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ep.8 劇薬の効果



 アリスティアは、数日ぶりに王宮へ来ていた。

その理由は王妃にお茶に誘われていたからだった。

定期的に誘いを受けてこうして王宮を訪れる。

王妃はアリスティアを実の娘のように、可愛がってくれていた。


「お久しぶりね、アリスティア。

 堅苦しい挨拶は抜きにして、座ってちょうだい」


 いつも華やかなドレスを着る王妃も、今日は薄いネイビーのドレスを身につけている。

命日だから、とそれを見てまた少し気分が落ち込む気がした。


「王妃殿下、ご無沙汰しております」


 テーブルにつくと、王妃付きのメイドが紅茶を注ぐ。それを終えて部屋から退出していった。

すると、それを待っていたかのように王妃が話を始めた。

 

「……今日で三年ね。貴女には、感謝してもしきれないわ。これほどにリチャードを想ってくれて、こうして今までをリチャードのために捧げて。

毎日お墓に行っていると耳にしたわ」


「いえ、私はしたいことをしたまでですので……」


「その気持ちがとても嬉しいわ。

息子を亡くした悲しみは変わらないけれど、貴方のおかげでここでリチャードを偲べるの。

 ――けれど、そろそろ貴女の人生を考えるのはどうかしら?

 それがリチャードの願いでもあったでしょう」


 アリスティアは言葉が出ない。

もうそろそろその話が出るとは思っていたけれど、それが今日だとは思いもしなかった。


「無理にとは言わないわ。

 ただ、いつまでも……」

その先を濁す王妃に前のめりに答えた。


「理解しております。

 けれど、そんな心の広い方はいないと思います」


「……ジークフリードはどう?」

扇子で口元を隠しながら王妃は訊ねた。

その瞳は探るようにじっとアリスティアを見つめる。


「とんでもないです!

 リチャード様のご兄弟ですし、ジークフリード殿下には忘れられない人がいらっしゃいますし」


「あら、他所の国では間々あるのよ? 寡婦となればその兄弟と結婚するらしいわよ。

 この国では一般的ではないけれど、貴女は異例中の異例なのだから問題ないのではない?

 それにジークフリードは拗らせているだけよ」


「拗らせ……?」


「ええ、あれはただ拗らせているだけだわ」

 ふふと妖艶に笑う王妃に彼を心配している様子はない。

けれど朝のジークフリードの様子を思い出して、なにかを拗らせているだけとはアリスティアには思えなかった。


「そんな風には……」


「信じてないわね? ならあの子にこう言ってみるといいわ。『――――――――』と」


 アリスティアの頭には疑問符しか浮かばない。

けれど、王妃が言うならなにかあるのだろうと、頭の片隅に置いておくことにした。


「機会があれば聞いてみますね」


「ええ、楽しみにしているわ」


 それからはリチャードとの思い出話に花を咲かせた。

幼い頃ヤンチャだったリチャードが、ある日突然おとなしくなり貴公子然とし始めたこと。

尻もちをつかないように強くならなければと、あちこちでトレーニングを始めた日のこと。


「ふふ、あれはきっと全部貴女に繋がっていたのよ」


 話しながら幸せそうに笑う王妃を見て、アリスティアも笑みが溢れた。

リチャード思い出して泣くばかりではなく、誰かと笑えることが心の底から嬉しかった。


「今日は来てくれてありがとう。

 とっても素敵な時間だったわ」

 そう言って見送る王妃の表情は、アリスティアが来た時よりも晴れやかになっていた。


「ご招待いただきありがとうございました」

 淑女らしく礼をとったアリスティアは、そのまま部屋を後にした。



 王宮をゆっくり歩くアリスティアの前からジークフリードが歩いて来るのが見えた。

その後ろにはアリスティアの兄がいる。


「ジークフリード殿下に、ご挨拶申し上げます」


「義姉上、僕にそんなものはいらないよ」

眉尻を下げて拒むジークフリードに、アリスティアはさらに続けた。

先ほどの王妃の提案が頭を掠めたからだ。


「私の立場は曖昧なものですので、これくらいしませんと」


「いつものように話していいよ」


「あらぬ噂が立っては困らせてしまうでしょう」


 淑女らしく続けるアリスティアに苦笑するジークフリード。

それを見てため息をついたアルトは、不甲斐ないジークフリードの援護に出た。


「アリスティア様。久方ぶりに会えた妹とお茶を共にする機会をくださいませんか?」


「……お兄様、私を揶揄ってます?」


「アリスに合わせたのに、ひどいなぁ」


「まったく、お兄様は相変わらずですね。

 離宮のほうでもいいですか?」


「もちろん。もう仕事も終えたから……ねえ、殿下?」


「あ、ああ。問題ないよ、行って構わ、ってぇ」


 ジークフリードの脇腹に鋭い痛みが走った。

アルトが脇腹を抓ったからだと気づくのに時間はかからなかった。


「今なんと?」

聞き返すアルトにジークフリードは首を傾げる。


「だから行ってい「殿下?」


 アルトがらとんでもなく怖い顔でジークフリードを睨んだ。

その顔には『それ以上言うな』と書いてある。


「……ぼ、僕もお邪魔してもいいかな?

 ほら、仕事も終えたし。息抜きもしたいし」


「ええ、ええ。そうですよね。

 さあ、行きましょう。今すぐ行きましょう」


 ぽかんとふたりのやり取りを眺めていたアリスティアは慌ててふたりの後ろをついて歩く。


 ――いいなんて言っていないのにお兄様ったら。


 前を歩くアルトに心の中で文句を垂れた。

けれど、仲良く歩くふたりの背中は微笑ましくて、どうでもよくなってしまった。


 

 人を招待したことのない離宮。

そこで初めて誰かにティーカップを出したのを、不思議な気持ちで眺める。

そして目の前に並んで座るふたりを眺めた。


「アリス、元気にしてるかい?」


「元気ではないように見えますか?」

少し嫌味っぽく言うアリスティアにアルトは嫌な顔ひとつせずに笑った。


「いや、元気そうだね。

 今日は王妃殿下のところに?」


「はい。楽しい時間でした。

 色々なお話も聞けて、リチャード様のお話もできて嬉しかったです」


「そう、それはよかったね」


「あっ、そういえば殿下にお聞きしたいことがあるのですが……」

 

「ん? なに?」


「『十五年分の手紙はいつまで黙っているの?』」


「っ、ゴホッ」


 ティーカップに口をつけていたジークフリードは思いっきりむせた。

隣にいたアルトは汚いなと言わんばかりに、そっと離れる。

アリスティアはまだむせているジークフリードの背中をさすりながら、戸惑った。


「大丈夫ですか?」


「んっ、大丈夫だけど、手紙を読んだの!?

 僕の部屋にあるはずなのに、なんで!?」


「――読みました」


 アリスティアは、さらっと嘘をついた。

王妃から聞いた話の通りなら、そうすることで言っていた意味がわかるかもしれないと思ったからだ。


「なら、僕がついた嘘にも……?

 だから朝あんなことを言ったの?」


 アリスティアにはなんのことだかさっぱりだったけれど、不自然ではないくらいに合わせる。


「殿下が話してくれないので……」


「言えるわけない。僕がルティーアを好きだなんて嘘をついたから、兄上は……」


「え、嘘をついた……?」

 ジークフリードの言葉の続きを聞く前に、ぽろりとこぼれてしまった。


 部屋の中が静寂に包まれる。

唯一会話に参加していなかったアルトは、思案顔でカップを傾ける。


 そして逃げるように席を立とうとしたジークフリードの服を引っ張って引き留めた。


「好きではないなら、どうしてあの計画を……?」


 ジークフリードはなにも言わない。

アルトはジークフリードを引き留める役だけに徹するように目も合わせない。


「ジークフリード殿下!」


「……言わない!」


「教えてください!」


「絶対、言わない!」

 不毛なやり取りにアルトはため息をこぼす。

そして仕方なく口を開いた。


「アリス。もう一度最初の言葉を言ってみ?」


「『十五年分の手紙はいつまで黙っているの?』」


「十五年間も手紙を書くなんて、並大抵ではないと思わない?」


「やめて、アルト。黙って。それ以上は許さない」


「しかも一度も本人には渡していない、変態だよ」


「アルト!!」

 ジークフリードが怒鳴っても、アルトは口を閉じなかった。気にも留めずに、アリスティアの答えを待つ。


「十五年間、手紙を出す変態?」

 アリスティアは復唱するように繰り返した。


「ぶっ……さすがアリス、そうなるとは。

 ねえ殿下、この答えのままでいいんですか?」


 肩を震わせて笑い転げるアルトをジークフリードは睨みつけた。

アリスティアは訳もわからず笑われてムッとする。


「アリスが鋭さを発揮するのは、リチャード様に関することだけか」

 溜息を含んだその言葉に、ジークフリードは無表情で返す。


「もういい。変態でもなんでも」


「ハァ……筋金入りだなぁ」

 呆れたようにぽそりとアルトがつぶやく。

そして思い出したように話を切り替えた。


「ああ、そういえば。

 心の広い、良さそうな男は見つかった?」


「なんですか、突然。

 秘密です」

 見つかってもなければ探してもないけれど、アリスティアは言えなかった。


「えー、秘密かー」

 それは妙にアリスティアをイラッとさせられる口調だった。

アルトは明らかに見つかっていないと思っている。


「いいんです、見つからなくても。

 条件に合う人がいなかったら、私はこのままリチャード様のそばにいられます」


「そう? けど、そろそろ催促はされるよね?」


「…………」

 アリスティアは王妃に言われたことを思い出す。


「催促?」

 ジークフリードが不思議そうに聞き返した。


「ずっとこのままでいるわけにはいかないってこと。公爵家の娘だったんだ。未亡人として一生を終わらせるわけにいかないよ、……王家としてもね」


 もう敬語ですらないアルトの言葉に、ジークフリードは先ほどのように怒る様子はない。

それどころか、続けさせた。


「どうして?」


「血縁じゃないからね。長居するのは体裁が悪い」

 現実を突きつけられるようなその説明にアリスティアは目を伏せた。


「まあ方法がないわけではないけど」

 アルトは組んでいた足を組み替えて、ちらりとジークフリードに視線をやった。

それを見たアリスティアは、また王妃の言葉を思い出す。


「……兄弟、ですか?」


「アリス知っていたんだ」

 アリスティアは気まずい思いでまた俯く。


「どういうこと?」

 関心を持ったジークフリードに、アルトはニヤリと笑って意気揚々と話し始めた。


「ありていにいえば、未亡人となった妻を夫の兄弟が娶って跡継ぎをつくろうってこと。

 隣国ではあるらしいよ」


「……それは不貞行為では?」


「不貞ではないよ、もう夫はいないんだから。

 お互いにメリットがあるとも言えるしね」


「メリットがあるの?」


「兄弟側は言わずもがな跡継ぎがつくれること。

 妻側は夫の家から出ていかなくていいことだね」


 ――夫の家から出ていかなくていい。

 その言葉がアリスティアに嫌に響く。


 ジークフリードは静かに座っている。

アルトは異様な空気に包まれてしまった部屋に『劇薬すぎたか……?』とつぶやいた。

 

「僕と……」


「なに?」


「僕と結婚すれば、アリスは兄上と同じ墓に入れる?」

またもや部屋は静寂に包まれた。

 

「え、殿下? 私が望んでいたのはそういう答えじゃなくてですね、もっとこう、甘さのある展開を……」


「入れる?」

 焦るアルトの言葉を遮ってさらに聞く。


「いや、入れるでしょうけど」


「兄上にも毎日会いに行けるよね?」


「まあ、そりゃあ行けるでしょうけど……!」

 ジークフリードはコホンとひとつ咳払いをすると、アリスティアを見つめた。


「アリス。明日を僕にくれない?」


「え?」

「嘘でしょう!?」

アリスティアとアルトの声がかぶる。

しかし、ジークフリードはそれを無視してそのまま続けた。


「今日は兄上のための日でしょう。

 だから明日の時間がほしい」


「わ、わかりました」


「ありがとう。紅茶ごちそうさま。

 明日の朝ここに来るね」

希望を見出したような笑顔を浮かべるジークフリードに、アリスティアは気圧されたままに頷いた。

見送る頃になって、それに不安を感じ始める。


「さあ、アルト。帰ろう。

 明日の分を終わらせないと」


「本気ですか!?」


「ああ、早く。急いで」

 ジークフリードは先ほどまでとは打って変わって、アルトを引っ張るようにして出ていく。


 アリスティアはそれを呆然と眺めることしかできなかった。








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