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ep.2 追跡調査



 そうして休みの日がやって来た。

まずアルトを乗せた馬車が邸を出発する。

数分後、公爵家にはジークフリードのお忍び用の馬車が停められた。

 アリスティアはその馬車に乗り込んだ。

先に乗っていた殿下はお忍び用の地味な服だ。

肩にかかる金髪はひとつに結われているものの、その麗しさは隠せていない。


 

「……気づかれませんか?」

「帽子をかぶれば……ほら、大丈夫だと思わない?」

 なにしても様になってしまうジークフリードには、あまり意味はないような気がした。

アリスティアすぐに諦めの声を上げる。

 

「それなら、まあ……」

「ああ、そうそう。

 僕は女性とのデートに慣れてなくてね。

 今後のために今日は練習させてもらえない?」

 にこりと笑顔を振りまいたジークフリードには動じることなく、その内容にアリスティアは悲鳴をあげた。


「ええ!? そんな大事なお役目が私なんかでよろしいのですか?」

「もちろん。頼める?」

 まったく務まるとは思えないものの、アリスティアは頷いた。

「自信はありませんけれど……頑張ります!」

「ありがとう。

 なら、今日は僕のことはジークと呼んでね」


 そう言って街に着き先に降りたジークフリードは、エスコートするように手を差し出す。

 その手にそっと重ねると、今日の空をうつしたような瞳が優しく見つめていてアリスティアの心臓は跳ねた。


 これを見た周りの人たちには本物の恋人同士に見えているかもしれない。


「さあ、アリス。手を繋ごう?」

 アリスティアとてデートの経験はない。

だからデートで手を繋いで歩くなんて。

おそるおそる出された手を取った。


 第二王子で想い人であるリチャードを思い出す。

ルティーアと婚約するまでは、こうして手を繋いだり一緒に出掛けてたりもしていた。


 あれもアリスティアにとってはデートといって差し支えなかったかもしれない。


 ――あの時のリチャードも、空のような瞳を私に向けて……

 


「ふむ、いないみたいだね」

 ジークフリードの声で我に返った。

 

 会話を盗み聞きした通りの本屋に来たのに、アルトもエリーヌの姿もない。


「なにかあったのでしょうか?」

アリスティアは思いもよらない事態に少し焦る。

ジークフリードは手を顎に添えながらなにか考えて、しばらくして口を開いた。

 

「通りを歩いて様子をみよう」


 その言葉に頷くと、アリスティア達は通りに戻った。

すれ違う人々はチラチラとジークフリードを見て頬を染めている。


「ジーク様、とても人気ですね」

「そう? あまり興味はないよ。

 僕は好きな人に見てもらえればそれでいいかな」

 平然と言ってのけて、またリチャードと同じ瞳でまっすぐにアリスティアを見つめた。


 ジークフリードの好きな人。

それがリチャードの婚約者であるルティーアだ。

ふんわりとカールした桃色の髪が可愛らしくて。

芯はしっかりしているのか社交界でも一目置かれていてなおかつ優しさを持ち合わせた素敵な女性と聞いている。


「ふふ、もうすぐですよ」

 アルトとエリーヌがくっつけば、あとはジークフリードの番だ。


「だといいんだけどね。

 ……アリスは、最近どうなの?」

「どう、と言われましても……変わりありません」


 ジークフリードとは違う端正な見た目のリチャード。

昔から私を妹のように可愛がってくれていて、優しい王子様で。

アリスティアの初恋で、長い片想いの相手だ。


 この恋はジークフリード殿下と違って、万に一つも実る可能性ないとアリスティアは思っていた。

 ――所詮、妹だから。

なのにこんな計画に乗るなんて、馬鹿なことをしている自覚はあった。


 最近では、避けられているようにすら感じる。

アリスティアは悲しくなって、少し睫毛を伏せた。


「……兄上のどこがいいの?」

 ジークフリードはそんなアリスティアをじっと覗き込んで、いつもより低い声を出した。


「リチャード様は、私のヒーローなんです。

 困っている時にはいつも助けてくれて。

 ああみえて、意外とロマンチストなところがあって……」


「そう」

 意気揚々と話し始めたアリスティアの言葉を遮るような、短い相槌だった。

そうしてジークフリードはわずかに眉根を寄せて、顔を背ける。


 アリスティアは不思議に思いながらも、違うものに目を奪われた。


「ジーク様! 見つけましたよ、あれ!」

 肩をトントンと叩けば、ジークフリードも顔を向ける。


 指をさした先にいるのは、目的のふたり――。

アルトとエリーヌだった。


 腕を組んで歩くふたりは、仲睦まじい様子だ。


「今回も成功ですね!」

 そう言ってジークフリードのほうを向けば、口元を人差し指で抑えられた。


「デートの練習、付き合ってくれるんだよね?

 ――ほら、お手本もいることだし」


ジークフリードはアリスティアの手を引いて、ふたりの後ろを数メートルあけてついていく。

ふたりはカフェに入って行くようだった。


「僕たちも行こう」

 続いて店内に足を踏み入れる。


 余裕を持たせた席の配置で、ふたりが気づく様子はない。

ないけれど、店内は甘い雰囲気に満ちている。

恋人同士が多くて、そういうお店として人気なのかも、と思うほどだ。

目のやり場に困った私は視線を彷徨わせ、今すぐ出たいとアリスティアは助けを求めた。


「ジ、ジークさま……!」


「王都にこんなお店があるなんて……驚いたね。

 ――ほら、見て」

 目配せするほうには、アルトとエリーヌ。

アルトがフォークでケーキをすくい、それをエリーヌが顔を赤くしながら口に入れる。


 貴族としてはマナー違反になるけれど、今はお忍びでここにいるのだから不問だろう。


 ――けれど、見てるこっちが恥ずかしくなる。


「アリス。ほら、あーんして」


 いつの間にか注文されていた小さなイチゴのタルト。

それを掴んでアリスティアに迫る。

しかもとってもいい笑顔で。

 

「でん……ジーク様! 無理です、無理です!」


「これも『練習』だよ?」


「いいえ!

 はじめては好きな人にとっておきましょう!?」

 

 ジークフリードはぴたりと固まり、持っていたタルトを静かに皿に置いた。


「そうだね、ごめん。

 早く食べて出ようか」

 そう言って優雅な所作で紅茶を飲んで、タルトを口に運んだ。



 ◇◇◇◇◇


「はあ…………」

 王宮に呼び出した張本人は、辛気臭い様子でソファでぐったりと項垂れていた。


「お疲れですか?」

 わかっていてもとぼけるのはアルトの悪い癖だ。


「…………落ち込んでいるんだ」

 ジークフリードはすわった目で睨みつけた。


「あの作戦がいけないのでは?

 泥沼化している気がしてならないのですが……」

 アルトは部屋の本棚を物色しながら、ジークフリードの話を聞く。


 おおかた婚約者であるエリーヌの気を惹くための本を選んでいるのだろうとジークフリードは思った。

 アリスティアが知らないだけで、ふたりは既に婚約者同士で仲も良い。

ただこの計画のためにふたりが周りに隠してくれているだけだ。


「他にいい方法が浮かばなかった」


「まあ……そのせいで対象外になってますけどね」

「………………」

 容赦ない指摘に部屋の主である、ジークフリードは再び睨みつけた。




 アリスティアに一目惚れしたのは、ジークフリードがまだ幼い頃だった。

しかし肝心のアリスティアは兄リチャードに夢中で、いつも歯痒い気持ちを抱えていた。


 しかし、転機が訪れた。

一月前に兄が婚約を発表すると同時に、ジークフリードの婚約者探しが始まったのだ。


 だから、ジークフリードは友人だったアルトと結託して計画を立てた。


 横恋慕していると嘘をついて、他の候補者は誰かと縁を結ばせ、自分は残ったアリスティアに近づく。


 という、なんともお粗末な計画。


 嘘をついた時点で既に失敗していると、残念ながらふたりは気づかなかった。


 兄とその婚約者ルティーアは、政治的な婚約。

だから、おかしくないとその時は思っていた。


 しかし。


「『はじめては好きな人と』あれはグサッときた。

 僕はアリスが好きなのに、アリスは兄しか……

 不自然ではなかった?」

「アリスは不思議そうにはしてましたが。

 なんせあの妹、鈍いですからねぇ」

 まだ本棚の物色を続けながらアルトは言う。

 

「……兄上は、アリスが好きなのかな?」

「さあ。

 リチャード殿下は何事も卒なくこなす器用な方ですからね。

 実際ルティーア嬢にも尽くしていらっしゃる。

 確信はもてませんね」

「………………はあ」


 ジークフリードの提案に、アリスティアはすぐに乗って協力した。

ジークフリードはアリスティアと秘密を共有して、会える時間が増えて。

それに喜びを感じていた。


 だから余計に罪悪感に胸がシクシクと痛んだ。

アリスティアが傷心中なのを知っていて、そこに期待させるような計画を立てた。



「こんな僕が兄に敵うはずない……」

 ポツリとこぼしたジークフリードに、珍しくアルトは心配する目を向けた。



 またも落ち込んだジークフリードは、それ以降言葉を発することはなく、アルトも本とともに部屋を追いだされてしまった。


 


 

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