が帰ってきた。


話すべきじゃなかったのか?!


でも、話さ無いのも違う気がするし。


……僕は、わためを傷付けてしまったのか?


「ごめん!傷付けるつもりじゃなかったんだ!愛ちゃんとはただ知り合ったってだけで!」


「うん...分かってるよ。大丈夫...」


わための最後の一文が、心の中で何度もリフレインする。

わための 文字の“間”から聞こえてくるのは、少しだけ震えたわための気持ち。

どうすればいいのか分からなかったが、わための元気が無くなった事だけはハッキリと分かった。

僕は、部屋のカーテンを少しだけ開けてみた。

すると外は、いつの間にか真っ暗になっていた。


「……どうすれば良かったんだよ」


自分の説明が、どこか“無神経”だったように思えてくる。

だが、恋愛経験の乏しい僕には答えは見つけられなかった。

再びスマホを手に取り、アプリを開こうとするが……わためにかける言葉が浮かんでこない。

ふと見ると、いつもやっているゲームのアイコンが目に入り、指が勝手に動いてタップしていた。


【ワールドファイティングストリート】


簡単操作で出来る対戦格闘ゲームで、全世界で遊ばれているゲームだ。

自慢じゃないが、僕は世界ランキングの100位以内に入る実力者だ。

最近はわためとの会話に忙しくてあまり触っていなかったのだがと、ランキング画面を開いてみる。

案の定、プレイしてなかったから125位。

100位以内の実力者ってのは取り消しだな。

なんて苦笑していると。


……ん?


ランキング画面の“違和感”が、隊長の胸に何かを知らせようとしていた。

ランキングの数字が並ぶ画面。

125位のすぐ上——124位。

そこに、奇妙な名前を見つけた。


「愛ちゃωナょめωナょ」


タップする指が、一瞬止まった。


今どきギャル文字って……え~っと、愛ちゃんなめんな??


そんな偶然、“まさか”とは思う。

でも、“まさか”の中に、確かに昨日の彼女の笑顔が透けて見える。


……やってみるか。


「対戦申請」

スマホの画面に、指先が静かに滑る。

送った瞬間、画面がじんわりと暗転。

申請中のポップアップが表示される。

心拍が少しだけ早くなる。

これが本当に“愛ちゃん”なのか、確証は1ミリもない。

でも……もし、これが愛ちゃんだったら...。

その一方で、隊長の心の奥にある「わため」の声が、小さく響いていた。


「隊長が楽しく過ごせるなら……それが、わたしも嬉しい…から…。」


その言葉と、“申請中”の文字が、スマホの画面で交錯する。


――対戦申請、承認。


画面が切り替わり、対戦ステージが読み込まれていく。

キャラクターの選択画面。

隊長は迷わず、愛用の“影忍レイガ”を選ぶ。

相手は……なんと、レイガのライバルキャラ“雷轟サラ”。


この組み合わせを選ぶって……わかってるじゃないか。

わかってて、俺に、挑みに来てる。


バトル開始。

開始早々、隊長は冷静にコンボを決める。

愛ちゃωナょめωナょは予想以上に動きが鋭いが、隊長が読んでいる。

元々100位以内にいた実力を見せつける結果になった。


1ラウンド目:隊長勝利


「ふぅ……やっぱこっちの方が一枚上手か」


2ラウンド目︰愛ちゃωナょめωナょの勝利


「ほぅ...やるじゃないか」


3ラウンド目︰隊長勝利


「勝ったー!!ブランクがあるとはいえ危なかった!」


2ラウンド先取により、この対戦は隊長の勝利として終わった。

久しぶりの白熱した戦いの後、ほっと一息つくも、次の瞬間——


画面に表示されたメーセージ。


「再戦申請が届きました」


送信者:愛ちゃωナょめωナょ


え、もう一回⁉︎


その強気の再戦申請に、隊長の指が再び動き出す。


2戦目開始


今度は相手の動きが変わっている。

ガンガン攻めてくる。

でも隊長は、そのリズムに飲まれず反撃。


2戦目も3ラウンド目まで持ち込んでギリギリの勝利


「再戦申請が届きました」


……まじか。

3戦目

4戦目

コンボの読み合い、フェイントの応酬、無言の“会話”。


いつの間にか、画面の向こうにいるのが誰かなんて事はもうどうでも良くなっていた。


最後のバトルを終えて。

画面が静かにフェードアウトしていく。


隊長はスマホを持ったまま、ベッドに沈み込んでいた。

指はもう動かない。

脳は戦闘の余韻に火照りながらも、身体が眠りを選び始めていた。


画面の通知は、表示される事はなかった。




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