ep.7 戒め
後日、リチャードの国葬が執り行われた。
そこにはリチャードの妃として参列するアリスティアの姿もある。
亡き王子の妃になることに関しては、待遇の問題はあったもののさほど揉めることはなかった。
アリスティアに対する同情とジークフリードの嘆願、そして証人である王族の方々。
それが貴族達に反対させることを躊躇わせた。
父であるラーベルト公爵も、娘の思いを汲んだ。
リチャードの掴んだ証拠により、レストリング伯爵家が数々の不正を働いていたことがわかった。
産出された鉄鋼石の過小記載。
記載していない鉄鋼石は隠し持ち、武器に加工。
挙句、隣国に武器を横流しして反逆を企てていた。
王位簒奪の疑いで、伯爵家の一家諸共処刑となる予定だ。
伯爵家に協力していた男は税を管轄していた。
その男は巧妙に数字を改竄して、分け前を己の懐に入れていた。
その悪質性から、一生涯、鉱山採掘の労役に就くこととなった。
そして娘のルティーア。
寝ているリチャードの傷口に毒を塗ったことが明らかとなり、苦しみ始めたリチャードには見向きもせず、私室で書類を探していたこともわかった。
『邪魔さえ、はいらなければ……!』
ルティーアのその言葉で、アリスティアの存在が最大の誤算だったとわかる。
あの日寝室にいたことも、リチャードが信頼を寄せ証拠を預けていたことも。
ルティーアは王族に手をかけたため処刑だけでは足りないと、更に残酷な刑を検討しているらしい。
伯爵家が捕まったことで刺傷の実行犯だと思われていた男は、借金を帳消しにしてもらい脅されていたと自白した。
――皆が身勝手で愚かだった。
「リチャード様。
そちらに行くまでゆっくりお休みくださいませ」
アリスティアは墓前に花を手向ける。
それは彼を表すかのような空色の花だった。
◇◇◇◇◇
それからのアリスティアは国王と王妃の心遣いで、王宮近くの離宮に住んでいた。
亡き王子の妃としての身分は一応あるものの、その立場は飾りのようなものだった。
だからアリスティアは一日も欠かさず、毎朝リチャードのお墓に通える。
今日はいつもよりも早い、日の出とともに訪れた。
「リチャード様。
今日もいい天気ですね。指輪と同じくらい澄んだ水色で、大好きな色です。この色を見るとリチャード様の事ばかり考えてしまうのです」
いつもと同じ水色の花を墓前に手向けて、周りの落ち葉を拾う。
「今日で三年経ちます。あと一週間で私はあの日のリチャード様と同じ二十一歳になりますよ。
どうしましょうね?」
座り込んだアリスティアは眉を下げて苦笑する。
その辺に生えている草の葉をくるくると弄りながら続けた。
「リチャード様。私、本当に誰かと一緒にならないといけないのでしょうか?
……ずっとリチャード様だけではダメなのでしょうか?」
三年経っても、瞳には涙の膜がはる。
アリスティアはこんな自分に誰かと一緒になるなんて、できるとは到底思えなかった。
涙がこぼれ落ちないよう、空を見上げる。
そこには好きな色が広がっていて、アリスティアは気を取り直すようにパッと立ち上がった。
そして黒いドレスについた葉を払い落とす。
「リチャード様! また明日会いに来ますね」
枯れた花だけを腕に抱えて走る。
すると、建物の角に見慣れた姿を見つけた。
「あれ、ジークフリード様。よくお会いしますね」
「ああ、義姉上。本当、不思議ですね」
実は不思議なことはなにひとつない。
あれからメイドもつけずに毎日通うアリスティアを、ジークフリードは毎日見守り、そして偶然を装った。
決してふたりの時間を邪魔しないように。
そして戒めを込めて『あねうえ』と呼んでいた。
ただそれを知るのは友人のアルトだけだ。
アリスティアは毎日出会うジークフリードには気安く、そして明るく振る舞っていた。
だからジークフリードも明るく返す。
しかし、今日は少し様子が違って見えた。
アリスティアの伏せた睫毛からは言い淀む様子が見て取れる。
「私、ずっと殿下に謝ろうと思っていたんです」
「ん、なにを?」
「ルティーア様のこと……辛かったはずなのに、私自分のことしか考えられなくて、」
ジークフリードは未だに真実を言っていなかった。
嘘をつき続けるほど、ついて回る。
「それはもういいんだ。
全く気にする必要はないよ」
困ったように眉を下げたジークフリードを見て、アリスティアは辛いことを思い出させたと勘違いした。
「ごめんなさい……。私、あああ……」
一気に顔色を悪くしたアリスティアは、あわあわと頭を抱えた。
「本当に気にしないで」
言えば言うほどアリスティアは申し訳なさそうに頭を抱えて俯く。
ジークフリードは慌てて話題を変えた。
「そういえば、もうすぐアルトの結婚式だね」
ジークフリードは友人を使った。
「あ、そうですね! きっとエリーヌ様お綺麗でしょうね! 楽しみです」
「ふふ、まさかふたりがあのまま結婚するとはね」
「お兄様がベタ惚れでしたもの」
「もう婚約者になって四年も経つのに、あの空気にはついていけないよ」
「え?」
「……? あっ、間違えた、三年だったね!?」
ジークフリードは珍しく焦ったように言い直した。
「僕は、そろそろ戻らないと。
では義姉上、また」
アリスティアに口を開く隙を与えないまま、結った金髪を靡かせて王宮のほうへ戻っていく。
この三年でジークフリードが一番変わったと、アリスティアは思っていた。
以前のように華やかな一面はなりをひそめ、冷淡な物言いで話しているのを見かけるようになった。
ルティーアの事件が影を落としているのだと、アリスティアは胸を痛めていた。
――私にはなにもしてあげられないけれど。
アリスティアはため息をついて、また空を見上げた。
「殿下! 殿下!」
報告をぼうっと聞いていたジークフリードはアルトの声で我に返った。
「あ、ああ……なんだった?」
あれから正式に補佐官になったアルトは盛大なため息をつく。
「ハァ。……今度はなんですか?
アリスが泣いていましたか?
それとも、ついに男でも捕まえてましたか?」
「そんなわけないでしょう」
ジークフリードはムッとした表情を向ける。
「ではなんですか?」
「アリスはまだ僕があの女を引きずっていると思っていることを知って……」
「そんなことですか」
「そんなことって言わないでよ」
「早く真実を話さないからこうなるんですよ。
あの妹はとっても鈍い上に、たまに思考が暴走します。今頃、なにを考えているのか……」
「……怖いことを言うね」
ジークフリードはアルトの前では昔のまま軽快な口調で話す。
アリスティアの話をするときは、こんなにも表情豊かなことを気づいているのだろうかとアルトはいつも思う。
「それくらいの荒療治が必要かもしれませんね」
ため息をついたアルトは、揃えた紙の束を目の前の男に手渡した。