【第1話:無職、ゲームに吸い込まれる】
【第1話:無職、ゲームに吸い込まれる】
部屋の隅で、俺は死んでいた。
「これが……バッドエンドか……」
青田紀彦、三十歳。無職、彼女なし、友達なし。人生というゲームで言えば、すでに二周目のやりこみモードに突入したレベルで詰んでいた。
だが、そんな俺にもひとつだけ、誇れるものがあった。
「乙女ゲーなら任せろ……!」
きっかけは姉だった。俺より三つ年上で、幼少期から乙女ゲームにのめり込んでいた姉に巻き込まれる形で、俺もいつの間にか攻略屋になっていた。
最初は興味本位だった。だが、気づけば、ヒロインの恋路に涙し、イケメンたちの生き様に胸を熱くし、バッドエンドに心を抉られる日々を送っていた。
そして、運命のゲームが届いたのは、ある嵐の夜だった。
「……あんた、これ、やってみなさいよ」
姉が部屋に投げ込んできたパッケージ。タイトルは──
『Romantic Chronicle: Beyond Tears』
総文字数7000万字、エンディング分岐1117通り、うちバッドエンド1009通り。
ネット上には「攻略不可能」「製作者が悪魔」とまで囁かれる狂気の乙女ゲー。
姉曰く、どうしてもトゥルーエンドにたどり着けないヒロインがいるらしい。
「そいつがエリナって娘なんだけど……一人だけ、攻略報告ゼロなのよ」
「ほう……燃えてきた」
プレイヤーは三人のヒロインから一人を選び、七人の攻略対象から相手を決める。だが、エリナ×クラウス王子の組み合わせだけは、誰一人として成功していない。
シナリオ分岐とシステムを解析するだけでも一週間はかかる代物だ。
俺は布団をかぶり、スナック菓子と紅茶を脇に配置し、神聖なるプレイ環境を整えた。
──ピッ。
電源を入れた瞬間だった。
外で雷が鳴り響き、瞬間的な停電。
同時に、手に持っていたコントローラーから閃光が迸る。
「おわああああああ!!?」
世界が、反転した。
***
「……お嬢様、お目覚めですか?」
目を覚ますと、天蓋付きのベッドの上。
金色のシャンデリア、大理石の床。見知らぬメイドが、丁寧にお辞儀をしている。
「え、ここどこ? 俺、死んだの? ていうか声高くない??」
ガバッと起き上がった俺は、目の前の鏡に写る姿を見て絶叫した。
「女ぁぁぁああ!?!?!?!?」
鏡の中にいたのは、銀髪紫眼の絶世の美女。
ドレスに身を包み、どこからどう見ても令嬢である。
見覚えがある……この顔、この部屋、このメイド……
──ここ、『Romantic Chronicle』の中じゃねぇか!?
そしてこの姿は……ヴィオレット=ルグラン。
「まさかの悪役令嬢転生ぅぅぅ!!」
しかもこの女、ゲーム中のバッドエンド583通りの原因となった、因縁深き悪役令嬢である。
「おい待て俺! 俺がプレイヤーだったら絶対こいつには関わるなって言うやつだぞ!?!」
だが、気づいてしまった。これはチャンスだ。エリナをトゥルーエンドへ導くには、何よりもこの悪役令嬢の暗躍を止めねばならない。
「つまり……俺がヴィオレットを名乗ることで、全てのフラグをへし折れば……!」
俺は立ち上がった。
「待ってろエリナ……お前に幸せになってもらうために、俺は悪役としての宿命に抗ってみせる!」
こうして、
──無職男の新たなる人生(中身女)、乙女ゲームの悪役令嬢としてスタートを切ったのであった。