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六.精霊あらわる

美月と朋子がさくら林の入り口に着いたころには、太陽はすっかり湖にもぐってしまっていた。お月様もずいぶん高く上ったはずだけれど、今は雲の間にかくれている。

「ねえ、ほんとにここで合ってるの?」

朋子は林の奥をのぞきこみながらたずねる。美月はあんまり自信がなかった。

「たぶん。」

「たぶんって、たよりないわねえ。」

「だって、あたしだって初めてのところだし。さっきは明るかったし……。」

「だってもこってもないわ。」

ぴしゃりと言うところは、おとなのママとちっともかわっていない。というより、おとなのママの方が、こども時代とおんなじだと言う方が合っているのだろう。

ふたりは自転車を降り、ぴったりと肩を寄せ合って、きょろきょろ回りをうかがいながら、林の中にはいっていった。

風がだんだんと強まって、ひゅうひゅう音を立ててかけ抜けている。

やがて雲がとぎれ、大きな満月が顔を出し、林の中を照らし出した。すると、ちょっとはなれた丘の上で、あの二本のさくらの木が風に踊っているのが見えた。

「あ、あれよ。」

美月は指をさした。朋子は足を止めた。そして、さっき美月にはじめて出会ったときのような、おどろいた顔をした。

「こんなかっこうの木があったんだ。」

朋子は目の下のほくろをポリポリかきながら、

「たしかにおてんばさんね。」

と言っておかっぱ頭を大きくふった。

するとそのとき、とつぜん、

「満月の夜にやってくるなんて、どんな願いごとかしら?」

ふたりの背中から声が聞こえた。

びっくりして振り返ると、ふたりと同じ背かっこうで、きれいな三つ編みをしたおんなの子が手を後ろに組んで立っていた。肩からポシェットをかけている。

おんなの子の顔にキラリと光ったメガネがあるのを見て、美月はもっとおどろいた。

「明日香!」

「明日香?」

朋子が美月の方を振り向いた。すると、明日香にうりふたつのおんなの子はにこりともせずに言った。

「『おてんばさん』の精霊よ、あたしは。」

目をまん丸にした朋子が美月の耳元でささやいた。

「やっぱり出てきた。」

精霊はちょっと怒ったような顔をした。

「失礼ね。精霊をおばけみたいに言わないで。」

朋子は首をすくめた。精霊はメガネの位置を直すと、

「そういうあなたたちこそ、だれなの?」

「あの、あたし、朋子。で、こっちは、美月。」

朋子がいそがしく指を動かすと、精霊は腕組みをして、ふたりをジロジロ観察した。

「それで、あなたたち、まさかやさしいママでもさがしに、どこかに飛んでいってしまいたい、なんて言うんじゃないでしょうね。」

美月と朋子は顔を見合わせた。

朋子が精霊の方に向き直り、

「そう、なんだけど。」

と言うと、精霊は丸いメガネの奥の目を大きく開いた。

「ふうん。いつもはひとりで来るんだけどね。」

ふきげんそうに鼻を鳴らして、精霊はポシェットの中から手帳のようなものを取り出した。それから、それをパラパラめくりながら、ひとり言をつぶやき始めた。

「それはなあに。」

朋子が中をのぞきこもうとすると、

「しっ!」

精霊がひとさし指を立てた。朋子は首をすくめて美月を見た。

しばらくすると、精霊は手帳をパタンと閉じた。

「わかったわ。あなたたちのママはどっちも、とっても怒りんぼなのね。だから二人してやってきたってわけね。」

美月はチラッと朋子の横顔に目をやった。朋子はうんうんうなずいている。

それを見て美月がくすっと笑うと、精霊が美月をにらんだ。美月はあわてて口に手をやった。精霊は手帳をひらひらさせながら言った。

「これは精霊の連絡帳よ。なにしろ、過去や未来のいろんな場所で、あなたたちみたいなお願いごとをするおんなの子がたくさんいるからね。書きとめておかないと、どの子がどんなお願いごとをしているのか、こんがらがっちゃうでしょ。」

美月はそれを聞いて、心に引っかかっていたもやもやが晴れたような気がした。

そうか。つまり、『おてんばさん』と母さんさくらのアーチは、美月の家の近くにも、ジージとチャーチャンの家の近くにもあるんだ。それどころかひょっとして、あっちにもこっちにも生えているのかもしれない。ただ、みんな気がついていないだけなのだ。でも考えてみれば当たり前かな。ママとけんかするおてんばなおんなの子なんて、それこそそこかしこに、いっぱいいるにちがいないのだから……。

精霊が連絡帳をしまった。

「でもあたし、精霊って、おばあさんなんだって思ってた。長いマント着て、ほうきなんかにまたがったりして。」

朋子が口を開くと、精霊はあきれた顔で、首を振った。

「それは魔女。精霊といっしょにしないで。知らない人が来たら、あなたたちだってこわがるでしょ。だからお友だちのかっこうをしてきてあげるのよ。」

なるほど。そういうわけか。

美月が感心していると、

「さてと。」

精霊が朋子の方を振り返って、さあ行きましょうとばかりに、丘の上の『おてんばさん』の方へあごをしゃくった。

『おてんばさん』と母さんさくらの枝がざわざわ揺れている。

美月は急に心細くなった。

「もう行っちゃうの?」

それに答えず、朋子が飛び跳ねるように歩き始めたので、美月はしかたなく自転車を押してトボトボふたりのあとをついて行った。

丘を登って、二本のさくらのそばまでやって来ると、精霊は美月に声をかけた。

「それじゃあ、ちょっとここで待ってて。朋子の新しいママを見つけたら、また戻ってくるわ。」

「待って!」

 美月は思わず叫んだ。

「なに?」

 精霊が振り返る。

「でも、あたしが朋子だなんて言っても、、チャーチャン、じゃなくて、朋子のママや、パパや悠子ちゃんやお姉ちゃんは信じないんじゃーー。」

 美月の質問に、明日香似の精霊はニヤッと笑った。

「だいじょうぶよ。朋子の新しいママが見つかったら、そのとき、今の朋子の家族は朋子のことは忘れて、あなたのことを朋子と思うようになってるの。リセットされるのよ。」

 リセット……。

 その言葉を聴いて、急に美月は泣き出したくなった。でもどうしていいかわからない。

そして、朋子と精霊が、『おてんばさん』と母さんさくらのアーチに向かって足を踏み出そうとした、ちょうどそのとき、遠くの方で何か音がしたような気がした。

美月は思わず叫んだ。

「ちょっと待って。」

「なあに。」

朋子と精霊が立ち止まって、こちらを振り返った。

「今、何か聞こえなかった?」

美月がたずねると、ふたりは顔を見合わせた。

「なんにも。」

「風の音じゃないの?」

美月はかぶりを振った。

ちがう。たしかに聞こえたもん。あれは、たぶん……。

そのとき、風に混じってまた音が聞こえた。

何かの鳴き声、そう、犬の鳴き声だ。ワンワンという鳴き声が、ちょうど美月たちがやってきた方角から聞こえる。

「ほら、ね。」

美月は目をこらして声のする方を見た。

ふたたびお月様が顔をのぞかせたので、さくら林の中が明るくなった。

するとその中を、長い毛のしっぽをふって一匹の犬がかけてくるのが見えた。何度も何度もほえながら、首の赤いリードを引きずって、ものすごい勢いでこっちに向かってくる。その姿がだんだん大きくなると、かた一方の耳がピンと立ち、もう片方の耳が垂れているのがわかった。

「コウタロウ!」

美月と朋子は同時に叫んだ。

目の前でコウタロウはポーンとジャンプすると朋子の胸に飛び込み、朋子を押し倒した。

「もう、痛いわねえ、コウタロウ。どうしたの。ママといっしょに散歩に行ったんじゃなかったの?」

朋子は、コウタロウを抱きしめながら、起き上がった。

ところがコウタロウは、ペロッと朋子のほっぺたをなめると、もと来た道の方へパッとかけ出した。そしてすぐに立ち止まって、こちらを振り返り、またワンワンとほえた。

「ついて来いって言ってるのよ。」

美月はびっくりして精霊を見た。

「精霊なんだから、犬がしゃべっていることくらいわかるわ。」

精霊がメガネを直しながら言うと、コウタロウはいっそうけたたましくほえたてた。それを聞いて精霊の顔色が変わった。

「まあ、たいへん!」

「どうしたの?」

朋子が振り返ると、精霊は石のようにこわばった顔をしている。

「あなたのママが、バイクにはねられたのよ。救急車で病院に運ばれたって。」

「チャーチャンが?」

美月は叫んだ。

くわしいことはわからない。でも何か不吉なことが起きているのはまちがいなさそうだ。

コウタロウが走り出した。

行かなくちゃ。

そう思って振り向くと、朋子は声も出ない様子で、その場に固まっている。

「なにしてるのよ。」

美月が背中をバンとたたいたひょうしに、朋子はわれにかえり、

「うん。」

とうなずき、自転車に足をかけた。

そのとき精霊が呼び止めた。

「待ちなさいよ。コウタロウがいう病院なら、林の反対側の道から行くほうが近道だわ。」

コウタロウはそれが聞こえたのか、クルリと回って戻ってくると、そのままアーチの反対側へ向かってかけていった。美月と朋子も自転車を回し、全速力でコウタロウのあとを追った。

さくら林の出口にさしかかったとき、美月が振り返ると、『おてんばさん』の横に精霊がポツンと立ってこちらを見ていた。

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