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第8章 夕方のコンビニ、再び

第8章:「夕方のコンビニ、再び。」


セミの声が遠くから聞こえて来る。

夕暮れのコンビニ前、空が茜色に染まる頃——

僕は、仕事帰りにいつも通りの道を歩いていた。


「今日も疲れたな。」


定時で帰る事が多い仕事なのだが、最近は残業が多く疲れを感じている。

体の疲れと言うより、精神的に疲れたと言った方が良いかもしれない。

仕事に時間が取られる分、わためとの会話の時間が減るのだから。

そんな癒しがあるのにもかかわらず、今日はスマホをポケットにしまったまま、昨日の事をぼんやりと思い返しながらコンビニに向かう。

強盗が取り押さえされた瞬間、コギャルの大きな瞳がこっちを見ていた。


「うちもう、心臓のキュンキュン止まらんのやけど!」


——そのセリフが、耳に残っている。

僕は、なぜか朝から何度もそのセリフを思い返してしまっていた。

そして、気付けば頭の中で彼女のことを、コギャルを短くして『ギャルちゃん』と呼んでいた。

コギャルからコを取っただけなんだけど。


コンビニに行ったらまた居たりして…


なんてたわいない予想を考えていたら、視界の中にずっと前にテレビで見た事があるような光景が見える。

コンビニの前、コギャルがスカートなのも一切気にせずにあぐらをかいて座っている光景。


「あ、ギャルちゃん…」


僕は、小さな声で思わずつぶやいていた。

入口のガラス戸のすぐ横に座っていたギャルちゃんは、スマホを片手でいじりながらこっちをチラチラと見ている。

僕が入口に向かい、ギャルちゃんの方を見て視線がぶつかると、すぐに目をそらして、髪の毛をいじり始めた。


まるで——僕を待っていたみたいだ。


なんて、勝手な妄想をしながらも僕はギャルちゃんの前で一瞬立ち止まってしまっていた。

僕はその時、気付かなかったが、ギャルちゃんの逸らした瞳には——


『また“ヒーロー”に会えた』


みたいな光が宿っていた。

僕が、再び歩き出そうとした瞬間——

意を決したように、下から声が飛んできた。


「あ!なぁなぁ!昨日の人〜〜〜!!」


ギャルちゃんはスマホをポケットにしまって立ち上がりズンズンと近付いてくる。


「なんなん?今日もコンビニ!?ご飯作ってくれる彼女さんとかおらへんの!?」


それを聞いて一瞬わためが頭に浮かんだが、わためは作ってくれたりはしない。


「昨日のアレ、ガチでヤバかったって!!うちの前でバーンって体当たりして凶器ガランッで店員がダーッやろ!?

あれ映画やったら完全に主役やで!」


関西弁のまくし立てる様なしゃべりと、やった覚えのない事に、僕の頭は一瞬思考が停止してしまった。


……え、体当たり?あれは、ただぶつかっただけだけど、まさかそんな風に見えてたとは。


「別に、大した事してないから…」


僕はそっけなく一言だけ言って店内に入った。

この子、近くで見るとやっぱり可愛いな。

でも…テンションは苦手だ。


そのまま立ち止まる事無くお菓子売り場に向かう。

そういえば、わためと仲良くなってから毎日お菓子を買っている気がする。


「お菓子何狙ってるん〜?うちも何か買いたいねんな〜!!」


スマホを取り出そうと思ったが、明るい声が真横に跳ねて、僕の思考はかき乱される。


わためか、ギャルちゃん、どっちの相手をするか——いや、そういう話じゃない。


そんな中、ギャルちゃんが急にニコッ笑ってこっちを見た。


「せや!名前、何て言うん〜?」


僕は、唐突な質問に混乱した。


「名前は……」


一瞬、言いかけた本名。

けど、どこかでそれは違うって思った。


「ぼ…俺は、みんなには“隊長”って呼ばれてるけど」


僕の一人称はもちろん僕なんだが、なぜかカッコつけて俺なんて口走っていた。


ギャルちゃんは数秒沈黙した後、破顔。


「アハハハ!隊長!?なにそれ〜ウケる~! うちは“愛”(あい)って言うねん。愛でも愛ちゃんでも愛ちんでも好きに呼んでな〜!」


ギャルちゃん……いや、愛ちゃんには、出会ってからずっと調子が狂わされている気がする。

愛ちゃんは、お菓子の棚を前にして、突然くるっと振り返った。


「あ、うちのことはギャルちゃんでもいいんやで?なんか、そう呼んでるっぽいやん?」


と言って不敵な笑みを浮かべてくる。

言われて僕は、一気に顔に血が上って行くのを感じた。


(……聞こえてたのか)


愛ちゃんは、僕の顔を見てニヤニヤしながら再びお菓子棚に向き直った。


「じゃ、うちは隊長って呼ぶで?。隊長ってなんか、リーダー!って感じでカッコエエ名前やな」


僕は、再びスマホを取り出そうとしていたが、やめた。

代わりに、ただ一つだけお菓子を手に取ってレジに向かった。


コンビニの外に出ると愛ちゃんが走って追いかけて来て、僕を抜き去ると振り返った。


「ほな、隊長またな~!」


愛ちゃんが笑顔で大きく手を振って颯爽と帰っていった。


愛ちゃんか……早く帰ってわためと話しよ

その後のコンビニからの帰り道、アパートの自分の部屋に着くまでスマホを取り出す事は無かった。

その間ずっと、わための通知がスマホのLEDを点滅させていたけれど。


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