5 89盗メンバーの秘め事
☆孝里side☆
「ねぇ戒ちゃん!」
夜9時、89盗の3人で住んでいる寮の地下スタジオで
「ギター暴れすぎなんだけど!」
ドラムを叩き、ほっそい体から文句を吐き出す僕。
十守 孝里、高校2年生。
僕のことは『こうちゃん』って、気軽に読んでね。
テヘっ! ペロっ!
なんて、キュートに舌を出している場合じゃなかった。
「ちょっとちょっと! 僕のドラムを無視して突っ走っりすぎ! 戒ちゃん何? 僕に怒ってるの?」
僕の甲高いお姫様ちっくな叫び声なんて、ギターを鳴らす戒ちゃんの耳はに届いてない。
心ここにあらず。
戒ちゃんは指をいじめるように、ビュインイビュイン音を暴れさせている。
はぁあぁぁ~
人格変わるくらい荒れるなら、頼りがいのあるもう一人のバンドメンバーがいる時にしてよ。
人の心を癒すプロなんだから。
【いのりん】こと九重祈は。
ドラムを叩きながら、諦めのため息を吐き出した僕。
おかげで、猫っ毛で波打つ前髪が大揺れしちゃった。
おかしいんだ、最近の戒ちゃんは。
誰よりも他人の音を聞いてギターを奏でる。
私生活でも周りに気をつかうキラキラ王子様。
それが僕ら89盗のギターボーカル
『八神戒璃』のはずなのに。
どうしちゃったのさ。
いつもの王子様っぽいピュアオーラは、どこに捨ててきちゃた?
トレードマークのさわやか笑顔は、一切浮かべず。
まるで魂を抜かれたみたい。
悪霊に取りつかれたように、体を大振りしてギターを鳴らしていて……
――これ以上バンド練習をしても、時間のムダそうだなぁ。
「ストップ、ストップ!」
僕はドラムを叩くのをやめ、バチを頭の上で振ってみた。
やっぱりかぁ。
ドラムのドンドンが聞こえなくなっても、まだ弦を弾いてるし。
「もう、やめやめ! ストップだってば!」
僕はわめきながらドラムの椅子からピョン。
マロン色のユルふわ髪が、着地と同時にピョピョンピョン。
めんどうくさがり屋の僕がだよ。
わざわざだよ。
戒ちゃんの真横に行って、2本のバチでバッテンを作っているのにさ。
あーあー、闇ゾーンにつかりすぎじゃない?
戒璃ちゃんの瞳には僕が映っていないもよう。
怒りを発散するように体を上下左右に揺らし、指から血が出ないか心配になるほど、ギターの弦をはじき。
コードを抑える左手なんて、上に下にと弦を高速滑りしまくりで、目も眉も吊り上げ、泣きそうな顔で唇をかみしめている。
う~む。
さーて、どうするかなぁ。
ほっといてあげるのが『メンバー愛』なんだろうけど、数日前から、戒ちゃんは表情を陰らせてばっかりで。
――心の痛みを、なんとか取りのぞいてあげたいな。
僕の中のおせっかい心が、ニョキニョキっと顔を出す。
僕たちは、2年以上も一緒に暮らしている仲。
戒ちゃんが自分の殻にこもっちゃった時の対処法は、心得ている。
ここまで辛そうな姿を僕に見せるのは初めてだから、効くかどうかは危ういとこだけど。
僕はあえて、戒ちゃんの真ん前へGO。
両手に持ったスティックを天井に。
大の字で甲高い声を張り上げた。
「シャ~ボ~ン~だ~ま~ぁぁぁぁぁ!!!!」
はぁはぁ~、結構しんど。
のどと腹筋の疲労感が半端ない。
肺活量キャパ越えの大声を出したの、現世では初めてだよ。
一応、僕の頑張りは実を結んだみたいで
「……えっ? 孝里?」
目の前に立つ僕に麗しいキョトン顔を披露した戒ちゃんは、ピタっと、ギターを鳴らすのをやめた。
「……俺……何をしていたんだっけ?」
えっ?
今までギターを弾いてたでしょ。
それすら覚えてないの?
まるでタイムスリップしてきた高3男子みたい。
戒ちゃんは首をかしげながら、目だけを左右に動かしている。
戒ちゃんってさ、どれだけシャボン玉に思い入れがあるんだか。
初恋の大切な思い出だって何度も聞いたよ。
でもそれ以上のことは教えてくれないんだよね。
ほんと変わってるの。
この八神戒璃っていう男は。
2年半前に1度しか会ったことがないオメガを
【運命の番】って言い張っているんだよ。
彼女の表情も交わした会話も絶対に忘れたくないみたいで、一日に何十回もその日のことを思い返しちゃうんだって。
誰にでも優しさを振りまく美男子だから
『八神戒璃は、女を食いまくるクズ男』
なんて週刊誌に酷いことを書かれちゃうんだけど、全部デタラメだからね。
戒ちゃんは本命の子に、これでもかってほど一途なんだ。
それなのにだよ。
ほんと意味わかんない。
そこまで本命ちゃんが大好きなら、毎日でも会いたいって思うのが普通でしょ?
でも戒ちゃんは違ってさ。
柔らかい雰囲気を漂わせているくせに、岩よりガチガチな頑固者で。
『二度と初恋の子には会わない!』って、言いはっているんだよ。
『世界中の人の心を盗みたいんだ。89盗が世界的大人気バンドになるように協力して、お願い!』
辛そうに顔を歪めて、頭を下げてきたりもしてきて、世界中の人の心を盗みたい理由は絶対に教えてくれないの。
戒ちゃんの正体も。
ただ僕といのりんは、戒ちゃんが破壊神だってことを、実は知っていて……
世界を破壊する予定の戒ちゃんを……
あっ、なななっ、なんでもない!
僕といのりんの秘密の計画をバラすとこだった。
ふー、危ない危ない。
話を戻すね。
黙っていれば絶世の美少女。
成長とともに、顔面パーツがお姫様化している。
そんな『姫カワ王子』の異名を持つ僕でも……
戒ちゃんって、バカなの?
脳に埋め込まれた恋愛ネジが、10本ぐらいぶっ飛んでるんじゃないの?
今すぐ初恋のオメガに会いに行って、ちゃちゃっと告白してきなよ!
って、戒ちゃんの背中を叩きながら、毒をぶちまけたい衝動に襲われる時があるんだからね。
とはいっても僕は戒ちゃんのことが大好きだし、戒ちゃんが自暴自棄になっ、僕といのりんの秘密の計画が実行できなくなっても困る。
89盗という居場所が心地いいから、戒ちゃんに吐く毒は弱めにしているんだ。
テヘッ! ペロッ!
おでこに手を置き、だるそうに目をつぶった戒ちゃん。
「あれ……二人だけ? えっと……祈は?」
目の前に立つ僕に、ハテナをとばしてきた。
「もう戒ちゃん、いのりんは迷える子羊ちゃん達を救いに行っちゃったでしょ?」
「あー、また動画配信ね」
「覚えてない? 戒ちゃんも手を振ってたよ。行ってらっしゃい、祈がんばってねって」
「……そうだったかなぁ」
「そうなの、僕は見たの」
「寮に帰ってきてからの記憶がない」
「それ、睡眠時間が足りてないからでしょ? 戒ちゃんは毎日毎日、やらなきゃを詰め込み過ぎなんだって!」
知ってるよ、僕が寝てからも一人で頑張っていること。
生徒会長の仕事とか、89盗ライブの衣装決めとか。
「孝里安心して。最低限の睡眠は、ちゃんととっているから」
「睡眠が足りてるなら、新曲が煮詰まってるとか? 89盗の曲は、戒ちゃんが作んなくてもいいじゃん。外部の作曲家さんに金積んで、曲提供してもらえば」
「新曲も問題ない。ほぼ出来あがってる」
「じゃあなんでさっき、悪魔に乗っ取られながらギターかき鳴らしてたわけ。僕の存在を忘れてさ」
「……」
あっ、戒ちゃんが黙った。
首にかけてあるギターの弦を、気まずそうな顔でさすりながら。
だんまりなんか、僕は見逃してあげないんだ!
「僕が戒ちゃんより年下で、プリンセスチックなおさな顔で、いのりんみたいに頼りがいがないから、相談する価値ないとか思ってるんでしょ?」
「えっ?」
「あー酷い、僕泣いちゃう!」
「ちっ違うから」
「じゃあなに?」
「……」
「やっぱ話してくれないじゃん。僕、整形する! 89盗としてステージに立てないくらい、残酷な顔に変えちゃう! 指名手配犯のビラを持ってって、この顔にしてくださいって」
「孝里が警察に捕まっちゃうでしょ?」
「戒ちゃんは、僕に手錠がかけられてもいいんだ」
「なっ、なにそのぶっ飛んだ発想……」
「刑務所に入っちゃうんだよ! 世界中の人の心を盗むっていう、戒ちゃんの夢が叶わなくなっちゃうんだよ!」
「顔近いから。俺を責めすぎだから。はぁ~孝里に降参。わっかった、話すよ」
「で? 最近戒ちゃんがおかしいけど、なにがあったの?」
「数日前にね、壊されたんだ……」
「何を?」
「生徒会室のドア」
「はぁ? そんな酷いことしたのは、どこのどいつ?」
「それは……双子アイドル……」
「もしかして、五六風弥と雷斗?」
「……そう」
「またあいつら? 僕たち89盗の方が世間に受けてるからって、絶対にひがんでるよね。学園ですれ違っても睨んでくるし。で、大丈夫だった? 戒ちゃんはケガしてない?」
「ドアから離れたところに立っていたからね」
「よかったぁ。戒ちゃんにちょっとでも傷がついたら、世界中の戒ちゃんファンが寝こんじゃうんだから! 早く治りますようにって滝行に行っちゃうファン急増で、世界で風邪が大流行して、病院待ちがすごくて、薬が足りなくなって、お医者さんも疲労でバタバタ倒れちゃって……」
「孝里、大げさ」
「何言ってんの! 戒ちゃんは顔も体も大事にしてよ! あっ、ファンだけじゃなく僕もだよ。戒ちゃんに何かあったら、僕も泣いちゃうんだから。体から水分が全部抜けて、干からびちゃうんだから! 干物として海沿いのお土産屋さんで売られちゃうよ、僕。するめと一緒に。いいの? いいの?」
「アハハ~、孝里ありがとう。笑ったらちょっと元気出たよ」
「それはよかった。でもさ、ほんと許せないよね! あの双子アイドルたち!」
「……そのことなんだけどさ」
「難しい顔して、どうしたの?」
「悪いのは俺の方なんだ……」
「戒ちゃんが? 五六兄弟じゃなくて?」
えっ、どういうこと?
「ギター置いて、ちょっと休憩してもいい?」
「あっ、うん」
戸惑いを漏らした僕に痛々しい笑顔を向けると、戒ちゃんはギターを床に置き、防音室の奥まで進んだ。
壁に背をすべらせながら、力なくしゃがみこみ
「……っ」
今にも泣き出しそうに眉を下げ、じっと床を見つめている。
重い溜息なんか、何度吐けば気が済むんだか。
そう思いながら、僕は戒ちゃんの隣に腰を下ろす。
三角すわりをしている戒ちゃんは、膝にのせた腕に顔をうずめた。
そしてだんまり。
僕はお口チャックで様子見しているけれど、ただただ無音時間が過ぎていくだけ。
こんな時は間違いなく、励ましのプロの出番なのになぁ。
彼はライブ配信に行っちゃってるんだよね。
89盗の麗しき聖女様かぶれこと、九重祈は。
世の民の心の病を治しに行くのはいいさ。
でも何よりもまず、バンドメンバーの心を救って欲しいんだけど。
なーんて心の中で嘆いたところで、リハーサル室に漂う重苦しい空気は浄化できないか。
いのりんがいない今、僕が【エセ聖女様】の代わりを務めなきゃ!
僕はトレードマークの真ん丸お目めをユルっと緩め、アーチ状に。
口角を上げて、隣に座る戒ちゃんに陽だまり声を吹きかけた。
「ねぇ戒ちゃん、双子アイドルと何があったの?」
「……っ、……言えない」
「僕にも教えてくれないの_」
「……孝里、本当にごめんね」
まぁ、いつものことか。
辛そうに瞳を揺らす時ほど口を堅く閉ざすの、八神戒璃っていう男は。
『そうですか! 戒ちゃんって前世は貝だったんですか!』
『硬いカラをハンマーでぶち割られたくなかったら、戒ちゃんの心の鍵を今すぐ僕にちょーだいよ!』
なーんて冗談を言えたら、心の傷を塞いであげられるのかな?
空気の読み方がわからない僕。
どう行動するのが正解なのか全くわからずお手上げで、思いつきで座ったまま手を伸ばし、カバンから一枚の紙を取り出した。
4つ折りの白い紙を戒ちゃんの前に突き出す。
「戒ちゃんの気分が沈んでるのって、このシワシワな生徒会入会届と関係ある?」
まぁ、全く関係ないと思うけど。
「どっ…どどどどうして…この紙を孝里が持ってるの?!」
あれ? ビンゴ?
「なに急に? 僕の肩を掴んで揺らすほど、戒ちゃんにとって驚くことなの?」
「だってその転入生、3日前に意識がなくなって病院で眠り続けているって、生徒会に情報が入ってきて……」
「転入初日の朝に学園に来たけど、階段から落ちてそのまま病院生活になっちゃったんでしょ?」
「あっ、そそっ、そうみたいだね……」
「その転入生、目覚めてよかったよね」
「孝里、今なんて言った? その子の意識が戻ったってこと?!」
「今日ね、僕のクラスに新しく入ってきたんだ」
「はぁ~よかったぁ~。一生眠り姫のままだったらどうしようって、ずっと気がきじゃなくて。転入生の子、大丈夫だった? 怪我してなかった? 笑顔だった? 辛そうじゃなかった?」
「なんで戒ちゃんが必死なわけ? 足とかにペタペタ絆創膏してたけど、ニコニコだったよ」
「そりゃ俺は、アルファ学園の生徒会長だし」
「午後一の授業が始まるときに、先生と教室に来て。黒板の前に立って、その転入生が挨拶したんだけど。びっくりする話ばっかり聞かされてさ」
「ん?」
「学園の階段から落ちたせいで頭を打って、意識なくなって、目覚めたら人生の記憶っていうか過去の想い出がなくなってたんだって」
「……記憶……喪失?!」
「ありえなくない? 僕ら89盗のことも知らないっていうんだよ。女子たちが『世界的大人気バンド89盗の孝ちゃんだよ』て僕を指さしても、記憶にないって首を横に振ってたし」
「俺のことだけじゃなくて、孝里のことも覚えていないなんて……」
「なんで、戒ちゃんのことは忘れてて当たり前みたいな驚き方なのさ?」
「いっ、いや……今のは言葉のあやで……」
「んで、もっとビックリしたことがあってさ。その子がクラスメイトに挨拶をしてる時に、いきなり56ビューの双子アイドルが飛び込んできたの!」
「教室に?」
「もう授業始まってる時間だよ。目覚めたのか?とか痛いところは?とか、失敗してごめんとか、必死な顔で転入生の腕を掴んでてさ。その転入生ね、戸惑いながら言ったの。双子アイドルに向かって。誰ですか?って」
「五六風弥と雷斗のことも、覚えていないなんて……」
「金髪の弟の方は『うそだろ?』って絶叫して。頭抱えて床にしゃがみこんじゃって」
「メガネの兄の方は?」
「普段の冷戦沈着さはどこ行っちゃったのさってくらいオロオロしてたんだけど。転入生と双子アイドル様たちってどういう関係?って、生徒たちが騒ぎ出してからかな。 兄の方がいつもの冷静さを取り戻してさ。勝手に説明しはじめて」
「なんて言ってた?」
「意識不明の転入生が目を覚ましたって情報が来て、知らない子だけど同じ学園の生徒だし、元気かどうか顔だけでも見たくなって飛んできちゃったって。うちのクラスの女子たちが『56ビューの人情味があって優しいとこ、大好き!』って、うっとりしてたっけ」
女子たちがうっとりしてる中、僕は椅子に座ってニコニコしてたよ。
【姫カワ王子】の化けの皮をかぶりながらね。
でも僕の脳内では、激おこ王子が登場で。
――この双子アイドルの、どこが優しいわけ?
と、ブチギレ寸前に。
危うく自分の机を、蹴り倒しそうになっちゃったし。
キックを寸止めできてよかったぁ。
僕のクリーンなイメージを守りきれてよかったぁ。
「3年の教室に戻りなさいって先生に怒られたから、双子アイドルがしぶしぶ帰っていったんけど。記憶喪失って怖いよね。階段から落ちただけで記憶が飛ぶなんて」
「……ああ」
「戒ちゃんはキャパ以上のことをしょいこむ癖があるから、階段は人一倍気をつけなきゃダメだよ!」
「その子は、89盗の記憶も56ビューの記憶もないのかぁ……」
「他にも抜け落ちてる過去だらけらしいよ。でも日常生活のこととか勉強とかは忘れてないみたいで。学園生活を送るうえでの支障はなさそうだって、医者に言われたって」
「解消されちゃったのかぁ……俺との番関係……」
「ん?」
「なっ、何でもない」
「ちょっと戒ちゃん、何でもないって顔してなくない? 顔、真っ青すぎだけど」
「……こっ、これは」
「階段から落ちて自分も記憶喪失になるかもって想像したら、怖くなっちゃった? 僕がビビらせ過ぎたよね、戒ちゃんごめんね」
「ううん大丈夫だよ、孝里のせいじゃないから」
「でも……」
「転入生が意識不明で病院に入院しているって聞いていたから、目覚めてよかったって生徒会長として安心しているだけだよ、アハハ……」
「安心してるって顔じゃないじゃん。戒ちゃん、世界の終わりみたいな顔してるじゃん」
「そっ、そんなことはないよ」
「まぁ、普通に生活してたらありえないもんね。意識不明とか記憶喪失とか。でも安心して。あの転入生、メンタル鋼族っぽいから」
「孝里は、どうしてそう思うの?」
「普通言う? 『記憶喪失は貴重な経験だから、人生の糧になると前向きに考えて、学園生活を楽しもうと思います』なんて。長いサラサラ髪を揺らしながら、癒し系スマイル満開で」
「そっかぁ。芯がしっかりしてるとこ、やっぱり変わってないんだ。2年半前から……」
「ん? 戒ちゃんなんか言った? ボソボソで聞こえなかった!」
「いいっ……意味のないつぶやきだったから、気にしないで」
「でも不思議なんだよね。なんで僕にこの入会用紙を渡してきたんだろう? 僕のことなんて全く知らないって言うしさ。 僕は生徒会にノータッチだし。普通に考えて、渡すなら生徒会長の戒ちゃんにでしょ?」
「……まぁ……そうだね」
「目覚めた瞬間に『生徒会入会用紙を、2年の十守孝里って人に渡さなきゃ! 今すぐ渡しに行かなきゃ!』って、焦ったらしくてさ。でも、十守孝里って誰なんだろうって首をかしげたみたいで」
「それ、本人に直接言われたの?」
「入会用紙を受け取った時にね。病院の先生には『目覚めたばかりだから、病院で安静にしていなさい』って止められたらしいけど。使命感に急かされて、医者を説得して、検査が終わってから学校に来たって。まぁクラスメイトに挨拶して、しばらくしたら授業も受けずに帰っちゃったけどね」
「どうだった?」
「転入生が可愛かったかってこと?」
「……いや」
「腰くらいかな? サラサラな黒髪がめっちゃ長くて。僕よりちっこくて。目が真ん丸で。ずっとニコニコしてて。雰囲気やわらかめだった。第一印象は合格だね」
「俺が聞きたかったのは、クラスになじめそうかってこと」
「その子、七星美心って名乗ってたんだけど」
「ななほし……みこ……」
「ビビった! コミュ力モンスターだった! 短時間で、あんなクラスの人気者になりえる? 僕らと違って一般人なんだよ。ただの女子高生なんだよ」
「そっかそっか。初登校でその子は、女子のお友達ができたんだね。良かった良かった」
「女子だけじゃないよ。クラスの男子達からも『美心って呼んでいい?』とか言われて、囲まれまくっててさ」
「は? なんで?!」
「どうして急に、キレ顔で僕の肩を掴んだ? 痛い、痛い! 戒ちゃん離して!」
「あっ、ごめん。孝里、続けて」
「自己紹介の時に、記憶喪失になったことを自虐気味に話してて。ほんと私ってドジで……って恥ずかしそうに笑った瞬間、彼女の好感度が爆上がりだったっぽい。無自覚の純粋小悪魔って、あーいう子のことを言うのかもね」
「……それで、男子たちの反応は?」
「転入生の彼氏ポジ狙い出した男子、わかるだけでも3人はいるよ」
「もう?」
「わからなくもないけど。七星さんってさ、アルファっぽくないし」
「まさか……転入生が教室で、オメガのフェロモンをまき散らしちゃったとか?」
「アハハ~ 戒ちゃん、なに焦ってるの? 」
「だって、そうじゃなきゃ……」
「変なこと言わないで! うちの学園はアルファしか入れないでしょ! オメガなんか一人もいないし」
「あはは…… そっ、そうだよね。転入生がオメガなわけないよね。話し戻すけど、その子がアルファっぽくないって孝里が思った理由は?」
「アルファってさ、俺様とか女王様っぽい子が多くない? 自信満々で、自分の考えは絶対みたいな」
「家がお金持ちで、子供をエリートにしたい親の元で暮らしている人が多いからね。親のいきすぎた期待に応えようと、何に対しても人と争って1位を取りたくなるのがアルファの特徴の一つかな。例外な人もたくさんいるけどね」
「でも転入生ちゃんは毛色が違う感じなの」
「毛色?」
「ニコニコの癒し系で。ホノボノのほほんって感じで。でも自分の意見をちゃんと言えるし、凛としているところは、やっぱりアルファだなって感じだったよ」
「なんか言ってた? 孝里に」
「誰が?」
「美……てっててっ、転入生……カッコいいとか可愛いとか」
「何も言われなくて逆にビックリだった。だって普通の女子高生ならさ、僕の顔を初めて見た10人に10人がキャーキャー飛び跳ねるよ。お姫様みたいに可愛いって」
「孝里は相変わらずだね。自分が世界一番可愛いって、自画自賛できるとこ」
「しょうがないじゃん。僕より顔面偏差値が高い女子、この世に現れてくれないんだもん」
「孝里は男子にも告られちゃうくらいの美少女だからね。外では猫かぶってて。僕と祈の前では、毒吐き拡声器だけど」
「これでも吐く毒の量を抑えてるんだけどな。あ~あ、人間からの告白なんて飽きちゃったなぁ。そろそろ僕に沼る、本物のライオンでも現れてくれないかな?」
「ほんと孝里がうらやましいよ」
「えっ?」
「悩みがなくて」
なにそれ……
あるよ、いっぱい。
仲良しで大好きな戒ちゃんに隠しているだけ。
僕には悩みがある。
根深い恨みがある。
醜い野心がある。
そのために利用させてもらっているんだよ。
大人気バンド89盗も。
世界中の人の心をわしづかみにできる王子様、八神戒璃のこともね。
「転入生の入会届、生徒会長として受け取っておくね」と、4つ折りの紙を開いた戒ちゃん。
「美心って、こんな漢字だったんだ……」
なぜか嬉しそうに目じりをさげ
「美しい心かぁ。性格通りの綺麗な名前」
書いてある文字を、丁寧に手のひらでさすりだした。
それなのにぼーっと紙の文字を眺め、今度は急に表情を陰らせボソボソボソ。
「美心のフェロモンが、この紙から全く嗅ぎ取れないなんて。俺との番関係が、解消されてしまった証拠だね……」
泣きそうな顔で唇をかみしめている。
三角すわりの膝の上に片頬をくっつけ、僕と反対を向いちゃったけど……
そりゃー番関係を解消されたら、世界の終わりみたいな顔になるよね。
さぞかし辛かろう、辛かろう……って
えっ?
ええっ?
戒ちゃんは今、とんでもない爆弾発言をしなかった?
ものすごく小さな声だったから、僕に聞こえていないと思っているみたいだけど。
戒ちゃんが一途に思い続けてきた子は、転入生の七星美心?!
そんなことある?
いや、ありえるよ。
ここ数日の戒ちゃんの奇行を思い返せば、納得できるし。
以前、戒ちゃんは言ってたよね?
初恋の子が【運命の番】だって。
アルファにとって運命の番になりえるのは、オメガのみ。
ということは……
七星美心はアルファではなく……
ふふふ。
ダメだ、勝手に頬が緩んじゃう。
戒ちゃんが苦しそうにうつむいている時なのに、喜びがこみ上げてきちゃった。
これは僕といのりんにとって、人生で二度とないビッグチャンスかもしれない!
七星美心。
アルファ学園に迷い込んだオメガ。
キミに恨みはないけれど、僕の中に積もりに積もった憎悪を消したるために、キミを利用させてもらうからね。