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7 シャボン玉に閉じ込めた初恋

 


 ☆戒璃side☆



 公園嫌いな俺は今、公園のベンチに座っている。

 自分の意志で来たわけじゃない。


「ねぇ戒璃。痺れちゃうほどカッコいい新曲のタイトル、まだおりてこないんでしょ?」


 歌番組の収録を終え、テレビ局から寮に向かう車の中で


「そういう時は、気分転換が一番よ」


 俺の隣でシートベルトを締め


「聖女かぶれの私にはわかるの」


 艶めいたピンク色の髪を揺らす(いのり)


「あの公園のベンチに座れば、神タイトルが降ってくるわ。絶対にね!」


 バサバサまつげを印象付けるように、濃いウインクをとばされ


「はい着いた。戒璃、今すぐ降りて!」


 見た目が『華奢な美女』とは思えないほどの怪力で、車から追い出された俺は


「一時間後に迎えに来るから。戒璃、頑張ってね~ いろいろと~」


 見知らぬ公園に、なぜか置き去りにされてしまったんだ。




 俺は芸能人。

 外で人の目が気になってしまうのは職業病。

 変装必須と紫めいたサラ髪を隠すように黒いフードをかぶり、インテリ系眼鏡をかけてはみたものの……


 誰も来なそうな公園だな。

 変装をする必要はなさそう。

 と、思ってしまわなくもないわけで。


 でもまぁ、万が一に備えておいた方がいいか。

 結局俺は変装を解かず、ベンチに座ったまま長い足を組んだ。



 背の高い木々に一周覆われた、この小さな公園。

 人間だけじゃなく、野良猫すら通らないのが不思議だ。

 ブランコ、滑り台、鉄棒。

 子供に人気がある最低限の遊具が、ちゃんと揃っているというのに。



 風で揺れる青々とした木々の下、影が落ちる涼し気なベンチに腰を掛け、俺はギラギラな太陽を見つめ目を細める。


 自信過剰すぎる太陽なんて、今の俺にはまぶしすぎなんだけどな。

 突然おそわれた自己嫌悪。

 ため息が止まらないのは、大切な人への愛し方を間違えていたと気づかされたから。


 俺は視線をさげ、緑がツヤめく葉っぱを靴の裏で地面にこすりつけた。


 この2年半、俺は美心のために生きてきたつもりだった。

 地球がルキに破壊されないように、世界中の人に笑顔を振りまいて。

 大好きでたまらない子に会いたくても、唇をかみしめ我慢して。


 二度と美心に会えなくてもいい。

 美心の未来を守れるのなら。


 自分に言い聞かせ、寂しさとせつなさに耐え忍んで生きてきたというのに……



 美心にとっての一番の元凶は俺だったんだね。

 アルファ学園で再会した時、泣きながら俺への憎しみをぶつけられて思い知らされたよ。


 俺のしてきたことは全てただの自己満足で、この2年半もの間、この俺が美心を傷つけていたんだって。



 4日前、生徒会室に閉じ込めて、美心を自分だけのものにしようと押し倒したあの醜態。

 欲望に支配され暴走した自分を思い出すと、自分を(あや)めてしまいたくなる。


 (つがい)のオメガのフェロモンに充てられたせい、ラット状態になってしまったせい。

 なんていうのはただの言い訳だ。


 後頭部や顔にキスを降らせ、ソファに寝そべる美心に覆いかぶさったなんて、犯罪以外のなにものでもない。


 俺に襲われかけていた時、美心は恐ろしかったに違いない。


 はぁ……

 大好きという感情はなぜ、他人の心も自分の心も痛めつけてしまうのだろう。


 美心を宝物のように愛でたいのに。

 自分の手で幸せにしたいのに。

 俺の中で独占欲が暴れ出して、美心の恋熱を唇で確かめたい衝動に、とりつかれたように駆られてしまうんだ。


 もう美心は俺のものじゃないのにね。

 首を噛んだあの日、俺がみずから手放した宝物で。

 2年半繋がっていた(つがい)という名の赤い糸は、すでにプツりと切れている。

 今はもう、美心は双子アイドルのもの。

 3人の間には、新たな番関係が成立しているんだろう。



 孝里が言っていた。

 記憶喪失になったせいで、美心は双子アイドルのことすら忘れてしまっていると。


 でもそれは、たいしたことではない。

 あの双子アイドルは一途で極甘な愛情を美心に注ぎ続けるだろうし、過去を亡くした悲しみなんて彼らが拭い去ってくれるはず。


 美心、今まで苦しめてごめんね。

 俺のことを綺麗さっぱり忘れられて、心が楽になったかな?


 約束するよ。

 もう二度と俺から話しかけない。

 生徒会長として関わらなければいけない時は、孝里に伝言を頼むし、美心を瞳に映したくなっても、襲ってしまった罪悪感をかみしめ我慢してみせる。



 双子アイドルたちに幸せにしてもらってね。

 たくさん甘えて可愛がってもらってね。


 【大好きな人の幸せを願い身を引くこと】


 それが――

 2年半という長い間美心を苦しめ続けてきた俺にできる、唯一の罪滅ぼしだと思うから。



 顔をあげ、無表情のまま公園の遊具を眺めてみた。

 美心が今、俺の前に現れてくれればいいのに。

 2年半前のクリスマスの時みたいに。


 なーんて……

 ほんとうに俺は未練がましいダメ神だな。


 再び襲われた自己嫌悪。

 初恋を捨てられない自分が、情けなさすぎて笑えてくる。

 美心の幸せを願って身を引くと腹をくくったのは、たった数分前だというのに。


 こんな時は、脳内から美心案件だけを乖離(かいり)させよう!

 別案件、別案件……


 あっ、そうたっだ。

 曲のタイトルを考えるため、俺はこの公園に降ろされたんだ。


 今回の新曲は永遠の愛がテーマ。

 結婚式で新郎が新婦に歌いたくなるような、ハッピー感満載の曲名にしたいけれど……


 ダメだ。

 不幸な闇フレーズしか思いつかない。

 自分の過去の醜態を思い出してしまう公園という場所にいることじたいが、そもそも間違いなのでは。

 うっ、いのりの奴め……


 車から俺を追い出した祈にいら立ちを覚え、うつむきながら太ももに拳をねじ込んだその時


「……あの」


 大好きな声が、頭の上から降ってきた。


 ……この声は。


 吐息まで聞き逃したくなくて、俺の鼓膜に緊張が走る。



八神(やがみ)戒璃(かいり)さんですか? アルファ学園の生徒会長の……」


 ――これは夢なのか?


 戸惑いながら視線を上げた先、ベンチに座る俺の前に立っていたのは、黒髪をサラサラなびかせた女の子だった。


「私、数日前に転入してきた、七星(ななほし)美心(みこ)というものですが……」


 みっみみみみ……美心?

 七星美心?!


 本物だし。

 瞬きも吐息もしているから人形じゃないし。


 いや、どうした? 

 なにがあった? 

 なぜこんなところにいるの?


「急に声をかけてしまってごめんなさい」


「……」


「きのう十守(ともり)孝里(こうり)くんに渡された歌詞カードに、ここに来るように書いてあって……」



 申し訳なさそうに肩をすくめる美心。

 不安そうな顔で、手に持ったアルバムサイズの冊子の写真と俺の顔を見比べている。


 動揺しすぎると、俺は意味不明な行動をとってしまうらしく……

 頭を覆っていたフードをさらに深くかぶり、かけている眼鏡のズレをなぜか直し、美心の透き通った真ん丸な瞳を見上げるように見つめてしまった。



「もっ、もしかして人違いでしたか? ごめんなさい、早とちりでした」


「……えっ」


「本当にすいませんでした」


「ちょっと……」



 深く頭を下げ、走り去ろうと体を180度回転させた美心。


 ――行かないで欲しい。

 ――俺の前から消えないで欲しい。

 ――夢でもいいから、側にいて欲しい。


 湧き上がる欲望に急かされた俺は、冷静な判断なんてできなくて、気づいたら走り去ろうとしていた彼女の手首を掴んでいた。



 俺は美心に関わってはダメだ。

 そのことを俺はちゃんとわかっている。


 先ほど覚悟も決めた。

 罪ほろぼしとして、もう二度と美心に話しかけないと。


 わかっているんだ。

 美心の幸せを最優先にするべきだって。

 頭では理解しているはずなのに……


 大好きなぬくもり、手放したくはない。




 膨れ上がってしまった好きの感情は、手に負えないほどに狂い暴れてしまうものらしい。

 俺は顔を晒すようにフードを首もとに降ろし、かけていた眼鏡を胸ポケットに突っ込んだ。


「俺が八神戒璃だよ。ごめんね、まさか人気のない公園で、同じ学園の生徒に話しかけられるとは思わなくて」


 作り笑いを顔に貼りつけながら、優秀な生徒会長ぶるので精一杯。


 俺の心臓が、ドドドドドと駆けているのがわかる。

 美心の手首を掴んでいるせいなんだけど。

 異常な速さでビートを刻む彼女の脈に、惑わされてしまい……


「孝里って、よくわからないことをさせるよね。はちゃめちゃに見えて、他人のことを気づかえる優しい子なんだ。許してもらえるかな」


 アハハなんて、お兄さん笑顔を振りまく自分が気持ち悪くてたまらない。



 でもなんで孝里は美心をこの公園に呼んだのだろう。

 おかしな行動をとったのは、孝里だけじゃない。

 聖女系男子の(いのり)もだ。

 この公園に着いたとたん、俺を車から追い出して。


 二人の意図は?

 まさか俺の片思いの相手が七星美心だとバレた?


 『初恋を拗らせすぎはカッコ悪いから、ササっと告白でもしろ』と、俺の背中を押してくれている?


 いやいや、そんなはずないよね。

 俺が美心を好きだということは、完ぺきに隠している自負があるし。


「あの……私と一緒に……シャボン玉を吹いてもらえますか?」


 えっ? シャボン玉?


「なんで?」


「歌詞カードの一番後ろのページに書いてあるんです。逆らったら、89盗(はくとう)の歌を全曲披露してもらうからって」


 ん? 何の話だろう? カラオケかな?



 頭をひねらせながら、俺は美心が持っている歌詞カードに視線を移す。

 踊っているのは、豪快にペンを走らせたのがまるわかりな男らしい文字。

 バランスが悪いと言うか、読みにくいと言いうか。

 これは間違いなく、孝里(こうり)が書いたものだ。

 完璧な美少女顔と、ヘタと言わざるおえない残念文字とのギャップ、それが孝里の魅力の一つでもあるから。



 なんて書いてあるんだろう。

 なになに?


【明日土曜日の15時、ツチノコ公園にきてね】


 ツチノコ公園ていうんだ、人気が全くないこの公園は。


【持ち物は、シャボン玉二人分】


 なぜに?


【八神戒璃がいると思うから、一緒にシャボン玉を吹いてあげて】


 ……俺の名前が書いてある。


【戒ちゃん今ね、新曲のタイトルが決まんなくて煮詰まってるの】


 ……その通りだけど。

 

【転入生ちゃん、協力してあげて! 絶対にだよ!】


 脅し文句と公園の地図が貼り付けられ、『89盗のドラム担当、孝里より』でしめられたメッセージ。


 俺の脳がプシュープシューっとパンク気味に空ぶく。

 十守孝里の心の翻訳機、今すぐ誰か開発して欲しいんだけどな。


 意図がわからずお手上げ状態の俺は、ベンチに座ったまま、顔に手を当てうつむいた。


八神(やがみ)先輩は、シャボン玉が好きなんですか?」


 俺に対して敬語を使うんだね。

 記憶喪失前は、戒璃くんって気軽に呼んでくれていたのにな。

 

「素敵な曲のタイトルが浮かぶといいですね」


「あっ、ありがとう」


 とっさにこぼした苦笑い。

 俺は美心から、シャボン玉セットを受け取った。

 4人掛けベンチの端と端。

 間に力士が余裕で胡坐をかけるくらいの距離を保ちながら、俺たちは座っている。


 ゼロ距離を望んでいるのは、悲しいが俺だけのようだ。

 美心は気まずそうに視線を泳がせ、無表情でシャボン玉を吹きはじめた。


 2年半前のように楽しくおしゃべりがしたい。

 肩をぶつけあいながら、たわいもない話で笑いあいたい。


 美心を笑顔にできた喜びを噛みしめながら、もっともっと笑顔にしたいと欲ばってしまう、高揚感と幸福感に満たされたあの感覚。

 もう一度味わいたいけれど……


 嫌われたくないんだ

 情けないけどそれが本音。

 大好きだからこそ嫌われるのが極端に怖い。


 学園で再会してさんざん美心を傷つけたくせに、こんな恐怖におびえるなんてね。



 都合のいい自分に嫌気がさし、気晴らしに黙ってシャボン玉を吹く。

 太陽の光できらめく小さなシャボン玉たち。

 風で飛ばされていくのを目で追いながら、幸せと悲しみが入り混じった2年半前の記憶をひも解いた。



 以前話したとおり俺は小1で親に捨てられた。

 村人たちに棺桶に押し込まれ、破壊神のいけにえに。


 15歳のクリスマス、やっと下された破壊神としての命。


 ――生まれ育った村に行って、親や村人に恐怖地獄を味あわせてやる。


 ――地球を破滅させるのは、そのあとだ。


 邪悪な魔王のように、怒りに支配されたまま地球に降り立ったのだが……


 俺は出会ってしまったんだ。

 骨まで凍りそうなほど寒い真冬の公園で。

 10人ほどの小学生を連れて遊びに来ていた、七星(ななほし)美心(みこ)に。


 でもその時の俺はまだ地球を滅ぼすことしか眼中になく、怒りを込めた足の裏で大きな木を蹴りつけ


 ――どうやったら、俺が住んでいた村に行けるんだ!


 イライラを募らせながら、木に八つ当たりをしていたのだが。


 怒りが爆発する直前、いきなり飛んできたんだ。

 一斉に、俺に襲い掛かるかのように。

 小学生たちが各々(おのおの)で吹いた、推定100個以上のキラキラなシャボン玉が。


 俺に触れ一気にはじけるシャボン玉たち。

 うわっ、顔がベトベトするんだけど。

 怒りの限界を超え、俺は怒鳴り声をあげてしまった。


 「シャボン玉は、誰もいない方に吹け!」


 今思えば、ほんと大人げなかったと思う。

 突然変わる風の向き。

 小1,小2くらいの子供には、よめるはずがない。

 気象予報士でも無理難題だろう。



 だがその時の俺は怒りに支配されていて、人を気遣う心の余裕なんてみじんもなくて。


 もういい!

 親や村人を恐怖地獄に陥れるなんて、どうでもいい!

 今すぐ破壊してやる、地球という星をまるごと!


 空に伸びる枯れ木に手をつき、目を閉じギュッ。

 力を込めた手のひらを、地面に向かって突き出したものの……


 「ごっ、ごめんなさい!」


 胸まで伸びた黒髪を揺らしながら女の子が駆けてきて


 「私の不注意で……」


 必死に謝られ、俺の腕がだらんと脱力状態に。

 地球吹っ飛ばし計画が邪魔されてしまった。


 「シャボン玉、顔にかかっちゃいましたよね」


 15歳の俺よりちょっと下くらいに見えるな。

 10人くらいいる小学校低学年の子守り役か。


 「本当にごめんなさい!」


 頭を深く下げすぎ。

 腰いためるよ、間違いなく。


 「シャボン玉は、公園のすみでやるよう言い聞かせますので」


 いやいや、今すぐ全員で帰って。

 俺の視界に一瞬でも映りこまないで。



 俺の中で変わらず燃えたぎる怒り。

 収まらなくて俺は目を吊り上げギロリ。

 黒髪ロングの童顔に、冷酷な視線を遠慮なく突き刺す。


 「ねぇ」


 「はっ、はい!」


 「こんな寒い公園でシャボン玉なんか吹いてないで、今すぐ家に帰って、家族と仲良くケーキでも食べなよ」


 「……えっ?」


 「今日はクリスマスなんだから」



 鬼の形相で、嫌味を吐かずにはいられなかった俺。


 「クリスマスなんてものは、親が子供への愛を他人に見せつけるためのエゴ大会でしょ。ほんとくだらない」


 いーよな、地球人に住む子供たちは。

 俺だって小1までは親に溺愛されていて、おねだりしたプレゼントが、クリスマスの朝に枕元に置いてあって……


 あー、もう!

 8年前のことなんて、思い出したくもない。

 ほんと腹立たしい。

 俺の視界に入るところで楽しそうにシャボン玉を吹く、あの小学生集団も許せない。


 キミたち地球人の幸せなんて、今すぐ俺が消し去って……


 「シャボン玉まみれにさせちゃったことは謝ります、本当にごめんなさい。でも……」


 「俺の前から今すぐ消えてって言ってるの」


 「そのことなんですが……」


 あからさまに睨みつけているのに、俺から逃げないなんて、こういう空気読めない子ほんと無理。

 大声で怒鳴り散らせば泣きながらいなくなるよな、この公園から。



 「あのね、俺はね!」


 「きょっ今日だけでいいんです。あと1時間くらいでいいんです」


 「だから!」


 「お願いですから、今日だけはこの公園で、あの子たちの好きなように遊ばせてもらえませんか?」


 「ねぇ、なんでそこまで頑固なの?」


 普通、キレている人がいたら近寄らないでしょ。

 関わらないようにしようと思うのが、健全な防衛本能だと思うけど。


 「辛さをごまかしてあげたいんです、私」


 「辛さ?  誰の?」


 「親のいないあの子たちにとってクリスマスは、隠れて泣いてしまうほど、残酷なイベントだったりするので」



 ……えっ、親がいない?



 さすがに固まった。

 俺の表情も、全身も、思考回路もなにもなも。


「オメガというだけで、親に捨てられちゃったんです。あの子たちも私も……」


 唇をかみしめながら、弱弱しく揺れる彼女の瞳。

 今にも泣きだしそうで、俺は言葉に詰まってしまった。


 「美心ちゃ~ん、一緒にシャボン玉吹こうよ」


 遠くから小1くらいの女の子に手を振られ


 「ちょっと待ってて。今、大事なお話をしてるから」


 彼女が慌てて貼りつけたのは、優しお姉さん笑顔。


 「わかった~」と女の子が背を向けた直後、泣き出しそうな顔に戻っていて……


 今俺が心無い言葉を突き刺したら、ハートが粉々になってしまうのかな。

 彼女の涙は見たくない……なぜか。


 俺は彼女に対しキツすぎた態度を弱めた。

 地球を破壊すれば、人間一人の悲しみなんて、どうでもいいはずなのに。



 どちらからともなく、ベンチに並んで座った俺たち。


 「良かったら一緒に」


 渡されたのはシャボン玉セット。

 こんなものと思いながらも、面倒くさそうな顔で吹いてみた。


 ガキの遊びだと思って見下していたけれど、全然違った。

 シャボン玉を吹くと、心の荒波がちょっとだけ穏やかになる。

 どす黒い恨みが、キラキラなシャボン玉の中で浄化されていくような。

 もちろん親や村人に裏切られた怒りは、消え去ってはくれないけれど……でも。


 いきなりザワつきだした俺のハート。

 なぜ心臓が跳ねているのか、理解に苦しんでしまう。


 バクバクをごまかしたい。

 無表情のまま俺はぶっきらぼうな声をもらした。



 「俺は戒璃(かいり)。名前は?」


 「わっ、私は美心です」


 「俺は15だけど」


 「14です。今、中学2年生で」


 「ふーん、俺の一つ下か」


 「同じ中学の先輩ですか? 私は一城中ですが」


 「俺はここらには住んでいない」


 「……そっ、そうですか」


 「いないの?」


 「えっ?」


 「親」


 「あっ、はい。あの子たちも私も、親がいないオメガが暮らす施設でお世話になっているんです」


 「親なんていない方がいいよ」


 「えっ、なんでですか?」


 「この世には、子供を見栄を張る道具として利用している毒親であふれているから」


 「……えっと……そうでしょうか?」


 「少なくとも俺の親はそういう人」


 「私の友達にもいます。親の理想通りでいないと、『出来損ないは家から出ていけ』と顔をはたかれてしまう可愛そうな子が」


 「そういう親はね、周りに自分はすごいぞ自慢をしたくて子供を支配しているんだよ」


 「すごいぞ自慢?」


 「わが子は優秀です。優秀な子に育て上げたのは私です。最高の親でしょ? 誉めて誉めてって。ほんと最低だよ、毒親って」


 「酷い親がいることもわかっています。でも……」


 「でもなに?」


 「あの子たちは優しいお父さんとお母さんのに愛されながら、暮らして欲しかったな」


 「今、シャボン玉を吹いている子供たちのこと?」


 「みんなまだ小1から小3なんですけど。聞いちゃったんです、数年前に。私や大人に見つからないように、小さい子たちだけで輪になって」


 「なんて言ってたの?」


 「パパとママをくださいって、サンタさんにお願いしてみようよって」


 「……それは」


 「あの子たち、まだ幼稚園児だったんですけど、自分のくつ下をベッドにぶら下げて、お願い事を書いた紙を忍ばせて、サンタさん来るかなってワクワクしながら眠りについて。でも現実って、残酷じゃないですか」


 「そうだね」


 「施設外のお友達は『欲しいおもちゃがもらえた』って、クリスマスの朝に道路で飛び跳ねていたんです。クリスマスプレゼントの自慢大会が始まって。施設の中にも、キャーキャー喜ぶ声が聞こえてきて。でも施設の子供たちがもらったプレゼントは、クリスマスツリー型のクッキーで……」


 「……」


 「お友達にはパパやママがいて、家族でおいしい手料理やケーキを食べて、サンタさんから豪華なおもちゃをプレゼントされて、それなのに自分たちには親すらいないんだって。私に抱き着いて大泣きされた時には、どう慰めればいいかわかりませんでした」


 「ほんと世の中って不平等だよね」


 「うちの施設のクリスマスプレゼントは、毎年クッキーって決まっているんです」


 「手作り?」


 「施設長が知り合いのお家のキッチンを借りて、大量に作ってくれるんですよ。忙しい人なのに、チョコペンでカラフルにデコレーションまでしてくれて。中2になった私の枕元にも、ちゃんと置いてくれて。施設長の愛を感じられるので、私にとっては最高のプレゼントなんですけど……」


 「サンタさんからのプレゼントを楽しみにしている小さい子達は、好きなおもちゃをもらった友達と比べて悲しくなるんは当然だよね」


 「あまりに可哀そうなので、その次のクリスマスにシャボン玉をプレゼントしたんです。100均で私が買った安いものなんですけど。施設長の手作りクッキーと一緒に、一人ずつの靴下の中に忍ばせて。でも私が入れているところを、子供たちに見られていたみたいで……」


 「壊しちゃったんだ、子供たちの夢」


 「ちゃっ、ちゃんとごまかしてはおきました。本物のサンタさんがくれたのはクッキーで、私はサンタになりたかっただけなんだよって。ごまかしきれたのかは未だに不明ですけど」


 「何それ」


 あっぶな。

 この子に突っ込むのが楽しくて、つい笑い声を漏らしてしまうところだった。表情を引き締めないと。


 「でも……」


 「ん?」


 「みんなのためと思ってプレゼントしたシャボン玉は、ただの自己満足でした」


 「こんなものいらないって、ごみ箱に投げ捨てられた?」


 「捨ててもらえた方がよかったのかも……」


 「どういうこと?」


 「子供たちに気をつかわせてしまったんです。見てください。あの子たち、すっごい笑顔でシャボン玉を吹いてますよね?」


 「こんな寒いのに、本当にシャボン玉が好きなんだね。家でコタツに入ってアニメを観ていた方が、よっぽど楽しいと思うけど」


 「私への感謝なんですよ。あの子たちなりの」


 「感謝?」


 「毎年私にお願いしに来るんです。クリスマスにシャボン玉が欲しいな、美心サンタさんって。12月25日に、施設のみんなでシャボン玉パーティーをしたいからって。とびきりの笑顔で微笑みながら」


 「それは、純粋にシャボン玉が好きなんじゃ……」


 「コソコソ話を聞いちゃいました。クリスマスにわがままを言うのはやめよう。前みたいに美心ちゃんが悲しんじゃうからって。美心ちゃんが喜んでくれるように、クリスマスはシャボン玉を思い切り楽しもうねって、みんなで頷いたりもしていて……」


 「……」


 「柱の陰に隠れて盗み聞きしていたんですけど、私、耐えられなくなってしまって。子供たちの優しさが嬉しくて、こんな小さい子に気をつかわせてしまっている自分が情けなくて、涙が止まらなくなっちゃって……」


 「泣いたんだ、子供たちに見られない場所で」


 「やばい。思い出したら、涙が出そうになっちゃった。ひっこめなきゃ!」


 「なんで? 泣けばいいのに」


 「あの子たちが私のために、楽しい時間を作ってくれているんです。泣いたりなんかしたら、みんなの優しさを台無しにしちゃう」


 「……」


 「なので今日だけは、あの子たちの好きなように、この公園で遊ばせて欲しいんです。お願いします。この通りです」



 ベンチに座り俺に頭を下げる美心。

 他人のためにこんな必死になれる人間がいるんだ。

 いつの間にか俺は、清い心を持った美心から目が離せなくなっていた。


 こんなに優しい子、好きにならない男子なんてこの世にいないと思う。

 美心に心が奪われてしまった自分を、正当化させるための言い訳にすぎないが。

 頭の中で『好き、好き』と無駄にリピートしてしまう自分が、恥ずかしくて、なんか心臓辺りがくすぐったい。



 人生で初めて俺は恋をした。

 舞い散る枯れ落ち葉すら、キラキラと光って見える15歳のクリスマス。


 自分が吐く息が、ピンクに染まっているような……

 体中を流れる血液が沸騰して、顔が燃えてないかな?

 そんな心配をしてしまうのも初めてだ。



 「あの……ダメ……ですか?」


 ほんとズルいな、その顔。

 不安げに見つめられただけなのに、俺の脳が甘くとろけそうになる。


 「子供たちに、楽しいクリスマスの思い出を作ってあげたくて」


 いい子すぎだから。

 まったくもう。


 彼女の瞳に映る自分は、明らかなるテレ顔だ。

 破壊神とは思えないほど、だらしなく表情が緩んでいる。


 消えてしまいたいほど恥ずかしいのに、ドキドキと駆ける心臓の飛び跳ねがなぜか心地よくて。


 「思う存分、この公園で遊べば」


 美心を見つめる限界がきて、芽生えた恋心がバレないように俺はそっけなくそっぽを向いた。



 「本当ですか?」


 「公園は子供が思い切り遊ぶための場所だし」


 「ありがとうございます」


 満開の笑顔が俺の前で咲き誇っている。

 真ん丸な目がキラキラして見えるけど。

 瞳の中にお星さまでも飼ってるの?

 喜んでる姿、可愛すぎ。

 もっと俺に心を開いてもらうためには……


 「ただし条件がある」


 「えっ? 条件?」


 「俺に敬語はやめて」


 「でも戒璃さんは私より年上だし」


 「生まれが数か月の違いなんて、同い年みたいなものでしょ」


 「……えっと……違うような」


 「あと戒璃さんって呼ぶのもやめて」


 「じゃあ……戒璃……様……?」


 「様?」


 「ひゃっ、睨まないでください」


 「敬語をやめてって言ってるのに、まさかの『様』づけって」


 「推しアイドルのウチワに印刷されたような、綺麗な顔をしているから……」


 「ブハッ、何それ」


 あっ、つい吹いちゃった。

 堪えられなくて。

 美心が思いもよらない可愛いことを言うから。


 「笑ってくれた……戒璃さんが……嬉しい」


 「真ん丸な目をさらに見開いて驚くこと?」


 「バイバイするまで睨まれ続けると思っていたので」


 「俺だって楽しいときには笑うよ」


 「実はこの公園に戒璃さんが来た時、警戒しちゃって……怖そうな人が来たって」


 「子供たちに暴力を振るわれたらどうしようって、心配になった?」


 「明らかにイライラモードで。睨み殺されそうなくらい怖かったから……ちょっと……」 


 「アハハ~ 素直すぎ」


 「ごっごめんなさい!」


 「あながち間違いとは言えないけどね」


 「ん? どういうことですか?」


 「そんなことより、まだ俺のことを呼んでるし。戒璃さんって」


 「じゃあ、戒璃……くん……」


 

 そんな恥ずかしそうに名前呼ばれたら、ニヤついちゃうんだけど。


 もうムリだ、降参。

 天使なの?って思っちゃうくらい可愛いすぎなんだもん、美心が。

 自分の恋心を甘々な言葉に変換しないと、ハートが膨れ上がって破裂してしまいそうだ。



 美心の隣に座る俺。

 迫るように、俺は美心の太ももの真横に手をついた。


 「もう一度、呼んでくれる?」


 美心の黒髪を指ですくい、ワイルド笑顔をわざと美心の真ん前で煌めかせる。


 「戒璃……くん……」


 照れてる、ほんと可愛い。


 「なぁに、美心」


 「べっ別に、お願いされたから、呼んでみただけで……」


 「俺の見まちがい? 美心の顔が真っ赤に見えるけど」


 「違うっ! こっこれはっ……寒いから。うん、絶対にそう!」


 「ついさっきまでは、薄ピンクに染まってるくらいだったのに」


 「……そんなことは」


 「顔が真っ赤になっちゃうの、俺が原因だったりする?」


 「ひゃっ!」


 「キスされるかと思ったでしょ」


 「顔……近づけてくるんだもん……」


 「ダーメ、俺から目をそらさないの」


 「だって……」


 「恥ずかしそうに揺れる瞳で、俺だけを見つめて欲しいんだけどな」


 「こっこんな至近距離で見つめられるとか……ほんと無理で……」


 「どうして?」


 「どうしてって……」


 「ちゃんと言葉にして」


 「戒璃くんの笑顔が優しすぎだし……声が甘すぎだし……」


 「美心の瞳もハートも鼓膜も、ドロッドロに溶けちゃえばいいのに」


 「ズルいよ……」


 「なんのこと?」


 「極端すぎるギャップが……さっきまで、地球を侵略しに来た魔王様みたいな怖い顔をしてたのに……」


 「フフフ、鋭すぎ」


 「えっ、戒璃くんって魔王様なの?」


 「アハハ、そんなわけないでしょ」


 「なんで急にいきすぎたファンサをしちゃうアイドル様みたいになっちゃったの?」


 「美心の恋沼に突き落とされたって言ったら、俺のことを好きになってくれる?」


 「えっ? すすすっす……好き? 戒璃君が私を?」


 「ヤバいから、かなりはまってるから。俺は美心に」


 「だっだから……恋沼ってなに? そもそも私たち、今日初めて会って。しゃべったのも数十分くらいとかで……」


 「気づいてない?」


 「えっ?」


 「美心が放ってるオメガフェロモンが、アルファの俺を惑わしてくるんだよ」


 「オメガフェロモンを放ってる? そんなはずは…… 今まで発情期とかヒートとか来たことがなかったのに」


 「美心は俺にとっての【運命の番】なんだ。間違いない」


 「運命の……番……」


 「俺は今、美心のことしか考えられない。美心が愛おしく思えてしょうがない。俺のものにしたいし、美心の瞳に俺以外映らないで欲しいし」


 「運命の番なんて、小説の中だけの話でしょ?」


 「どう思う?」


 「エリートアルファ様に狙われてっていう小説が私は大好きなの。でも運命の番として結ばれているカップルなんて、現実世界では聞いたことないよ」


 「俺が美心に証明してあげる」


 「証明?」


 「小説よりも現実恋愛の方が、極甘だってこと」


 「ななななな、なんかパニックになってきちゃった。いいいいいっ……いったん落ち着こう!」


 「俺は落ち着いてる。俺の心音、聞きたい? どうぞ。俺の胸に耳を当ててみて」


 「むっ無理だよ! 戒璃くんの胸に頬っぺたギューとか」


 「コートを着てたら、心音なんて聞こえないか。待ってて、今脱ぐから」


 「チャック下ろさないで! 凍えちゃうよ! 私だってキュン死しちゃう!」


 「アハハ、キュン死って。極甘小説の読みすぎ。顔真っ赤になっちゃうとこ、可愛くてほんと好き」


 「ハチミツみたいな甘々な声で放たれる、王子様みたいな胸キュンセリフ……聞いていられないんだってば!」


 「心配しないで、もうすぐ快感に変わるから」


 「そんなはずは……」

 

 「俺のアルファフェロモンを吸わないと生きていられないほど、俺に堕ちてくれればいいのに」


 「かかか、戒璃くんの近くにいちゃダメだ!あっ思い出した。私、一緒にシャボン玉やろうって誘われてたんだった。行かなきゃ!」


 「子供たちとシャボン玉を吹きながら、頭の中で何回も唱えてね」


 「唱える?」

 

 「俺のことが大好きって」


 「……っ///」


 「俺ね、人を愛おしいと思ったのが初めてなんだ。美心のこと、他の男に渡したくない」


 「きゃっ! ベンチに座ったまま抱きしめないで」


 「立ってならいいの?」


 「それもダメ! 見られちゃう、施設の子供たちに」


 「わかったよ、離れてあげる。美心に嫌われたくないからね」


 「……はぁ、心臓が止まっちゃうかと思った」


 「俺に抱きしめられて、キュンキュンしてくれたんだね。嬉しいな」


 「ちっ違うってば……施設の子供たち以外に抱きしめれたの……初めてで……」


 「いるんだ」


 「えっ?」

 

 「一緒に暮らしている施設の子の中に、美心の想い人」


 「いっ、いないよ! 私以外みんな小学生だし。一番年上の子でも小3なんだから」


 「5歳しか離れてないでしょ? 心配だなぁ。今から子供たちと遊ぶの、俺も混ぜてよ」


 「もちろんいいけど」


 「あの男の子達が成長してカッコいいオスになる前に、きちんと牽制しておかなきゃね」


 「けんせい?」


 「美心に愛をささやいていいのは、俺だけだって」


 「みっ、耳に甘い声を吹き掛けないで! 出会ったときと、キャラ変わりすぎだから!」


 「イヤ?」


 「嫌じゃないけど……こういう甘い空気に……慣れなくて……」


 「OKをもらったことだし、遠慮なく美心にアプローチするから」


 「OKなんかしてない!」


 「小さな子供たちが目の前にいても、王子様に溺愛されるお姫様として扱ってあげる」


 「そっそれはやめて! あの子達への刺激が強すぎちゃう! 教育上、よくないことだと思う!」


 「そうかなぁ」


 「そうなの! でも……私も初めて……」


 「ん?」


 「誰かの隣に座っているだけなのに、逃げ出しそうなくらい心臓が飛び跳ねるなんて……」


 「フフフ、可愛い」


 「笑わないで」


 「そういうのを、恋って言うんだよ」


 「こ……い……?」


 「早く完全に俺に沼って」


 「えっ?」


 「運命の番と両想いだって、俺にうぬぼれさせて」


 「わっ、私はオメガだよ!」


 「知ってる」


 「劣等種と付き合ったら、みんなからバカにされちゃうよ」


 「気にしないで。俺のオメガは世界一キュートだって、自慢するつもりだから」


 「……戒璃くんって……ホストみたいだね」


 「ディス?」


 「私が嬉しくなる言葉を……たくさんプレゼントしてくれるから……」


 「それならホストじゃなくて、美心だけのサンタになりたいな」


 「サンタさん?」


 「だから美心も俺だけのサンタになって、俺にプレゼントしてくれないかな?」


 「何を?」


 「一生、美心を独占できる特権」


 「……っ、だから……そういう王子様発言をされると……心臓が止まりそうになるんだってば」


 「まだ、俺に骨抜きにされる覚悟はできない?」


 「それは……」


 「まぁ、返事は今じゃなくてもいいよ。俺たちを包む空気が、ベタ甘になっちゃったね。気分転換に、子供たちとシャボン玉を吹きに行こうか」


 「……されたい……です……」


 「えっ?」


 「骨抜き……」


 「それって」


 「オメガの私が、戒璃くんの隣にいていいのかなって不安になっちゃうけど……思っちゃうから……」


 「ん?」


 「来年も再来年もこの先ずーっと、クリスマスに私の隣でシャボン玉を吹いてくれるのが、戒璃くんだったらいいなって」


 「ほんと?」


 「……恥ずかしくて……顔燃えそう……」


 「一生、美心のことを大事にする! 本物のサンタさんがあきれるくらいね」


 「私も頑張るね……」


 「頑張る?」


 「戒璃くんに、一生好きでいてもらえるように……」


 「なんで美心は、そんなにかわいいの? ギューしてもいい?」


 「わっ私、いいよなんて言ってないのに。 ここっ、こんなところで抱きつかないで!」


 「ごめんね、無理」


 「無理って……」


 「今、美心に思い込ませているところだから。俺のフェロモンだけが、美心のハートをとろけさせるんだって」

  

 「今すぐ離れて! 見られてるから! 離れたところにいる子供たちに!」


 「美心、俺を見て」


 「っだから!」


 「今日、俺と出会ってくれてありがとう」


 「……うっ」


 「俺を選んでくれてありがとう」


 「……こちらこそ。世界一ステキなクリスマスプレゼントをありがとう、戒璃くん」




 俺の脳はこの時、初恋麻痺だったんだと思う。


「好き」の感情に支配され、美心のオメガフェロモンにやられ、もっともっと美心に好きになってもらうためには……


 美心に送る視線は全て、バニラアイスみたいな甘々トロトロじゃないと気が済まないほどに。




 離れたところにいる子供たちが飛ばした、たくさんのシャボン玉たち。

 寒空を舞い踊るように煌めき、まるで俺たちが運命の番だと証明するかのよう、それぞれの左手の薬指に奇跡のごとくくっついた。


 ――結婚指輪みたいだな。


 そう思ったのは俺だけじゃなくて


「おそろいだね」


 美心は瞳を揺らしながら、恥ずかしそうにニコッ。


 ――愛おしい人が俺だけを見つめてくれるのって、こんなに幸せなことだったんだな。


 俺は王子様スマイルを浮かべ、美心の未来を縛るプロポーズを奏でた。


「いつかお互いの左手の薬指に、シャボン玉みたいに輝くキラキラな指輪をはめようね」と。



 俺の脳にまとわりついた、美心の甘美なオメガフェロモンは強力だ。

 自分のフェロモンと絡み合う高揚感で、心臓が駆け狂い、呼吸までもが乱れ咲く。


 もうろうとしてきた意識の中、理性というオスに必要な盾が溶かされて、歯止めがきかなくて


「俺以外、美心の恋の瞳に映さないで」


 美心と一刻も早く番いたい。


「美心の人生を俺に捧げてよ」


 未来永劫、絶対に誰にも渡したくないから。


「ねっ、いいでしょ?」


 甘く微笑んだ俺に


「……私で……よければ」


 戸惑いながらも頷いてくれた美心。



 お互いの愛の血がドロドロに溶け合うような、贅沢な幸福感。

 浸りながら俺は美心の首を噛んだ。



 美心の白いうなじに刻まれた永遠の愛の証。

 くっきりついた噛み跡が、これでもかってほど愛おしくて


「ひゃっ、くすぐったい!」


 背中を震わす美心に逃げられそうになっても、肩を掴んで


「もう少しだけ。ねっ、いいでしょ?」


 俺は甘い声を美心の耳に吹きかけながら、何度も噛み跡を指でさすってしまったんだっけ。



 このあと――


 最愛の人と繋がれた喜びで浮かれたまま、子供たちの輪に入り、シャボン玉をしたり、色オニやドッジボールを楽しんだり。


 俺って子供好きだったんだな。

 驚きの発見をしたくらい、夢中になって遊んでいたんだけど……


 ひと遊びしたあとの休憩中、ベンチに並んで座り乱れた呼吸を整えていた時


「戒璃くんのこと、いろいろ教えて欲しいな」


 大好きな天使に微笑まれ


「どこに住んでるの? 隣の市あたり?」


 美心の指が沈む夕日の方をさした瞬間


「……えっ、住んでいるところ?」


 俺の頭の中が、真っ白になってしまったんだ。


 幸せにつかりすぎて、完全に忘れていたから。


 ――今日中に地球を破壊をしなければ!


 地球に降り立つ俺が背負う、破壊神としての絶対的使命を。




 どうしよう……

 美心を好きになったせいで地球を破壊しなかったとバレたら、美心がルキに殺されてしまう……


 残虐な前・破壊神の性格を思い出し


 『やっぱり俺は、美心と番になれない!』


 愛おしい子を公園に残し、恋心も置き去りにして俺は逃げ去った。




 あれから2年半。

 またこうして、美心と公園のベンチでシャボン玉を吹くことになるとはな……

 ベンチに座りながら、過去の罪から意識を現在に戻す。


 他人以上に開いている二人の距離が、せつなくて、俺はベンチの空席を眺めため息をはぁー。

 無言という重ぐるしい空気を消ちらすにはと、今日が初対面と装い微笑んだ。


「美心……さんは、アルファ園の生活にもう慣れた?」


「まだ……2日しか通っていないので……」


「そっそうだよね? コミュ力に長けた優等生でも、転校先になれるのに3日はかかるよね。アハハ……」


 間違えた、質問の選択。

 話を変えなければ、えっと……


「美心さんはどこに住んでいるの? 五六(ふのぼりけ)家?」


「えっ、ふのぼり?」


「双子アイドルのお屋敷に、住まわせてもらっているんでしょ?」


「ちっ違います」


 ちがうの?


「私は病院に入院中で……って。えっ? もしかして私、記憶喪失になる前は、学園の生徒さんのお家に住まわせてもらっていたんですか?」


 あれ、とんでもないハテナ爆弾を投げ込んじゃったかも。

 さすがにごまかさなきゃ。


「ごっごめん、今のは俺の勘違いというか、言葉のあやというか……」


「病院の先生も看護婦さんも、誰も教えてくれないんです」


「何を?」


「私の過去です。記憶が変にすり替わっちゃったら大変だからって。赤ちゃんの頃に両親はなくなったとだけ聞いていて……」


「そうなんだね」


「もしかして私……双子アイドルのお二人と、過去に何かあったんでしょうか」


「えっ?」


「意識を取り戻して学園に登校したら、そのお二人が教室に駆け込んできたんです。私のことは知らないとおっしゃってましたけど、『失敗してごめん』って謝られて。どうしてもそれが引っかかっていて……」


 そのごめんは『八神戒璃との番を解消した時に、誤って八神戒璃以外の記憶まで奪ってしまった』ことに対する謝罪だろうね。


 記憶喪失の美心に自分たちの本性を暴露できなくて、あいまいな言葉で濁したんだろう。


「それから美心さんは、56ビューの二人には会ってないの?」


「廊下ですれ違ったことはあったんです。でも、目が合ってもすぐにそらされてしまいました。なので、知り合いではないんだろうなと思いましたけど」


 五六(ふのぼり)風弥(かざみ)雷斗(らいと)が、美心を避けている?

 どういうこと?


 記憶喪失になる前、美心は五六(ふのぼり)兄弟と付き合っていたはず。

 双子アイドルの豪邸に住み、あの二人に可愛がられ溺愛されていただろうに。


 俺と美心の番関係を解消した直後、あの二人が美心の首を噛んだと思い込んでいたが……


 もしかしたら……


 確かめたい、今すぐに。

 長い黒髪で隠れた美心の首に、新たな噛み跡が刻まれているのかどうかを。



 何かに取りつかれたように、スッと立ち上がった俺。

 ベンチの後ろに回りこみ美心のもとへ。


「ちょっとごめんね」


「えっ?」


 戸惑う美心の返事すら待たず、美心の髪を自分の手にすくい乗せる。

 美心のうなじを確かめたくて、綺麗な黒髪を片がわの肩に流した。



 ない。

 新たな噛み跡なんてどこにも。


 美心が意識不明になり、首を噛むのを躊躇したということだろうか。



 俺の心臓が辺りが、ほわっと温かくなっていく。

 よかったぁ、美心まだは、誰のものにもなっていなんだ。


「わっ私の髪を急にっ触って、ななっ何をしているんですか?」


 恥ずかし気に声を上げた美心。

 ベンチに座りながら、慌てるように後ろを振り向いた。

 腰まで伸びるストレート髪が、体のひねりにつられ宙を舞い、踊り静まるよう定位置に垂れ下がる。


 美心の髪って艶があって綺麗だよね。

 番関係のままだったら、確実に今、色気をまとった美心のオメガフェロモンにやられていただろうな……って。


 ハッ!

 恐ろしいことに、気が付いてしまった。

 簡単に想像できてしまう未来地獄絵図が、俺の脳内スクリーンに鮮明に映し出されてしまった。


「……美心って……フリーオメガなの?」


 絶望感に襲われ、呼び捨てにしたことすら気づいていない俺。

 血の気のひいた顔のまま、ベンチに座る美心を見つめてしまう。


「フリーオメガ? 私がですか?」


「美心は誰とも(つが)ってないんだよね?」


「えっ?」


「次のヒートはいつ? 薬はちゃんと飲んでる? フリーオメガがアルファ学園にいたら……」


 美心が大量のオメガフェロモンを放ってしまったら、学園の全生徒に襲われてしまうかもしれない!

 番を解消された俺だけは、美心のフェロモンに惑わされることはないと思うけど……



「あの、八神(やがみ)先輩……」


「念のため、今すぐオメガ病院に行こう!」


「オメガ病院?」


「処方してもらうべきだ。ヒートが起きてしまった時に飲む、即効性のある強めの非常薬をね」


「えっと……」


「処方されたら、その薬は24時間持ち歩いて!」


「……?」


「学園にいる時も外出する時も、肌身離さずね。寝ているときにも絶対だよ」


「あの……八神先輩が言っている意味が、よく分からないんですが……」


「美心はオメガなんだから、あらゆる対策をしないと危ないって言っているの!」



 切羽詰まった顔で、説教臭い上から目線になっちゃったけれど。

 自分が嫌われることよりも、美心の身が心配なんだよ。

 どうにかして美心を、ベータとオメガしかいない学園に転校させなきゃ。


 そもそも今、寝泊まりしている病院は大丈夫なところなのか?

 56ビューの二人が用意したと思うから、美心の安全を第一に考えていると想像はできるが……


 何かあってからでは遅いんだ。

 俺が美心の側にいて、守ってあげるのが一番いいはず!


 美心が安心して暮らせるマンションを購入して、寮を出て俺も一緒に住めば……



「八神先輩、勘違いしていませんか?」


「俺が……勘違い?」


「私はオメガじゃないです、アルファです」


「……えっ?」


「人と接した記憶はほぼないんですけど、私がアルファだってことははっきりと覚えていますし。目覚めた時、病院の先生も言っていました。アルファが飲む薬を処方しておくから、絶対に飲み忘れることがないようにって」



 いやいや、そんなはずはない。

 番関係が断たれた今、俺は美心が放つフェロモンに惑わされることはなくなった。

 でも、かすかに感じ取れるんだ。

 美心が放つ甘美な匂いは、出会った2年半前から変わってはいない。


 病院の先生は、美心をだましているのか?

 なぜそんなことを?


 記憶喪失になった人の脳を、刺激してはいけないと聞いたが、ヘタに刺激をして間違った記憶が植え付けられないように、美心を守っているつもりなのか?


 五六(ふのぼり)兄弟が美心を避けているのも、そのためなのか?



 それなら俺は、美心の側にいてはダメだ。

 美心に【深い愛】と【深い傷】を刻みこんでしまったのは、間違いなく過去の俺なんだ。

 今すぐ美心の前から消え、美心が記憶を取り戻すまで関わらないのがベストだろう。


 ただ……


 俺がそばにいなかったら、誰が美心を救える?

 美心は番がいない、フリーオメガになってしまったんだ。

 アルファだと思い込んでいる美心がフェロモンを放ってしまった時、誰が守ってあげられるんだ?


 俺が絶対的に信頼をしている人間は、少ない。

 そのうちの二人が89盗のバンドメンバー『(いのり)』と『孝里(こうり)


 その二人に俺と美心の過去を話して、頭を下げて、美心のことを守ってとお願いして……



「八神先輩、月曜日のライブよろしくお願いします」


「ん、月曜日って今度の?」


「はい」


「俺たちのライブ予定はないけど……」


「祈先輩と孝里くんが教室に来た時に言われたんです。月曜日の放課後に、学園の講堂で私の歓迎会を開いてくれるって」


「歓迎……会……?」


「学園の生徒の前で89盗がライブをする。一曲だけでいいから、主役の私にも歌って欲しいとお願いされて……えっと……聞いてないですか?」


「あっ、うん」


「56ビューとコラボをするかもって、話してましたよ」



 祈と孝里は56ビュー嫌いだ。

 わざわざコラボライブを企画するなんて信じがたい。

 今日この公園で俺と美心を会わせたことといい、週明けの学園ライブといい、どういう魂胆なんだ?



 浮かばせたくなかったが浮かんでしまった、祈と孝里に対する不信感。

 とんでもないことが起きてしまいそうな予感に、背筋がオーバーに震えあがってしまう。


 やはり美心のことは他人に任せてはダメだ!

 俺が美心を守り通さないと!

 そのためには……


 美心は今ベンチに座っている。

 俺は空間をつくらず、美心の隣に腰を下ろした。

「あのね、聞いて!」と、美心に真剣な目を突き刺す。


「美心は覚えていないと思うけど、実は2年半前に……」


「やぁ、久しぶりだな」


 えっ? 


 俺の声を遮るように、背後から聞こえてきた尖り声。


「あいびき中だったか。邪魔をしたのなら謝ってやろうじゃないか。すまなかったな戒璃」


 いじわるっぽい低音はまるでネチネチとした蛇のよう。


 ――俺の後ろにいるのは、まさか……


 振り返らずともわかってしまった声の主。

 恐怖という闇が生まれ、急激に俺の心臓をむしばんでいく。


 ねちょっと噴き出した変な汗。

 首からにじみ出るが止められない。


 見られてしまったというのか、この男に。

 大好きな人と二人だけでいるところを。


 うかつだった、本当に。

 俺の恋心を隠し通さなければいけない、危険極まりない相手だったのに……



 うつむいたままベンチに座っている俺から、興味を他に映したイケオジ。

 歩みを進め、立ち止まってニヤリ。


 「初めましてお嬢さん、戒璃の叔父(おじ)のルキだ」


 鋭くとがった全部の歯を不気味に光らせながら、美心を覗き込むように微笑んだ。


 紅色のスーツに真っ赤な短髪。

 眼光鋭く、明らかにガラの悪い容姿をしているルキ。

 美心の目には、ヤクザの類いとして映っているんだろう。


 「あっ、ここっこんにちは。八神(やがみ)先輩の…ご親戚なんですね……」


 美心は器用に微笑みながらも、警戒するかのように目を泳がせている。



 ルキは俺との関係を叔父と言ったが、それは違う。

 俺たちは血なんか繋がってはいない。

 彼はいけにえとして差し出された俺を、15歳まで天界で育ててくれた人。


 そして――

 今までにいくつもの星を滅ぼしてきた、残虐非道と名高い【前・破壊神】だ。



 わざわざ地球に出向いたということは、ルキの中でめんどくさいを上回る対価が、手に入るということだろうか。何をしに来た?

 

 「お嬢さん、少し(おい)っ子の戒璃を借りてもいいか?」


 「あっはい、もちろんです」


 「悪いな」


 「私は向こうの日陰でシャボン玉を吹いてますね」



 俺の叔父と聞いて、美心の中でルキに対する警戒心が薄まってきたようだ。

 美心は口角を上げ軽く会釈をすると、公園の隅の方に走って行った。


 そんな心清らかな美心とは真逆、俺は警戒レベルを最高値に跳ねあげ、こぶしをギュっ。

 ベンチから立ち上がり、真剣な顔でルキと対峙する。



 「ほんとに久しぶりだな、戒璃」


 「何をしに地球に来たの?」


 「フッ、 大人っぽく成長したじゃないか」


 「俺はもう高3だからね」


 「戒璃のことじゃない」


 「ん?」


 「前に見た時は、顔面の主張は幼さの方が強かったのにな」


 「おさなさ?」


 「でも今は違う、色気の方が勝ってる」


 「それって……」


 「相変わらずシャボン玉が似合う子だ」



 フンと鼻で笑いながら、獲物を狙うような目を公園の隅に向けるルキ。


 まさか……

 俺の顔面から一気に血の気がサー。

 恐怖で心臓が凍りつきそうになり、俺は動揺を声に溶かした。


 「なんでルキが……美心のことを……」


 「あー、よーく知ってるさ。七星(ななほし)美心(みこ)。親に捨てられたオメガ。生まれた時から施設で育ち、14のクリスマスに戒璃と出会った」


 「……っ」


 「俺が知ってることはまだまだあるぞ。戒璃は七星美心を好きになり、首を噛んで番関係になった。そしてあの子を守るために、地球を破壊しなかった。天界に戻ってきたとき、俺が怖すぎて本当のことを言えなかったんだよな、だからあんなウソを。全地球人のメンタルを破壊する気なんか、サラサラなかった癖に」


 ……最・悪・だ。


 ルキは俺の裏切りを最初から知っていた。

 そのうえであえて、俺を地球で泳がしていたんだ。

 八神戒璃は信頼していい男なのか、自分の目で確かめるために。


 「この2年半もの間、何度も込み上げてきたさ。あきれ笑いがね。俺の監視に全く気付いていない戒璃の能天気さにも、そんな男を自分の後継者として選んでしまった自分のアホさにも」


 落ち着け、うろたえるな俺

 ルキとは8年もの間、ニセ親子として時間を共にしたんだ。

 とりあえず、ルキがこの場で怒って地球を破壊しないよう、最善の注意を払って……


 「ルキ、俺の話を聞いて」


 「もういい」


 「え?」


 「もういいんだ戒璃、地球なんて壊さなくても」


 それって……


 「俺の代わりに、ルキが破壊神としての使命を果たすつもり?」


 「興味がなくなったんだよ、地球ドカンなんてものに」


 信じられない。

 ルキの口からそんな言葉が出てくるなんて。


 「ルキ、本気で言ってる?」


 「ああ、全地球人の精神が壊れていく様も、見る気が失せたしな」


 とりあえず、最悪な地球ドカンは免れたってことか。

 それについては安心したけど……でもなぜだ?

 なぜ地球破壊をやめ、裏切り続けてきた俺に笑顔を向けている?


 小1から15歳まで、彼の一番近くにいたから知っている。

 ルキは【裏切り】という行為を、絶対悪と位置付ける男だ。

 残虐魔王が穏やか王子にキャラ変するだけの理由が、今の俺には見つけられない。


 まだルキの言葉を信じてはダメだ。

 とりあえず美心だけは守らなくては。



 「とにもかくにも、俺は見つけてしまったんだよ。地球破壊なんて比にならないくらいゾクゾクする、最高に面白いオモチャをな」


 最高に面白い……オモチャ……


 あれ? 


 遠くを見つめるルキの瞳が、俺の大好きな子を捕らえているような……


 「あのオメガは自分をアルファだと思い込んでいるのだろ? たまらないなぁ」


 ヘビみたいな不気味笑いを浮かべ、舌なめずりをしたルキ。

 残酷な地獄の未来が迫っている気がして、俺はごくりと唾を飲み込んだ。


 「最高に面白いオモチャって……もしかして、美心のこと?」


 「しかも記憶喪失なんて。クククっ、潰しがいがある人間じゃないか」


 「ルキ、何を企んでる?」


 「壊すんだよ」


 「壊す? さっき言ってたよね、もう地球には手を出さないって」


 「だから地球には興味はない。俺が壊したいのは清らかな人間の心」


 「こころ?」


 「七星美心の精神だよ」



 ……うそ……だよね。

 美心が残虐なルキのターゲットになってしまったということなのか。


 「物理的な破壊は経験値が高いが、精神的な破壊はそこそこレベルでな。一度天界に戻って、メンタル破壊計画を立てなくては」


 「ルキ、あの子は……」


 「安心しろ、戒璃の想い人の命までは奪わん」


 「だから……」


 「壊しがいのあるオモチャと、出会わせてくれてありがとな」


 「ルキ、話を聞いて!」


 「じゃあな、裏切者」


 「お願い、待ってってば!」



 声を張り上げながら、ルキを捕らえようと必死に伸ばした手。

 でも俺の腕は、むなしく(くう)を切っただけ。

 不気味に八重歯を光らせたルキは一瞬で消え、俺はとんでもないことを企む怪物を引き留めることができなかった。





 

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