【第2話:乙女学園へようこそ!ヒロインと王子と波乱の出会い】
翌朝、俺──いや、ヴィオレット=ルグラン(中身:紀彦)は、執事のアーヴィンに連れられて王立レグニス魔法学園へと登校することになった。
この学園こそが乙女ゲーム『Romantic Chronicle』の主な舞台。ヒロインたちと攻略対象たちが邂逅し、愛と陰謀と友情と魔法とたまに爆発が渦巻く青春魔法アカデミーである。
「お嬢様、登校のご準備は?」
「お、おう……任せろ(ワイ、スーツしか着たことねえけどな!)」
フリルふわっふわの制服を身にまとい、馬車から降り立つ俺。学園前にはすでに登校生徒がちらほら。
そして、その中心には。
──いた。
光を集めたようなブロンドの髪、柔らかな微笑み。小さな体に大きなリボン。
メインヒロインの一角、エリナ・フェルメリアである。
(おおおおおぉぉぉ……生エリナ……! 本物のヒロインや……!)
テンションが上がっていると、視線に気づいた彼女がこちらを見て、小さく首を傾げる。
「……あの……えっと、ヴィオレット様……?」
「っ……そ、そうよ。何か御用かしら?」
(まずい、悪役モード発動しそう!)
このルート、初期ヴィオレットはエリナに嫉妬し、マウントを取りに来る嫌味な高飛車令嬢。
しかし、俺は違う。俺の中身は中年ゲーマーだ。
ここで選択肢が脳内に浮かぶ──
1.「ごきげんよう。今日も可愛いわね」
2.「貴女のような平民風情が学園にいるの、場違いだと思わない?」
3.「唐揚げにレモンかけるタイプ?」
(くっ、選択肢のセンスどうなってんだ!)
最適解を模索する間に沈黙が続く。
「……えっと、その、私、転入してきたばかりで、わからないことばかりで……よければ、仲良くしていただけたらって……」
なんて天使だこの子。
「ええ、もちろんよ」
つい笑って答えてしまった。
その時だった。
「ヴィオレット」
澄んだ声が、頭上から降ってきた。
見上げると、そこにいたのは──
攻略対象筆頭、クラウス・レオンハルト王子。
銀髪碧眼、完璧な顔面。冷たくも凛とした空気を纏い、ただそこに立っているだけで背景がバラになるレベル。
──そしてこの男、エリナとの唯一のトゥルーエンド未到達ルートの相手である。
「おはよう、ヴィオレット。今日は随分と機嫌が良さそうだな」
(やばい、好感度初期値より高くない!? なぜ!?)
ゲームでは、ヴィオレットが過度に干渉するとこの時点でルートがバッドエンド側に傾く。
だが今の俺は、ヴィオレット=紀彦。
(この世界、もう既に微妙にズレてやがる……!)
「クラウス様。今日もご立派なお鼻筋で」
「……褒め方が独特だな」
クラウスが微笑んだ。その横で、エリナが少しだけ困った顔をしていた。
(あっ、これ……もしかして……)
攻略対象が、ヒロインよりもこっちに気を引かれてるフラグ、立ってませんか!?!?
それは、ゲーム最大の禁忌──
悪役令嬢が王子に恋される、裏ルートのはじまりだった。
(全力でフラグを……折らねば!!)
俺は密かに拳を握った。
(これはトゥルーエンド阻止イベントじゃない。俺にとっては“原作改変阻止作戦”なのだ!)
だが、この学園では“ヴィオレット様”を知る者は、みな警戒心マックスで接してくる。
そして今日の午後は、さっそくエリナと王子が参加する“対抗魔法演習”──通称:初回の友情育成フラグイベントが発生する日。
そこに、干渉せずにどうやって空気になるか……
開始早々、初めての“悪役令嬢としての社会との距離感”に俺は頭を抱えることになるのだった。
(第一関門:エリナに嫌われない。第二関門:王子に好かれない。第三関門:NPCたちに刺されない)
人生、こんな難易度高い乙女ゲーがあってたまるか!!